第1章-第5話 とけい
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今、目の前に居るのはセイヤだけでエトランジュ様がいらっしゃらないようだ。落胆とホッとした気持ちで溜息が漏れた。
「エトランジュは今臥せっておる。なに、只の生理痛だ。心配せんでも大丈夫だからのう。」
「そうですか。ちょうど、頭痛・生理痛に効く薬を所持しております。お持ち致しましょうか?」
私は頭痛持ちでいつ痛くなるか解らないので、いつも1箱くらい鞄に忍ばせている。また、異世界に来るにあたり、解熱剤と胃腸薬も持ってきている。袋に入れてあるので、それぞれ10箱づつくらい買って放りこんであるのだ。
親父も頭が痛いときに良く飲んでいた薬なので、こちらの世界の人間に効かないということもないだろう。
後宮でセイヤとエトランジュ様は同じ建物に住まわれている。この召喚の間も、同じ建物の中であり、真下が王の主寝室と王妃の主寝室である。そして、その間に先週、私が泊まった客間がある。
俺は、右手に持った白いケーブルに袋から取り出した雷ガード付きの電源タップを接続する。実はこの先には、無停電電源装置が繋がっている。召喚の際に万が一電源が短絡し、店で火事でもあったら堪らないからだ。
そして、○ッファロー社製のハイパワータイプの無線LANを取り出し、青いケーブルをWAN側に接続し、ACアダプタを電源タップに接続する。青いケーブルは当然、店のPCにも繋がっている光ネットワークからインターネットへ接続している。
よし、電源が入るぞ。電源は50メートルの延長ケーブルだ。どういう理論か解らないがこれで物理的に50メートル以内に繋がっていることは確かだ。
無線LANの赤いランプが消え、緑のランプだけになった。そして、おもむろにスマホを取り出し、Wifiにて接続する。よし、スカイペに接続できたぞ。おー、きてるきてる・・・・。
最近の○ッファロー社製の無線LANは、スマホからも設定できるから簡単だ。
「なにをしておるのだ?」
「はい。異世界より、デンキというものを持ち込みました。」
「ほう、トケイにいれたデンチとは違うのか?」
「デンチは、使い続けますとなくなります。デンキは余所から送られてくるかぎりは無くなりません。もちろん、使った分だけのお金は取られますが・・・。たとえば、このLEDライトと呼ばれるものを、ここに接続します。 カチッ このように明るくなります。」
袋からLEDライトを取り出し、電源タップに接続する。薄暗かった召喚の間がとても明るくなる。
「太陽のようだのう。」
セイヤは眩しそうだ。俺は、その隙に袋から取り出したもう1本の電源ケーブルを電源タップに接続し、机の脚にガムテープで縛りつけ、床の石の隙間からケーブルを垂らす。
よし下まで届いたぞ。
召喚の間の時計をカシヲ製の重厚な電波時計に置き替える。やはり電波時計用の電波も届いている。
「すみません。一度、客間に寄って頂いてよかったですか?」
「ああ、かまわないぞ。」
俺はLEDライトを消して、階段を下りていく。そして、垂れ下がっている電源ケーブルに電源タップを差し込み、LEDライトとノートPCと小型冷蔵庫を袋から取り出し設置する。当然のようにビールとジュースを入れてある。
よし、これで、夜に眠たくなくても、暇をつぶせるぞ。一応、PCで、ヨウツブを開き、くま○んのMVを見てみる。大丈夫だ。森×千里の歌が流れてくる。ついでに、USBケーブルでスマホ充電できることも確認した。
元気の良い歌に釣られたのか、隣からエトランジュ様が顔を覗かせる。王の主寝室、王妃の主寝室共にこの客間に直接出入り可能な扉が存在する。
きっと、寝ずの番の侍女が控えるところなのだろう。何故3人は寝られそうな大きなベッドが備え付けてあるのかは解らないが・・・。
「いらっしゃいませ。トム殿、こんな格好で失礼します。」
エトランジュ様は、厚手のパジャマらしきものに羽織ものの格好だ。よかった、セクシーな格好でなくて・・・・。
「大丈夫ですか?これを飲むと30分くらいで痛みが止まると思うので、よろしかったらお飲みください。」
「はい、ありがとうございます。」
エトランジュ様は、そう言って渡した薬を、なんの躊躇いも無く傍にあった水差しからコップに水を注ぎ飲みこむ。
「なにやら、楽しそうな歌声ですね。なんですか、この中にベアが入っているのですか?」
PCでは、今、く○もんが、熊本城をバックに踊っている。いつものことながら凄い運動量だ。最近、娘に見せたところ毎日ねだられるので、ブックマークに登録してあるのだ。
「はい。まあ、そのようなものです。」
説明が難しいので適当に答える。エトランジュ様が、何回もねだるので10回位みせた。楽しいかったのか顔色もよくなってきたようだ。
「おいおい、2人で楽しそうだのう。」
セイヤは所在なさげにベッドに座っていた。
「お待たせ致しました。セイヤさん。参りましょうか。」
俺は袋からセンサーLEDライトを取り出し、リビングルームというには、やや大きな部屋まで、廊下の足元に適当な間隔で置いていく。途中のトイレにも2つほど・・・。前に泊まった時に、夜中トイレに行こうとしたのだが、ランプの明かりだけで心もとなかったのだ。
「それも、明かりか?」
「ええ、人が通りかかると、勝手にライトが付く仕掛けになっています。」
「あら、ほんとだわ。」
エトランジュ様がセンサーライトの前を何度も横切って、灯いたり消えたりさせている。そんなに面白いのだろうか?
