第1章-第4話 あるばいと
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こうなると奴を失ったのは痛かった。もちろん、裏切った元妻ではなく寝取った男の方だ。
山井勉を雇ったのは、俺が1店舗目の100円ショップを開業したときだから、もう8年になる。元妻より付き合いは長い。
やつは地元の大学に入学したばかりで、初めは全く使えないやつだった。1度教えただけでは、すぐ忘れる。しかも、解からないなら聞けばいいのに解からないなりにやってしまおうとして失敗する。
失敗して叱ると、次の日休む。そんなやつだった。創業のメンバーだからこそ雇い続けたが、今そういう奴がアルバイトに来たら、お断りするかもしれない。
しかし、勉は同じことを何回も根気良く教え、1度覚えたら絶対に忘れないし、より効率のいいやりかたを模索することもできるのだ。
まあ、初めの1年は教え込むことに費やしたが、いざアルバイトとして、すべての業務を覚えてしまうと今度は誰よりもできるようになったのだ。
だからアルバイトの中では、トップの時給を与えていたし、信頼もしていた。大学を卒業するときに就職できずに居たため、もうすこし経営が安定したら社員に登用しよう・・・とまで思っていた。
だから、地元企業に就職が決ったときは、驚いたと同時にがっかりもしたのだ。
今月から週2日異世界へ行くことになったとき、心配だったのは、今の体制でアルバイトが足るだろうかということであり、俺と勉の空いた穴は大きい。
異世界から帰ってきて、すぐにしたことはアルバイト募集の追加だ。元妻と勉の穴を塞ごうと2名の募集はしてあったのだが・・・。
どうしても、もう一人は必要だ。
俺、元妻、勉の3人分。いや、アルバイトの新人くんだから、おそらく4人分くらいの穴を塞がなくてはいけないのだ。
しかも、さっき貴金属買取ショップのFCに応募したばかりだ。
本人たちさえ、了承すれば100円ショップの中堅メンバーを当てようと思うのだが、今はそんな余裕は無い。
当分は自分一人での営業になりそうだ。
貴金属買取ショップのFCには、例によって商社時代のコネを使い、加盟金300万円のところを100万円に負けてもらった。
さらに店舗での買い取りだけではなく、自分の営業ルートでの買い取りもできる。つまり、異世界から持ってきた貴金属を流入することができる契約になっている。
場所は、現在100円ショップが入っているスーパー内の横のテナントが撤退したせいで借りないかという打診が随分前にあった。そこがまだ空いていたので、ずいぶん格安で借りることができたよ。
机などは前のテナントが保険会社だったため、そのまま流用できる。看板と金庫と比重計くらいであとはFC契約内で用意される。
開業資金は全て合算しても300万円も掛かっていない。1回異世界から貴金属を持ってくればペイできてしまうだろう。
基本的な買取は、他のショップと同様に刻印で判断し身分証明書でリスクを減らすやり方だが、金の買受だけは、比重計を使い刻印なしでも買い取る。ということにしている。
実は指輪を使い、簡単に真偽が判別出来るのだ。
刻印なしの場合の買い取り金額は、リスクが載せられ若干安い。変に疑われないよう他店舗からの紹介の場合は、リスクを本部が半分持つかわり、利益の1割を渡す契約にした。
・・・・・・・
ブーブー、ブーブー、携帯は訳があって、スマホに機種変更したのだが。この歳にもなると、スマホの使い方を覚えるのも大変だ。ん、噂をすれば・・・、やつだ。山井勉だ。出るか出るまいか、少し躊躇したが、勉のところには、娘が居ることを思い出し、通話ボタンを押す。
比較的、冷静な声をこころがけ、電話に出る。
