第7章-第67話 つわり
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俺は思わず召喚された途端、口を押さえながらセイヤのとなりを駆け抜け、階下のトイレに駆け込み、便器の中にぶちまけた。
「トム、大丈夫か。つわりかのう?」
いつものボケだが、聞く余裕がない。いくら定番だからといって、この状況では睨みつけるのが精一杯だ。
「ああ酒か、マイヤーは水魔法は苦手なんだかのう。エトランジュ、トムを癒してやりなさい。」
エトランジュ様が俺をその胸に優しく抱えこみ、水魔法の癒しをしてくれる。血液中の水分を調節し、アルコール分が排出しやすくなる魔法らしい。
癒しだ~。思わず顔に当たる感触にニヤケてしまう。そのまま10分ほど、癒しを受けていると吐き気と酩酊感が弱まってきた。
ようやく、自力でなんとか歩けるくらいに回復した俺は、きっと睨めつけていることを想像して、辺りを見渡すがマイヤーの姿が無い。召喚の際に手をつないでこちらに到着したところまでは覚えているが、その後の記憶が無い。
「セイヤ、マイヤーはいっしょに着きましたよね。」
「ああ、着いたよ。そういえば、どこいった?」
「まさか召喚の間に置いてきた?そういえば、どことなく気分が悪そうだったな。こっちの気分が酷くて、それどころじゃなかったんだよな。」
召喚の間に着くと、マイヤーが倒れこんでいた。まさか、本当に居るとは。しかも、俺が懸命に走って死守した召喚の間が、ゲロまみれになっている。いや、そうじゃないだろ。今はマイヤーを心配しろよ。俺。
どうやら、まだ、酔いが残っているみたいだ。思考がマトモじゃない。とにかくマイヤーに肩を貸して、階下に下りていく。
「すみませんが、マイヤーに医者を・・・。」
「エトランジュ、診てやりなさい。」
「はい。」
・・・・・・・
「おそらく、妊娠ではないでしょうか?すぐにでも、エルフの里に連れて行くべきです。」
「では、俺が。」
「うむ、わしも行こう。国内は後だが、エルフの里には、内密に事の次第を伝えておく必要があるからのう。」
「大丈夫なんですか?そんなに簡単に王宮を離れても?」
「うむ、こっそりだから、午前中には帰って来たいが大丈夫かのう?」
「ええ、エルフの里には『移動』1回で行けますから。」
・・・・・・・
「これはこれは、陛下お忍びですか?」
マイヤーの兄である次期長老と言われている人物から声がかかった。
「うむ、マイヤーの調子が悪いようなのだ。診てやってくれぬか?うちのエトランジュの診たてだと、妊娠しているとのことだが、実はそれについて、内密の話をしたいのだがの、人払いをお願いできぬかのう。」
「あいわかりました。では、こちらに。おーいマイヤーをおばあのところへ連れて行け。」
「はっ!」
俺とセイヤは、ある大きな木の根元にある小屋の中に入っていく。
「それでな。内密の話なんだが・・・。」
「マイヤーの子は、そちらの方の子ということですか?」
「な・なにゆえそれを・・・。そうか、マイヤーか。トム、知っておったな。人が悪いぞ。」
セイヤは目を白黒させ、その後、睨みつけてきた。
「陛下が直々にいらっしゃるということは、そちらの方は王族なので?」
「ああ、従兄弟にあたるトムだのう。」
「従兄弟というと、あの・・・・。召喚成功されていたのですね。おめでとうございます。」
「ああ、あのトムだ。だからマイヤーの子は一切問題ない。すこやかにエルフの里で産んでくれればそれでいいのう。」
「では、マイヤーの後任はどういたしましょう?」
「マイヤーの代わりはだれにもできないし、この情勢下で新任を入れたくないのう。それよりもしっかりと、アルメリア国に対する対応を頼むぞ。」
「はい。それはもう今回の件で、優先順位が変わりましたから。なにがなんでも抵抗しましょう。」
「はは現金だな。よろしく頼む。わしを連れてトムは1度戻るが、そのあと、もう1度こちらに来させるから・・・。」
・・・・・・・
すぐに後宮に戻った俺たちだった。酔いが残った状態で往復『移動』したせいで、またもや、その場で戻してしまった。吐くものがなくなるまで、セイヤに背中をさすってもらったのがよかったのか。そのあと、エトランジュ様の胸の中で、癒しをうけたのがよかったのか。1時間もすると、スッキリと酔いが醒めた。
「あ、そういえば。」
俺は、右手の火耐性の指輪の話をした。
「トムは、そのままでよい。マイヤーとお揃いならば、俺からのプレゼントということにしておこう。但し、罰金は罰金だと、マイヤーに伝えておいてくれ。」
俺はエルフの里に再度行く前にアキエの様子を見に行った。突然だったから、ショックを受けてないといいけど。
「マイヤーにあかちゃんができるの?」
「ああそうだ。だから、しばらくアキエに会えなくなった。アキエは我慢できるよな。」
「うん、アキエもうおねえちゃんだもの、我慢できるよ。マイヤーのあかちゃんは、パパのあかちゃん?」
げ、誰だ。そんなことまで喋ったのは・・・。こんなときは正直に答えるしかあるまい。嘘をついて後で嘘と知ったあとの衝撃を考えると、とてもじゃないけど嘘は言えないな。
「ん、そうだ。」
「アキエの妹だね。」
「弟かもしれんぞ。」
「アキエね。素敵なお姉さんになる。」
「アキエならなれるさ。」
アキエの兄弟か。物凄い勢いで見た目の年齢差が広がるんだよな。アキエが45歳の時、アキエの兄弟がやっと成人か。可哀想だが現実だ。俺もなんとしても、それまでは生きなくてはな。