第2章-第18話 おれつええっ
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「私たち家族のことは気にしないで、大葉くんが決めていいのよ。ただ私たち家族から離れようとすることだけは止めて欲しいの。」
これまで静かに聞いていた紫子さんから声が掛かる。だが遠慮がちな前半の言葉と違い後半の言葉は彼を束縛するセリフになってしまっている。ある意味、こちらにアシストして貰ったも同然だ。
「心配しないで紫子さん。解りました山田社長。今は何も聞きません。ですが何か手伝えることは無いですか?」
なるほど、こちらの読みが当たっていたようで、彼は紫子さんの孫という立ち位置で満足なようだ。
紫子さんの思いは違うようだが、そこは当人同士の問題なので紫子さんの頑張りに期待したいところだ。
「何も聞かずに手伝ってくれるというのか。」
渚佑子によると異世界で『勇者』として活躍しなかった那須くんは些か考え方が軟弱で、問題が発生すると逃げる可能性が高いらしい。現在では周囲の影響を受けて随分図太くなってきている。
しかし彼は並行世界転移してきたばかり。こちらの手駒でも無い彼を『勇者』らしく鍛え上げることができるように、彼の申し出を受けてみても良いのかもしれない。
「ええ重荷を分けて欲しいとも言いません。せっかくスキルを貰ってこの世界に転移してきたのですから活躍してみたいんです。」
活躍ね。それは穂波くんの言うところの『俺TUEEE』的なことなのだろう。穂波くんも麻生くんも異世界転移では辛酸をなめた口で碌な活躍が出来なかったのが心残りだと良く口に出しているから捌け口が必要なのかもしれない。
「活躍か。それは、俺TUEEE的なことをしたいという意味かな。」
でもこの世界で俺TUEEE的なことはすぐに犯罪者として後ろ指を刺される。特に政治家のトップの超法規的処置行為が一切できない日本では『勇者』にとって生きにくいことこの上無い世界だろう。
「仰る通りです。何の後ろ盾もなく俺TUEEE的なことをすれば犯罪ですから、非常事態でも発生しなければ、何処にも活躍の場が無くて困っていたんです。山田社長が津波を防ぎ、人々を救ったように活躍したいんです。」
なるほどアレを俺TUEEE的行為と捉えるか。実際には自己満足さえも得られていない行為に過ぎない。
「あれか。そんなにいいものでは無いぞ。確かに救った人々からは賞賛されるが、救えなかった人々からは批判を浴びる。」
救えなかった静岡県には未だに批判も多く、ヴァーチャルリアリティ社の支店も設置できていない。
「批判ですか。」
しかも辛いのは水害で俺が活躍するのが当たり前だと日本国民が思い込んでしまったのだ。日本全国で雨が降れば何処でも水害が発生し得る。小さな村々にまで行って水害を防がなければならない。そんなことができるはずも無いし、俺の仕事でも無いしかも報酬も無いのでやりたくもない。
俺の派閥から鞍替え当選した各地の首長たちが水害発生時の予算を請求している段階であり、直ぐに動ける案件も無いに等しいのだ。
「そうだ。そして救ってくれるのが当たり前になる。少しでも水害で被害が出れば、全て私が悪いことにされてしまった。恐らくどんなふうに人々を救っても同じだと思う。それでも君は活躍したいと。」
法改正で内閣に組み入れられた気象庁から提供される水害に関する情報は適宜俺のところに回ってくるし、内閣の予備費で賄える範囲内であれば閣議に掛けられ了承を得られ次第、仕事として回せると首相も言っているのだが精々年に1回くらい過去に類を見ない被害が出ると予想される大雨だけだ。
「そうですね。紫子さんたち家族が誉めてくれる限り続けられると思っています。」
活躍と言っていいか解らないが回せるものは回してしまうか。俺が直接動くよりも良い結果がでるかもしれないしな。
「解った。そこまで言うのであればお願いしよう。渚佑子に指示を出しておく。スキルを使うに当たっての注意事項も彼女に聞くように。彼女は厳しいからそのつもりでいてくれ。」
『勇者』の編成は彼女に任せきりだが、平和ボケした日本に居る所為か遅々として進んでいない。ただ彼女が怖がれいるだけのように思う。『恐怖』で従えるのも一種の手だ。危機管理としては本能的なものほど有効になることを鑑みると彼女の経験により培ってきたものに違いない。