「用件はなんだ!ああ、それはもういい。済んだことだ。どうせ、あいつに唆されたんだろ。お前にそんな度胸はないのは、解かっている。・・・・そうか、・・・・そんなところだろうな、・・・うん、わかった。じゃあ、話し合いに行くから、何時からがいい?お母さんにも同席してもらうぞ!1時だな。わかった。じゃあ、切るからな!」
ふーーー。
元妻が、娘を置いて出て行ったらしい。
娘を引き取ってほしい・・・とお願いされた。ああ、娘になんて言おう4歳になっているから、もう殆ど解かっているんだろうな自分が捨てられたって。
はぁーーーー。
・・・・・・・・
山井家は母一人子一人の家庭でお母さんが一生懸命働いて、勉を大学に入れたものの就職浪人で大変苦労しているんだと以前聞いたことがある。
今もお母さんも働いているし、あいつに出ていかれたんじゃ娘の世話なんかできるわけがない。
「重ね重ね、大変申し訳ありません。」
勉が最敬礼で謝ってくれた。横でお母さんも頭を下げている。お母さんも大変だな。
「だから、もういいって。それで結局、結婚してないんだろ。ならば仕方が無いよ。」
勉とあの女は、結婚しなかったらしい。俺から親権を奪うために、同居までしたのに・・・。結局、あの女は養育費が欲しかったのだろうか。でも置いていったということは、裕福な男でも捕まえたのかもしれないな。
「すみません。私が不甲斐ないばかりに・・・・。」
「え、もしかして、会社クビになったとか?」
「・・・・・・・・はい・・・試用期間後に・・・・・・・」
就職先の上司も大変だったんだろうな。なにせ、1回では殆ど覚えない。普通の企業では、そんなに何回も教育しないだろうし。
「そうなんだ、お母さんも大変ですね。」
「いえ、この恩知らずの自業自得ですから・・・。」
「まあまあ、そうおっしゃらずに・・・ね。・・・うーーーん。・・・じゃあね、もう一度、戻って来ませんかね。・・・・・物凄く、肩身が狭い思いをするでしょうけど・・・ね。もう一度だけ、チャンスをあげたいな。主にお母さんと娘のために・・・。」
「・・・そんなことが、本当にできるのですか?私には全く異存はありません。」
「うん、条件はね・・・。とりあえず、半年は週5日勤務で絶対休まないこと。他のアルバイトの手前、前よりも時給は安くなってしまうこと。そして、娘の親権を戻してもらうために証言してもらうこと。この3つだよ。そんなに難しくないだろう?」
「はい、よろしくお願いします。」
うん、よくできました。凄い甘いかなと思うけど、この人材を逃す手はないだろう。向こうからやってきたのだから。まあ親権が戻った後で、他のアルバイトが不満なら、もっと泥を被ってもらうことになるだろうし、他にも使いようはあるだろう。教えるのは面倒だが。
・・・・・・
これで準備はできた。袋には100円ショップの商品や向こうで商売を始めるのに必要なもの、電気店やホームセンターなどで買ったものなど、いろいろと詰め込んだ。
娘は、まだ親権を取り返せていない。今は懐いている山井のお母さんに預かってもらっている。ベビーシッター代を渡そうとしたのだけれども、断られた。
ま、普通そうだよな。常識的に考えて・・・。勉は、100円ショップでアルバイトを再開した。他のベテランパートと一緒にアルバイトの面接も任せた。使えるやつが入ってくれるといいな。
他のアルバイトは、冷たい目でみるだけで、俺の決定には、頷いてくれた。
貴金属買い取りショップは、俺が異世界から帰ってきたときには、店が完成している予定だ。中堅のアルバイトも100円ショップと兼業でもかまわないと言ってくれた。制服のパンフで彼女たちが選んだ派手な赤の制服を2着ずつ支給した。
今いるのは仮眠室だ。鍵も掛けてある。ん、指輪が青白く、光りだした。ダイヤルを『送』にして、右手に白いケーブル、左手に青いケーブルを手にして、暫くすると、視界がゆらゆらしだした。どうやら、召喚されるようだ・・・・・。
いよいよ、2度目の異世界です。
さあ、手にしたものはなんでしょうね。