第6章-第54話 こしひかり
お読み頂きましてありがとうございます。
「モモエさん言っておきますが、槌屋さんにうなぎを焼く権利を与えるも与えないも俺の胸三寸です。それをかさにきて、対等の関係を崩してはダメですからね。」
「・・・・ふふふ、やっぱり解かってしまいましたか。はいはい、わかりました。対等ですよね、対等・・・。一回、この人と対等の関係ってやつをやってみたかったのですよ。ありがとうございます。こんな機会を与えて頂いて、絶対に来週までには、この人たちでも最低限60点、こちらの世界で食べれるうな丼を作れるように育ててみせます。任せておいてください。頼んだよ、槌屋さん。」
「ああ、任せておけって・・・。申し訳なかったです、本当に・・・、こんな簡単なこともわかってなかったとは。なさけねえです。ありがとうございました。お陰で目が覚めました。」
まあ、1店舗で出す分ならば、モモエさんと槌屋さんが焼いたうなぎの量で十分だろう。
・・・・・・・
異世界から日本に戻り、おそらくモモエさんと槌屋さんの料理人としてのせめぎあいが行われているであろうころ。日本でもゴン氏を交えた企画会議でも経営者として、そして1人のグルマンとして喧々囂々とした意見のやり取りを行っていた。
しかも、社一番としてのグルマンの洋一さんはいいとして、なぜか田畑元会長までやってきている。
「しかしなぜ、わしを呼ばない洋一よ。こんな楽しいことをしているなんて、ゴンから話を聞いたから良かったのの。バブル期には、あんなに沢山の店に連れて行ってやったのに・・・。」
「お父さんは研究だけやってればいいんですよ。何かかあると全て私に押し付ける。世の中にこんなに楽しい仕事があるなんて、思いもしませんでしたよ。」
洋一さんは俺の会社で働くことが楽しいらしい。うれしいことだ。
・・・・・・・
俺が店の内装や設備について、説明をしていると反対意見が四方八方から飛んでくる。
「だから、違うんだよ違う。なんていうかな、まずは相手をするお客達のことを考えるんだ。」
「客は、50代。食べ物に掛けるお金は十分に持っている世代。そして、なんといっても、バブル期で旨いものを喰って、舌が肥えている。」
「そうだ。ただしバブル期のうそ臭いグルメには飽き飽きしている。だから、あまり内装を整えすぎたり、器に凝ったりすると、たとえ美味しいものであっても、うそ臭く見えてしまうんだ。」
「そういうもんですか?」
「そうだ。わしが喰った中でも値段は一流料亭以上で、器も高価なものを派手に使用して・・・特に刺身なんか氷が彫刻された器に盛ってきた時なんか、味は大したことなかったぞ。」
田畑元会長が実体験を話してくれる。さすがに、洋一さんも知らなかったようだ。
「バブル期を生き残った店は本物だったがのう。それでも今のセレブ層が食べる、田舎のうそ臭い地産地消料理に駆逐されたよ。結局、今残っているのは、何十年と続く老舗料理店だけとなったかのう。」
田畑元会長の薀蓄が終わり、ゴン氏が説得力のあるところをみせる。
「だ・か・ら、あまり綺麗過ぎてもいかんのじゃ。お主の言う通り、旨いうなぎ屋でも見たくも無い虫達がうろうろするのは頂けない。槌屋さんも確かに汚いところもある。しかしだ。ホテルのように綺麗なのはホテルだから良いのじゃ。」
「では今の建物や内装は、そのままに土台だけ変えましょう。」
「ほう土台だけか、面白そうだな。どういうふうにだ。」
「黒御影のタイルのところどころに、ミスリル鋼のタイルを張り巡らせませしょう。」
「おお、あのミスリル鋼か。確かにアレがあれば、あの虫は寄り付かないな。」
ミスリル独特の闇属性の魔法を通さない性質は、何故か、あの黒い虫を寄せ付けない性質として現れたようで、多くの研究者がクビを捻っている。おそらく、あの黒い虫は一種の魔族なのだろうと俺は考えている。
「それは、あくまでわからないようにであり、あえて宣伝しません。まあ、和義さんが自慢する分には、かまいませんがね。」
「でも、あれは生産が追いついていないと聞くぞ。」
「大丈夫です。少量ですが常に確保はしてありますから・・・。」
「そうだったな。スミス金属を持っているんだったな。」
そこに投資部の洋一さんが口を挟む。
「ええ、よくご存知で・・・。」