「ほう、よくできているな。」
リビングルームまでおよそ50メートルほどの廊下に7メートル間隔くらいに置いた。これだけあれば、夜中に起きても我慢せずに済む。前回は30分くらい我慢したが、尿意にまけて小走りに行った記憶がよみがえる。もう少しで漏らしそうだったなんて言えない。
リビングルームの時計も置き換えようと見渡すが無い。
「セイヤさん、ここに置いてあった時計はどうされました?」
「ああ、あれは、同じ時間に起きるのにちょうどいいので寝室に持っていっておる。必要か?」
本来の目覚まし時計として使っているらしい。目覚まし機能を教えてあったのだ。しかし、国王の目覚まし時計が100円ショップのものでいいのだろうか?
「いいえ。どうぞ、そのままお使いください。」
「こちらには、この時計を置かさせて頂きますね。」
リビングに少し煌びやかな、カラクリ時計を置き実演してみせる。可愛らしい曲が流れ、中の人形がくるくる回る。
「あら、可愛いわ。」
エトランジュ様は気に入って貰えたようだ。セイヤの方を見ると苦笑いしている。
「何時に鳴るようにしましょうか?」
「そうだな。毎日、王宮に向かうのが10時で戻るのが4時だから、その時間にしておいてくれるかのう。」
セイヤも時刻というのに慣れてきたようだ。
「はい、わかりました。」
カラクリ時計の時刻を正しくして、からくりが動く時刻を設定した。
「今回トケイはどれくらい持ってきたのだ?あれは便利だぞ。来客が多い王宮にはもってこいだのう。」
今回、この世界に時計を普及させようと思い、王国の標準時用のかなり大きめな掛時計とセイヤの執務室用の少し煌びやかな時計、そしてセイヤとエトランジュ様用にゴールドとピンクゴールドのソーラー腕時計に、お偉いさん用の普通のソーラー腕時計など沢山の時計を用意した。
「ええ。そう思いまして、沢山用意しました。まず、これは腕時計というもので、小さいですが腕に着けて使うものです。ええ、そうですブレスレットのようにつけてもらえば・・・。」
セイヤとエトランジュ様に腕時計を渡すとエトランジュ様が教えてもいないのに腕時計を着ける。その隣で見よう見まねでセイヤが着けている。
「素敵ね。あなたも、その髪によく映えているわ。」
「そうか?」
早速、セイヤとエトランジュ様が着けてくれた。
「あとは、執務室用と王国の標準時間用の少し大きめの時計を用意しました。」
「では、参ろうか。ついでに、部下達にも紹介しよう。」
その足で、後宮の抜け道を使いの外に出る。王宮には、改めて受付でセイヤから貰った身分証を提示して取次ぎをお願いする。セイヤは、既に王宮の執務室に着いていたのかすぐに通された。
私は、まず執務机の目覚まし時計を置き換える。そして、セイヤに呼ばれた部下が数人やってくる。
「おお、この方が・・・。」
「このじいが、侍従長のジンだ。」
すこし痩せぎみだが、しっかりした身体だ。とても、じいさんという感じではない。唯一、じいさんっぽいのは、そのたくわえられた髭だ。
「陛下には、大変お世話になっております。私、トムと申します。どうぞ、お見知りおきくださいませ。」
「トム殿。この度はトケイなるもので王宮の業務効率化をしてくださるそうで、よろしくお願いします。・・・陛下。机にあったトケイは、その煌びやかなものになったのですね。おお、トム殿のセンスには、感服致しました。」
照れるな、たかだか数千円の時計なんだけどな。まあ100円ショップの目覚まし時計に比べれば、ずいぶん重厚な感じではあるが・・・。
「と、致しますと前使っていたトケイは、どうなさいますので・・・。」
「ああ、じいにやるよ。」
「ありがとうございます。陛下。」
背中がこそばゆいぞ。100円ショップのもので電池を含めても125円と消費税なんだけどな。
