第6章-第55話 とりしまりやく
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「こりゃ、難しいわ。こちらのうな丼は、物凄く人には勧めづらいのう。」
「もちろん、別々に食べる定食物にはコシヒカリのご飯を付けるつもりです。あくまで、うな丼だけです。基本路線としては、こんなところです。ご満足頂けましたでしょうか。」
「ああ満足したとも、うな丼を二杯食ったのなんて何年ぶりだろう。ちなみに肝吸いはないのか?」
まさか、ゴン氏どころか田畑元会長まで2杯食べるとは思わなかった。俺は、説明しながらマイヤーと半分ずつした。洋一さんは異世界のうな丼をうんうん言いながら、相馬くんは伊賀産コシヒカリのうな丼をモリモリと食べた。
「ええ、無いんですよ。うちの従業員ではあの微妙な湯通し加減を再現できなくてですね。天然だけあって、食中毒とかも気にする必要がありますので、しっかりと火を通せる肝焼きだけにしようと思っております。」
「まあ、そんなところじゃろうな。」
ちなみに店名は、のれん代の関係で「槌屋」になった。「うな丼のだぁいすき」いいと思ったんだけどなぁ。
・・・・・・・
業者と話し合ったところ、元々槌屋の店舗横には駐車場が広めにとってあり、土台をそちらに作り上げ、同時に内装を変更した建物を移築することで、意外と早く3週間程度でプレオープンできることになった。
それまではゴン氏には申し訳ないが、ゴン氏が著名な人々に対し定期的にZiphone本社の近くのホテルで開催している昼食会で、うな丼を披露させて頂けることになった。
そして、参加者にご了解を頂いた上でプレオープンに招待させてもらう予定だ。
「いやいや、週に2回もこのうな丼が食せるなんて幸せ、誰にも渡したくはないぞ。それに、わしもこのプロジェクトの一員だ。毎日でも、開きたいところさ。」
流石に週2回は多いだろうと思って聞いてみたのだが、ゴン氏にそう切り替えされた。
・・・・・・・
今日のフィールド製薬の取締役会議は、社外取締役としての初めての仕事だ。ゴン氏、田畑元会長、俺の3者で話し合い、株式を市場に放出し、それぞれが総株式の3分の1以上持たないことを合意し、フィールド製薬の独立性を保つことを約束している。
外からみると3者がそれぞれ単独では、ある製薬会社の元副社長を筆頭とする新経営陣に対し、株主である権限を振りかざせないように見えるに違いない。でも実際には違う。困ったことに、実際は俺の意見が通ってしまうのだ。
結局、代表取締役をゴン氏が選んだ人物になった関係上、ゴン氏、俺共にそれぞれ、1名の社外取締役が割り振られた。つまり、この2名が結託すれば、一切の議案は通らないのである。
ゴン氏側の社外取締役はどうやら、俺の意見がそれほど変ではない場合に俺に賛成するように言い含められているようなのである。俺もゴン氏側の社外取締役の意見には、頷かせられることが多いため賛成している。
もちろん、取締役としては、経営陣のほうが人数的に多いため、強行採決をすれば、経営陣の意見が通ってしまうだろうが、俺が意見を言った場合には、議案が取り下げているところをみるとやはり株主の権利は大きいようだ。
今日の取締役会議で意見を言ったのは、田畑元会長の所長職の件とY1号、Y2号案件への予算配分だけである。
何を思ったのか田畑元会長を研究所所長から、取締役の末席に名を連ねようとしたのだ。経営陣としては、経営陣寄りでかつ大口株主でもある田畑元会長を取り込みたいのかもしれないが、おそらく、さらに俺の味方が増えることに繋がる。そうすると経営陣が四面楚歌であることが表面化してしまい、ろくなことにならない。
だから、反対した。まあ経営陣からみると、違う理由に見えるかもしれないが・・・。
