第6章-第56話 たづな
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マイヤーはさっさと左腕の治療を終わらせ、残った俺の右手を手に取る。
「少し、痛いですけど我慢してください。」
「なぜだ?」
「一度ついたやけどの跡は剥ぎ取らないと治療できないの。」
「嫌だ。このままでいい。」
「なぜですか。治療してしまいましょう。」
「これはなマイヤーお前がこの世界で人殺しをしない約束を守らせる証だ。もうすこしで、また約束を破るところだったぞ。お前解っているのか?」
マイヤーには悪いが、これで手綱をにぎらせてもらおう。
「はい、すみません。ついカーっとなってしまって。」
「それがいかん。前から言っているがもう少し感情を制御できるようになってほしい。この火傷跡をみれば、思い出せるだろう、感情を制御できなかった結果だと。お前が大切なんだ。できれば、この世界でもずっと一緒に居て欲しいと思っている。だが、人殺しをして見つかってしまえば、この世界にもう連れてくることができなくなるんだ。わかってくれないか・・・。」
「はい、わかりました。でも貴方の命に関わる状況だけは、見逃せません。必ず、お守りします。この身に代えましても・・・・。」
「ああ、そこはお願いするよ。」
俺はマイヤーの覚悟のほどがアリアリと見える美しい眼差しに、そう言うのが精一杯だった。
・・・・・・・
途中、薬局に寄り、包帯を買い火傷跡を隠した。突然、火傷跡が出来たのでは、驚かせるどころか不審に思われる。この世界では、そう簡単に火傷は治らない。
「あら社長、どうしたんですか?その包帯。ケガでもなさりました?」
「ああ、やけどしたんだ。だから、俺はここで座って鑑定だけで、あとの作業はマイヤーに任せた。」
「あの子、社長のなんなの?」
「俺、言わなかった?あるところから、預かっているお嬢さん。会社とは、関係無い。俺の個人秘書さ。」
「そうじゃなくて、コレ?」
と言って小指を立てて見せる。
「おいおい、下品だぞ。この店は、下品は不味いんだ。そのために、見目麗しいお嬢様がたに入って頂いているんだから。」
「それって、私も入っているの?」
「もちろん!」
「ふぅーん。のわりには、そういう目で見られたことが無いような。」
「おいおい。勘弁してくれよ、会社潰す気か?」
「そんなに全力で拒否しなくてもいいじゃない。まあいいわ、であの子は?」
ちっ、話を逸らせなかったか。
「なんでそう思うんだ?」
「あの子の視線気付いてないの?」
「誰にも言うなよ。実はボディーガードも兼ねているんだ。ここのところ、逆恨みされることが多くてな。下手に手を出すなよ。まあ、大丈夫だと思うが・・・。」
「ほんとにそれだけ?恋する乙女の視線だと思ったんだけどなぁ。どっちにしても、手を出しちゃダメよ未成年に。捕まっちゃうわよ。」
「おいおい、マイヤーはもう成人しているよ。」
80歳だなんて言っても信じてくれないだろうけどな。
「えっ、そうだと思ったんだけどなぁ。あ、いらっしゃいませぇ。また来たのね。」
俺がお客様の方を向くと、そこには、XX組の若頭の姿が・・・。ん、だが、指輪の『鑑』では、XX組元若頭となっている。へえ、堅気になったのかな。
「いらしゃいませ。どうぞ、お掛けください。」
俺は顔が引きつらないように必死に制御して、にこやかに言った。座らせてしまえば元やくざとはいえ、周りには気付かれないと思う。
「全くここの社長は、その度胸はどこから来るんだい?」
「どういうことかな?」
俺は、ニコニコと笑いながら、彼女に向き直る。
「あ、あのね。うちのバカ亭主が浮気して、離婚したのは話したよね。」
「はいはい、それで?」
「その笑顔、怖いって・・・。それで・・・。」
「そこからは俺が、・・・そのご亭主と付き合っていたのが、うちの組が経営するバーの女なんですよ。このバーにこの姐さんが乗り込んできたんですよ。その啖呵に惚れてですね。こうやって、通って口説いているんですが・・・。」
頭、痛くなってきた。
「自分は、例の隕石のせいで親組織が潰れて主な幹部はすべて、いっしょにお陀仏でさ。うちの組は表組織のかたぎの商売がうまくいっているんで、みんなで堅気やってまっさ。もう、お判りと思いますが裏で力が無くなり旨味がなくなったのか、俺のスケも夜の蝶に舞い戻っていきやした。」
「すまんがこれ以上の話は、別のところでしても、よいでしょうか?今日は、もう鑑定の仕事はなかったな。」
こんな物騒な話をされたんでは、営業妨害もいいところだ。
「はい、申し訳ありません。こんなことになってしまって。」
閉店の札を出して、例の通り、警備員室に連れて行く。あ、ちょうどよかった。マイヤーがやって来た。ん、凄い形相をしている。やばい、これは暴走するぞ。
「マイヤー、コレ!コレ!包帯を変えてくれないか?」
俺は咄嗟に包帯を振りほどき、火傷跡をマイヤーに向けて見せる。う、この行為は心が痛むな。マイヤーは視認すると、表情を若干緩め近づいてくる。
「この方は?」
「ああ、いまから少し話し合いをだね。」
「そうですか。わかりました。同行します。」
・・・・・・・
警備員室では、安田さんは休みだったが、場所を借りることはできた。俺の隣では、鋭い視線をしたマイヤーが包帯を替えている。俺はといえば、うまく手綱が取れて安心している自分に対して嫌悪の感情抑えるのが苦しい。
「とりあえず、君の気持ちを聞いておこうか?彼を憎からず思っているのか?」
「ええお客様ですから、それほど嫌いではないですね。」
「・・・お客って、もしかして、売り上げに貢献してもらったのか?それは、堅気の時代かね。」
「はい、それはもちろん、元組員だからと言って拒否はできませんので・・・。」
「それは知らなかったで済むレベルかな、ギリギリセーフかな。では彼の奥さんになる気はあるのか?」
「な、無いですよ。何を言っているんですか?」
「でも、一言だけ。就業規則でな、反社会的組織に属するもしくは、それに関連する人物等と関係ができた場合、懲戒解雇できるという一項があるのは、知っているか?」
「ああ、初めに見せてもらったやつね。そうね、でも彼は、もう堅気なんでしょ。」
「いやおそらく、警察の暴力団関連の資料には載っていると思うぞ。ちがうかな?お兄さん。」
「よく知っているな。まだ載っているかもな。親組織とは縁がきれたから、いずれ抹消されるさ。」
「ああ、20年後くらいにはな。それまでは、ずっと監視対象だろ。」
「全く、どこまで知ってやがるんだ。詳しいな、身内に警察官でも居るのか?」
「個人的な知り合いにな。良く飲みにいっては、いろいろと質問しているんだが、面白いな。警察官ってやつは。」
「参ったよ。もう。」
「どうしても、君が彼と付き合いたいと言うなら、彼が別の会社に就職して、更に恋人としてだな。お兄さんも、彼女を路頭に迷わせたいわけじゃだろ。」
「それは、もちろん。でも、いいのかよ。そんなこと勧めて・・・。」
「ああ、そこまでなら、プライベートだからな。配偶者になると別だが・・・。君も良く考えるんだな。お子さんのこともあるし・・・。」
「なんだ。お前、子持ちだったのかよ。俺はてっきり・・・。」