第7章-第63話 ちーむ
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「とりあえず、外食部門の担当を任せる。いちばん取っつき易いだろう。」
Ziphoneの外食部門とは、牛丼のスキスキ、ミスドーナッツ、メッツバーガー、ファミレスのカカス、カンピョウ寿司と5つの子会社に分かれ、今のところ、それぞれ独立して経営している。
しかし、昨今の外食離れを反映し、既存店の売り上げの落ち込みをコストダウンでカバーするそんな悪循環に陥っていた。特に牛丼のスキスキは、ブラック企業として叩かれバイト不足から深夜のワンオペを継続するしかない状態であり企業イメージの回復が急務である状況だった。
「まあ、スキスキは前経営者が放り出した会社を銀行から押し付けられた案件だから、気にせずぶっ壊してもらえばいいよ。後片付けは僕に任せてね。」
大変なことになった。まさに瓢箪から駒だ。あの弁護士事務所で言っていたことが本当になるとは・・・。とりあえず、はったりでブレインとか言ったがブレインといえるほどの人材は揃っていない。
とにかく、総務に電話して今日の勤務終了後、契約社員以上の従業員に集まってもらうようにお願いした。みんなで相談するしかあるまい。
・・・・・・・
「そうですか、わかりました。ありがとうございました。それから、顧問契約の件、よろしくお願いします。」
「どうしたんですか。暗い顔をして、何か悪いことですか?」
「いや、なんでもない。」
弁護士が例のファミレスの元経営者のことを警察に問い合わせたところ、昨日、地下鉄に飛び込んで死んだそうだ。最後まで他人に迷惑をかける奴だ。
・・・・・・・
3階のホールで俺のZiphoneの副社長就任を伝えると、割れんばかり拍手と歓声がホール全体に鳴り響いた。大半が契約社員とは言え、随分と社員が増えたもんだ。
俺が改めて、マイクを持つと一瞬にして静まり返った。
「ありがとう。それでだ、向こうにスタッフとして連れて行きたいメンバーをこの中から選びたい。向こうに行っている間だけだが、特別手当を出そう。我こそはというものは、名乗り出てほしい。」
「はい!私、行きます。」
貴金属買取ショップの彼女、林幸子さんだ。ちょうど、よかった。彼女は元ヤクザと引き離すためにも、連れて行きたかったのだ。
「俺も行きたい!けど、プロジェクトを任されたばかりだもんな。行けないよな。」
相馬国彦君だ。大きな声で希望と唱えたにも関わらず、あとが尻すぼみで周りの失笑を買っていた。
「すまん!あのプロジェクトも会社として最も大事な案件だ。頑張ってくれ。」
俺的には連れて行ってもよかったんだが、本人があのプロジェクトを頑張りたいのなら何も言うまい。それにうちの会社のムードメーカーだから、やはり置いておいたほうがいいだろう。
「はい!俺も参加させてください!って、言うと困らせそうなので、舟本くんを連れて行ってくれませんか?彼女を通して、参加しますので。」
田畑洋一さんだ。連れていきたいが連れて行ってはダメな人物だ。彼の顔は売れ過ぎている。俺のスタッフとして連れていったら、何を言われるかわかったものではない。
舟本信子さんは、洋一さんが連れてきたスタッフの1人だ。彼女を連れて行くということは、洋一さんが連れてきたスタッフ全員の力を借りれるということだ。これは、凄い戦力だ。
「はい!他の人を推薦してもいいのなら、山崎さんを推薦します!」
「私も!山崎さんがいいと思います!」
「俺も!」
あちこちから、推薦された人物は、会社を設立した時から居る100円ショップのアルバイトさんだ。100円ショップのスペシャリストながら、他の職種をすべてこなせるマルチプレーヤーである。
山崎紀子さんは俺も1度、社員にならないかと聞いてみたのだが、家庭の事情で長時間勤務が出来ないと言われて断られている。本気で口説かなければならないようだ。
・・・・・・・
「林さんはリーダー、舟本さんは正社員とする。」
「社長、幸子って呼んでください。私達はチームでしょ。他人行儀じゃ、進まないと思うの。信子さんもそう思うでしょ。」