Y1号、Y2号の予算が減らされていることは、田畑元会長から聞いて知っていた。田畑元会長も悔しがっていた。これも経営陣からすると当然の処置かもしれない。今は時間が解決してくれる信頼回復の時であり、山のものとも海のものともわからないものに手を出したくないのだろう。
新薬が一層の信頼回復を即してくれると思うのだが、それを指揮した人間が田畑元会長であれば、これ以上の信頼回復は無いであろう。もしかすると、経営陣には俺たちが引いた田畑元会長の社長復帰へのレールが見えているのかもしれない。
だから、躍起になって潰そうとしているのかもしれないな。一度、ゴン氏からの影響力が残っている内に釘を刺してもらったほうがいいかもしれない。
・・・・・・・
取締役会議のあと、貴金属買取ショップに向かうところでそれは起こった。
俺をライバル視していた例のコンビニ経営者が、唸りながら襲い掛かってきたのだ。間一髪で、セイヤに貰ったあの紐パンにMPを投入して、難を逃れた。
「お前のせいで、俺は・・・俺は・・・全てを失った。証券マンに誘われて財テクとして下がり続けていたフィールド製薬の信用売りに手を出したのが、間違いだった。」
俺がスミス金属を子会社にしていることで手を出してしまったのだな。
「突然のM&Aにより、さらに混迷することにより株価が下がると言われ、全財産の3割を注ぎ込んだのが突然の増資により、一時的には株価が下がり儲かった。だが突然のホワイトナイトそれに続く、経営陣の総退陣によりストップ高だ。慌てて買い戻したが追い金が発生して更に全財産の2割が消えてなくなった。」
無理に買い戻さなくても、保証金が払えなくなった時点で取引停止になるのに、どうやらそのことを知らなかったようだな。
「まあそれは、お前がM&Aを失敗したことで溜飲を下げたから、まだいい。それに続いて中国人労働者の労働組合結成にサービス残業代の請求、しかも売り上げ未達成時の罰金や売れ残り商品買取代金の給料天引き、生命保険金の遺族への返却まで、俺はとうとう店を売ることまで余儀なくされた。」
「それがなぜ、俺のせいなんだ?自業自得だろ。」
俺は喋りながら、相手の持っている武器を確認する。どうやら、ナイフだけのようだ。
「それは、お前のところのアルバイトに総務がわざわざ労働基準法を教えたせいだ。そのアルバイトが俺のところの中国人と知り合いとかで、俺のところの法務違反をすべて教えてくれたそうだぞ。なんてことをしてくれたんだ。」
「しかも、なんだ。お前はフィールド製薬で取締役についてやがる。俺の金を返せよ。俺の会社を返せよ。」
「なんだ完全な逆恨みか。すべてはお前が過去に行ってきた法律違反が原因だろ。」
「それがなんだ!奴らは搾取されて当然の存在なんだ。彼らにとって俺が法律だ、法律だったんだ。お前なんかぶっ殺してやる!」
ナイフを手に、襲い掛かってきた奴を腕で庇ったところ、腕が紐パンの防御範囲外に出てしまったようで、ざっくりと切れてしまった。俺は慌てて指輪を『癒』にして治療しようとしたとき、俺の前にマイヤーが飛び出してきた。
それも奴に向かって、今まさに『ファイアボール』を打ち込もうとしていた。それはヤバイ、今うちの会社でどんな理由があろうとも、人殺しが出てしまうのは絶対避ける必要がある。ゴン氏と進めているプロジェクトが頓挫してしまうのは必至だ。
マイヤーの前に飛び出し、習ったばかりの水魔法で相殺を狙う。じゅうううううう、当たり一面に水蒸気が立ち込め、両腕に火傷は負ったが・・・なんとかぎりぎり、相殺できたようだ。
「おまえら、何者だ!」
突然、魔法を見せ付けられた奴は、ズリズリと後退していくと、身を翻して去っていった。
「トム、なぜこんな・・・。」
マイヤーは、余りの痛みのため倒れこんだ俺に駆け寄ってきた。
「痛いんだから泣く暇があったら、治療してくれ。俺が右腕をする。マイヤーお前は左腕だ。」
「は、はい。」
俺は、ふと思いつき右手の甲の火傷の跡だけ残して治療した。