「そりゃ、調べるさ。なんと言っても、三文芝居の相手だからな。洋一元社長さんよ。」
「もう、それはご勘弁ください。でも、本当に毎日が楽しいですよ。今は・・・、もう帰りたくないくらい・・・。ね、お父さん。」
「まあいいんじゃないか。お前の人生だ。好きにしたらいい。」
いつのまにか、洋一さんの人生まで任されてしまったようだ。まあ、洋一さんが楽しいのであれば、ずっと居てもらえばいいだけさ。
・・・・・・・
「あとは建物を移築して、設備はできるだけ、今の机や椅子に似せたものを特注で、より座り心地を良くしたり、しっかりした木材を使用したり・・・。」
「おう、それで・・・。」
「厨房はそれほど必要ないので、その分広げます。その改築の内装は、今の内装をもとに、シックなダークレッドを基調に落ち着いた色目にするつもりです。」
「わかった。そのアイデアで行こう。さっそく、移築経験が豊富な業者を寄越すから、打ち合わせをしてくれ。」
「ありがとうございます。さすがに、そんなコネもないので、アイデアはあっても、実行できないと思っておりました。お話を聞いて頂きましてありがとうございます。」
「いやいや、君のアイデアあってのことだから。わしなんか、ただ、顔が広いっていうだけさ。さあ、さあ、次行こう。次。」
「次ですか?洋一さん、次ってなにかありましたでしょうか?」
「ああ、ゴン氏が言いたいのは、試食のことでしょう。」
「試食はないのか?試食は・・・。」
「そうですね。少々お待ち頂けますでしょうか・・・。」
「ああ、いくらでも・・・と、腹が減ってのう。こんなに食い物が待ちどおしいなんて、ひさしぶりだぞ。」
・・・・・・・
俺は相馬君にどんぶりとまな板、包丁とご飯を用意して貰う。
そして今せっせと相馬君達が伊賀産のコシヒカリの給水時間と水量と炊飯時間でベストな炊き上がりのご飯を作りあげている最中だ。
もちろん、槌屋さんにいつもの炊き方は聞いてきているが、お米の産地が違う分、水分量などが若干違うため、いくつかのパターンで、何回も、何回も炊かせている。その中でも、今、ベストと考えるご飯を丼によそおい、タレを掛け、腐らない袋から取り出したうなぎを1匹分切ってのせる。
これを4つと異世界のお米で作ったうな丼を4つを持って、それぞれ、相馬くんと一緒に持って会議室に入った。
「ああ、待っていたよ。」
「右4つが、国産コシヒカリを使ったもの、左4つが、マイヤーの故郷のお米で作ったものです。左のほうを若干高めの設定で、1日の限定数10で販売しようと思っています。できれば、コシヒカリのほうから、ご試食頂ければと思っています。さあ、どうぞ・・・。」
「ほうなかなか、いいお米だな。・・・・・、そのまま、食べてもうまい。どこのお米だ?」
「はい、三重県伊賀市産のお米を使用しております。」
「ほう、隠れた名産地だな。最近はけっこう名が通ってきたから、数量を確保するのは大変だと聞いたが・・・。」
「ええ。昔、培ったコネがありますので・・・。」
「いいコネだな。」
「はい、ありがとうございます。」
「では、問題のこっちだな。・・・・こっちのほうが、高い設定だと言ったか。」
「ええ、そうです。流石に、そう大量のご飯を持ち込めないので・・・。」
「ダメだな。ダメだ、美味しくない。なんというか、パンチがないな。悪くないが良くもない。」
大体、想像通りだな。
「申し訳ございません。うな丼ですので一緒に召し上がってもらえないでしょうか。」
「同じだと思うがのう。・・・・ん・・・・な・・・なぜ?」
「どうされましたか?」
「さっきと同じうなぎだよな。」
「そうですね。コシヒカリに載ったのが槌屋さんに焼いてもらったもので、こちらがうちの料理人が焼いたものです。」
実は、どっちをどっちにのせようか迷ったのだ。槌屋さん曰く、うなぎを焼く腕は、ほとんど並ばれたそうだ。そりゃあもう、めちゃくちゃ悔しがっていたが・・・。二人の関係は変わったようだ。
「断然、こっちのほうが旨い。なぜだ?」
「そうですね。槌屋さんもそう言ってました。コシヒカリは、美味しすぎるんだそうです。うなぎと喧嘩をして引けを取らないんだそうです。でも、こっちのご飯は、うなぎと食べるとうなぎを引き立ててくれつつ、ご飯も美味しく感じるそうなんです。不思議でしょう。」