「そうね。じゃあ、社長はトムね。私のことも、信子って呼び捨てでお願いします。」
「うーん、山崎さんがいいと言えば、チーム内では、それでもいいぞ。但し、自社であろうとも、チーム外では、しっかり敬称をつけるように。わかった?」
「「はい!」」
「2人には、支度金として、100万円ずつ渡しておく。」
「これは、どういったお金ですか?」
「これは俺のポケットマネーだ。どんなふうに使ってもらってもいいが、まずは勤務先がZiphone本社ビルになるんだ、華美になっては困るがそれなりの服装にしてもらわなければならない。そういったものや会社で経費として精算できそうにないものなどに使ってほしい。もちろん、昼食代が嵩みそうとかでもかまわないぞ。」
「トム、意外と解かっているのね。今までのショップでは、制服だったからね。ある程度私服を使いまわすつもりだったけど、どうしようか悩んでいたのよね。」
「そうね。私は私服勤務だったから、既にある程度揃っているけど相手はZiphoneだもの。そうとう気張った格好が必要だわ。でも、昼食代まで心配してもらえるとは思わなかったわ。」
「それと、洋一さんはすまないけど社内業務の舵取りを頼む。それから、彼女を正社員にしたから、洋一さんも正社員でリーダーとさせてくれ。」
「そう言われると思いましたよ。楽はさせてもらえないようですね。」
「それから、相馬君も今までもリーダーのつもりだったが、今から正式にリーダーだ。当分はこの3リーダー体制でいくつもりだ。たいして給料が上がらなくて申し訳ないが、そこは利益があがれば、ボーナスとして支給するつもりだから。頑張ってくれ。」
「「「はい!」」」
・・・・・・・
「もちろん、よろこんで!」
翌日、山崎さんのその日の勤務先であるメッツバーガーに乗り込んで、口説いてみたところ、あっさりと了承を得られた。
「しかも、牛丼のスキスキに関われるとなれば、何をおいても駆けつけます。」
「それは、あの会社が好きという意味かな?」
「いえ、父が放り出したあの会社に・・・ということです。」
「え、お父さんは、前経営者の山崎氏ということか?それは、不味いな。」
「なにがです。」
「非難の目が、君に集中してしまうことになる。」
「それは、覚悟の上です。父は沢山の人々を不幸にしてしまいました。父の替わりになんとしても、幸せにしてあげたいんです。」
「君は・・・。」
「私には優しい父だったけど、従業員には冷たい父が嫌い。確かに裕福に育ちました。行きたい大学に入れてくれましたが、自由に就職はさせてもらえませんでした。唯一、自分の自由な時間をつかって、あてつけのようにアルバイトに入る。それが限界でした。」
「そうか。それで、いいんだな。おそらく至る所で頭を下げなければいけなくなるだろう。どんな侮辱を受けるかわからないし、侮蔑の視線を向けられることになるぞ。」
「社長は優しいですね。社長のやり方が好き。たとえ、業績が上がらなくても、父が社長のようなやり方を選んでさえいてくれたら、こんなことにはならなかったんです。社長のやり方をあの会社に導入するというのでしょう。こんな機会逃してなるものですか。」
しかたがない。この人の好意を利用させてもらおう。この人の幸せはあの会社の従業員を幸せにすることなんだから。そして、従業員であるこの人を幸せにするのが俺の義務なんだから。
「わかった。同じチームに所属する仲間を紹介しよう。着替えてきてくれるかな。大丈夫だ、メッツバーガーのシフトは余分に人員を投入してある。」
「道理で、いつもより1人多いはずだわ。こういうところも、うちの社長は違うのよね。父だったら・・・。」
「もうそれは止めなさい。お父さんの悪口を言っても何も始らないぞ。」
「はい!」
いつも評価して頂きましてありがとうございます。
ブレているわけではないと思うのですが、主人公の性格が変化してきているようです。成長してきているのかな?
私も少しずつでもいいから、成長できているといいのですが(笑)




