第7章-第61話 こもん
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翌朝、1本の電話が掛かってきた。例の企業防衛専門の弁護士である。午後から来てくれるらしい。
貴金属ショップは他のバイトにお願いして、一連の話を弁護士に聞いてもらっているところだ。あとで、整理するためにICレコーダーも設置した。
「簡単ですわ。その従業員をクビにすれば、いいだけですわ。就業規則も破ってはるし、実際に社長も現場を押さえておられる。もう、きまりですわ。」
俺は空いた口が塞がらなかった。隣の彼女も泣き出して、縋りついている。なんだ、この弁護士は。ゴン氏には、従業員を辞めさせたくはない話はしてあったのだ。どこで、手違いが発生したのだろう。
俺はその場で、弁護士に事務所の所長に電話させて、アポイントメントを取って、事務所に向かった。そして、ICレコーダーの内容を聞かせ、直談判した。
「そうですか。依頼されたのは、確かに、ゴン氏の秘書でした。間違いありません。とにかく、ここは企業防衛専門ですので。いいかげん、あんたもしつこいね。ゴン氏の紹介で、なかったら叩きだすところですよ!」
そのほかにも聞くに堪えない酷い言い草を目の前でされた。あまりにも酷いので、これみよがしに目の前でゴン氏に電話し、一連のことを報告した。
「度々申し訳ありません。なにか手違いがあったのでは、と思いまして。それに私はまだしも、和義さんまで酷いことを言われてしまいまして。もう、どうしたら、いいか・・・。」
目の前に居る所長は、聞き耳を立てているようで、俺がゴン氏をミドルネームで呼んだ際には、ビクッとしていた。
「わかった。こっちで処置しておく、秘書の名前は・・・・。うんそうか。わかった。明日には、別の弁護士を送らせるから、すまんかった。」
俺の困惑していることが口調でわかったのだろう。直ぐに対応してくれるらしい。
「いえ、こちらこそ、お手数をお掛けして申し訳ありません。失礼します。」
電話を切ると、突然、弁護士事務所の電話が鳴り出した。それも1つや2つじゃない。おそらく、たくさんの外線がすべて、一斉に鳴り出したのである。
「はい、はい、えっ・・・そんな、はい、わかりました。伝えておきます。」
「所長!○×株式会社様が顧問契約打ち切りだそうです。」
そんな報告がつぎつぎに舞い込む。見る見るうちに、所長の顔が蒼白になっていく。報告された会社はすべて、ゴン氏率いる、Ziphoneの系列のようだ。どうやら、俺からの報告を聞いたその場ですぐに、指示してくれたらしい。
少し胸がスッとした俺は、彼女に声を掛け、事務所を出て行く。
「きさま。いや、君は何者なんだ?」
俺は振り返り、告げる。
「ゴン氏と同じプロジェクトの仲間ですが、それが何か?」
「そ、それだけなのか?」
「そういえば事業をいっしょにやりたいとか。いろいろ叩き込んでくれるとか言ってくれてますが・・・。」
「それって、まさか後継者ってことじゃ・・・。」
「さあ、どうなんでしょうね。では、失礼します。」
「まってくれ!」
後ろで所長がなにやら叫んでいたが、無視して外に出た。
・・・・・・・
「社長。さっきの話、本当なんですか?」
「えっ、なんのことだい?」
「後継者の話ですよ。」
「あの所長が勝手にそう思っているだけだよ。でもゴン氏から、いろいろ教えてくれるという話は本当だよ。」
「後継者うんぬんはなしにしても、凄いじゃないですか?そうすると、社長はZiphone入りですか?」
「違うだろ。いっしょにプロジェクトをやりたいってことじゃないかな。でも、本当だとするとやっかいだな。派遣業の登録はしてあるが、社長ができるかどうかまではわからないもんな。」
・・・・・・・
翌日、違う弁護士が来て会社と彼女にとって一番いい解決策を、模索してくれることになった。
「失礼ですが、職場を変えることは難しいですかね。」
「どうだ。他の店で働くこともできるぞ。違う職種ができるようになれば、給料も自然と上がるぞ。」
「できれば、座り仕事がいいのですが・・・。」
「うーん、そういえば立ち仕事が多いな。これも、課題だな。」
とりあえずは、今のままで状況を見ましょうということになった。ずいぶん、前の弁護士とは態度が違うな。彼女も始めはビクビクしていたが、最後には、落ち着いたようだ。
彼女を先に帰らせ、俺の相談をしたが、こちらも様子見のようだ。一応、容疑者が今、どうしているかを警察に照会かけてくれるらしい。
一連のごたごたが片付き、改めてゴン氏にお礼の連絡を入れた。そのとき、ゴン氏の会社に明日伺うことになった。俺は慌てて、懇意のイージーオーダーの店に飛び込み、即席で服を仕立ててもらった。これからも、こういったことが多くなりそうなので、数着見繕ってもらった。
「トムも儲かってるね。こんな値段の服を仕立てられるようになるなんてさ。昔は一番安いやつを年1着も無かったもんな。しかも、相手は有名なゴン氏ときたもんだ。」
「おかげさまでね。」
・・・・・・・
翌日、会社の前に1台の黒塗りのハイヤーが到着した。ゴン氏がわざわざ、手配してくれたのだ。それに、俺とマイヤーが乗り込むと静かに走り出した。
Ziphone本社ビルは、ひと際高いビルだ。非常用の電波局設備も備えているらしい。CEO室は意外にも2階にあるらしい。だが、取締役会議は最上階の一室で行われるらしい。俺が案内されたのは、その取締役会議用の会議室だ。
「すまんね。トム。」
「いいえ。さすがに凄いビルですね。和義さん。」
ゴン氏をミドルネームで呼ぶのは、ゴン氏からお願いされたからで、本当はちゃんとした敬称をつけたいのだが、拒否されたので仕方なくそうしている。
周囲には取締役の面々がずらずらと並んでいる。どうやら、すべての取締役を紹介してくれるらしい。俺は指輪を『写』に変える。これは、目と耳を通して得られた動画を指輪に記録できるものである。
スマホとは違い、外部記憶媒体に記録できないのが難点であるがこの場合、スマホで記録するわけにもいかないので問題ない。再生も頭の中だけでできる。さすがに覚え切れないと思った俺はそれを使った。
俺がゴン氏をミドルネームで呼ぶたび、凄い視線が取締役達から浴びせられる。淡々と名刺交換と挨拶を行った。そして最後には副社長の前に止まる。
「ああ、君はいいよ。もう取締役ではないからな!」
「どういうことでしょう?」
「君の小さな背任行為には、目を瞑るつもりだったが、こんなにされては、もうおわりだ。辞めて頂くよ。ほら、調べたら、こんなにあったぞ!」
取締役会議室の広い机の上に大量の書類がひしめく。
「1件1件は小さい金額なんだが、お前が秘書を通じてやらせていた斡旋行為、過去1年間で3千件もあったぞ。斡旋先からの裏金が全部で3億円か、年収の約半分。いったい何が不満だったのだ。まあいい。さっさとこの場から出て行け!」
「なっ。」
副社長なる人物は、腕を振り上げるも、諦めてとぼとぼと会議室を出て行く。
「言っておくが、親父さんに泣きついてもいっしょだぞ。既に報告済みだ。クビの件も告訴のことも話してあるから、諦めるんだな。まあ、泣きつかないほうがいいと思うぞ。勘当だと言ってたからな。」
ここにもバカなボンボンが1人居たようだ。