「これは、私からの贈り物です。」
侍従長に普通のソーラー腕時計で、一番似合いそうなシルバーの腕時計を渡す。
「おお、これは・・・。こんな良いもの、よろしいのですかな。」
これで3000円くらいだ。
「じい。王宮でトケイがあったほうが良い部署は、何箇所くらいだったかのう。」
「はい。全部で53箇所でしたが、欲しいと言われた部署を含めると102箇所になります。」
「トムよ、大丈夫か?」
「はい、こちらに。」
袋から102個の100円ショップの目覚まし時計に単3電池を入れたものを取り出す。それから、王国の標準時用のかなり大きめな掛時計も取り出す。
これらはすべて、事前に電池を入れ、動作することを確認してある。日本で100円で買ったものなら、うまく動作しなくても100円だからで済んでしまうが、こちらでは信用を無くしてしまうに違いない。
「こちらは?」
「はい、これを王宮の正面にでも飾って頂ければと思いまして持参致しました。この時間を王国の標準時間として頂ければ・・・。」
これは、防水性の壁掛タイプの時計だ。これも、単3電池4本で動作する。取り付け方法を侍従長に教え手渡した。
「ジャンだ。王国、唯一現存している公爵で、左軍の将軍をしてもらっている。」
こちらは、反対にスキンヘッドで年齢は70を越えているかもしれないが、その筋骨隆々な身体は、いまだ現役であることを主張しているようだ。
「トムです。よろしくお願い致します。」
こちらには、黒い文字盤の腕時計と手渡す。こちらは、文字盤が光る蓄光のものだ。
「わたくしにもですか、ありがとうございます。」
「ああ、それできちんと言われた時刻に来いよ。」
「はい、できるだけ・・・。」
「できるだけかよ。まあ、いい・・・。」
「左軍も、訓練で使いたいと言っていたな。」
「はい、こちらは、10もあれば・・・。」
同じく、10個の目覚まし時計を渡す。なにやら、いやいやっぽい。できれば、新しいことには手を出したくないタイプだな。
「そして、こいつが近衛師団団長のヤンだ。」
こっちは、鎧で身を固めた金髪の男だ、結構若い20代後半あたりだろうか。そのハンサムな顔は、古くっさいタイプの正統派って感じのハンサムさだ。
「トムです。よろしくお願いします。」
「そっちは、どうだ。」
「はい、見回り所が101箇所に仮眠室が245室の合計346個必要です。」
こっちは使う気まんまんだ。
こちらにも、すこしゴツイ見栄えの腕時計と346個の目覚まし時計を渡す。
「この腕にはめるタイプは、見回りの際にはめたいので、101個頂けますか。」
さらに100円ショップの安物の腕時計を101個渡した。
「これは、同じものですか?」
「はい。使い方は同じですが、使える期間はこちらのほうが長いです。」
と、団長が腕にはめた時計を指す。
「キャリー、お前もいるか?トム殿、彼女は右軍の第一師団所属の中隊長で俺の直属の部下だ。」
「と、致しますと・・・?」
「そうだ。俺が右軍の将軍を兼務しておる。」
しまったな。女性用は、エトランジュ様用しか用意していない。まあ、ベルトタイプでいいか。結構太い腕をしているようだし・・・。
「トム殿ありがとうございます。作戦指揮のため、この腕にはめるタイプを中隊長用に35個、訓練に使用するのが70個、各中隊の食堂に35個、お願いします。」
腕時計が35個と目覚まし時計を105個取り出して渡した。
「では、合計689個ですので、68900Gお渡しします。ご確認ください。」
こういうところは信用第一だ。信用していることを示すためにも、確認せずに懐にしまう。まあ、本当は、お金を取るつもりはなかったのだが・・・。
「ヤン殿、見回りには、こういったものは必要ないですかな。」
さあ、次は何を売りつけるのか。