第2章-第22話 ぎょうかい
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次はお刺身が程良く冷えたガラスの器に盛られてくる。
「今日は白えびのよいものが入ったのよ。『ゲート』便は鮮度が違うわね。」
白エビの他、マグロ、鰤、鯛の薄造りが載っている。鮪は近海ものだろうか。遠洋の本鮪を出すと国産じゃないとウンチクありの文句を言う奴が住んでいるからな。
鯛も薄造りにするくらい身が引き締まっているのだから鮮度が高いはずだ。
高層マンションの料理店や住人に向けたサービスで傘下のホテルグループが料理人が仕入れ下ごしらえした生鮮食品を提供している。但し、市価の10倍ほどとなるため、料理好きな富裕層のマンションの住人くらいしか利用していないのが現状だ。
1階にあるハロウズでも目玉商品として未調理のものを数量限定で仕入れているが、そちらは開店直後に売り切れてしまう。後は傘下のホテルグループ内で食材を融通しあっており、こちらも好評を得ている。
このノウハウを取り入れて山田ホールディングスの国内の物流拠点間に流通網を作り上げる予定である。
さて白えびは刺身用と指定すれば剥いたものを仕入れるはずだが、料理人の出番が無くなってしまう。10センチにも満たない小さい白エビを剥くのは大変だから、たとえ仕入れ価格が10倍に跳ね上がっても帳尻が合うのだろう。
「毎度、ご利用ありがとうございます。」
最終的な支払いはこちらの経費で落とすが、利用して頂いただけでも大いに意義がある。
元々キロ1万円はする剥いた白エビだ。今までは下ごしらえせずに生きたままタンクローリーの水槽に生かしたまま乗せてきて、到着してから調理して出す必要があった。
水槽で生かしたまま輸送すると旨味が抜けてしまうらしい。だが下ごしらえしてから輸送すると生食に適さない。
チルド状態で宅配便で送るといった方法もあるらしいが、個人宅で食するならまだしも一流の料理店では扱えないのだ。それだけデリケートな食材だという。
これだけ美味な食材だというのに物流の発達していなかった時代は富山湾近くの料理店でしか食べられなかったというから驚きだ。
空間連結魔法は繋げるときに魔力を使うだけで設置した魔法陣壊れない限り維持できる。今はハロウズの従業員が仕分けを担っているが、物流拠点間の流通網によりベルトコンベアとICタグによる仕分けさえ自動化されればボロ儲けだ。
「もっと安くならない。板さんは魚貝類全てを『ゲート』便で仕入れたいらしいのよ。」
女将に苦情を言われた。だが国内の運送業を潰すつもりは無いし、『ゲート』技術を安く売るつもりも無い。山田ホールディングスが利益を得られればいいだけだ。まあ絶対に真似が出来ない技術というのが大きい。
「1年後に取扱高を増やして価格改定を行う予定にしている。まあ今の半額程度だ。余程の高級食材じゃないと無理だと思うぞ。」
「僕も運送業に参入しようかな。凄く儲かりそうですよね。」
『無限収納』スキルと『転移』スキルがある大葉くんなら確かに儲かりそうではある。
「大葉くんがか? 確かに出来そうだけど、本人が動く必要があるのでは過労死するぞ。それよりも技術を確立して従業員を使ったほうが儲かる。」
『ゲート』技術なら勝手に利益を生み出してくれるが、本人のスキルが必要となると時間という制限があるから問題だ。
ある意味ライバル企業だが、人に見られて困るという域を出ていないし、常に本人のスキルを使い続けるのであれば世界経済的にマクロでみれば限定的と言わざるを得ない。余り勧められない手段だ。
「そうね。働きたいのなら、人を使う仕事を覚えて頂戴。運送業が良ければ、レストラン宅配のサービスセンターとかあるわよ。」
スマートフォンアプリを使ったレストラン宅配はコロナ禍が終わった途端、軒並み倒産の憂き目にあっている。
それは顧客やドライバーのトラブルがあまりにも多く、どのレストラン宅配業者も信用を下げてしまったからである。
その中で渋沢グループが当時、最大手だった『出前便』をM&Aし、同じくM&Aした『スズメバチタクシー』の顧客サービスのノウハウを取り入れたことで、国内で唯一生き残っているのだ。
タクシー業界とレストラン宅配業界は意外にも似通っており、スマートフォンアプリにも共通項が多い。例えば、顧客のスマートフォンのGPS位置情報から近くに居るタクシーを割り当てるのだが、テイクアウトするレストランの位置情報から近くに居る宅配ドライバーを割り当てる、といった感じである。
それに両業界ともにドライバーと顧客も一対一の関係であり、渋沢グループの得意分野である接客業でもあるところで顧客とドライバーが顔を合わせた際に上手く対応できる必要があり、ドライバー教育の要でもある。
しかもドライバーが対応できないトラブルを臨機応変に解決できるサービスセンターの役割がコロナ禍が終わり、冬の時代が到来した業界に必要不可欠だったというわけだ。




