第2章-第17話 ないしょばなし
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「久し振りですね。渋沢さんと大葉くん。まあお掛けください。」
秘密の話をしなければならないため、いつも使っている個室を予約していた。早い時間だった所為で店内に誰も客は居なかったがそれはそれで丁度いい。個室といってもこの店の格としては豪華過ぎない程度のもので隣に茶室があり別の個室からは1室隔てているので殆ど音は漏れないように見せかけている。
実際にはこの部屋のみに『サイレンス』の魔法陣が組み込まれており、完全に音が漏れない仕組みになっているのだ。こういった仕組みの個室を3階と4階のレストラン街の店に1室ずつ用意してある。
「ええ。お久しぶりね。お変わりが無いようでよかったわ。」
「ではまずこれを。」
俺は懐から手帳サイズのものを取り出すと机の中央に置く。大葉カノン名義のアメリカ国籍のパスポートだ。もちろん紫子さんへは事前に連絡している。
「大葉くん。確かめてくれる?」
打ち合わせ通りに紫子さんが『勇者』の彼に確認させる。ここが正念場だ。反感を買ってでも俺が彼に押し付けるつもりだったが幸いにも紫子さんから了承を得たのだ。
「こ、これは・・・。どういうことなんですか紫子さん。」
中身を確認した彼が動揺を表情に載せてくる。想定通りだ。
「説明は私からさせてくれないか。」
彼が無国籍であることを紫子さんが知っていた。裏切られた思いだろう。だがあくまで紫子さんは味方で悪役は俺でなければならない。
「ゴメン紫子さん。思わず冷静さを失ってしまったようだ。山田社長、話をお伺いしましょう。」
内面はどうか知らないが比較的早く冷静さを取り戻した彼はこちらに向き直る。元々持っていたものなのかスキルによる影響なのか全く解らない。
それほどまでに彼の持っているスキルの数が多すぎるのだ。俺は彼のスキルのことを頭の隅に追いやる。重要なスキルのいくつかは渚佑子から教えて貰っているが今は不要な情報だ。
「初めに君がスキル持ちだと気付いたのは私だ。私は君の『超鑑定』スキルで確認して貰えば解る通り、空間魔術師という職業でいわゆる剣と魔法の異世界と呼ばれる世界の人間だ。」
『勇者』は誰でも現代世界に居るとスキルを使うことを忘れてしまう。渚佑子でさえ俺の護衛任務以外では『鑑定』スキルを使わないのが普通だそうだ。まだこの世界に来たばかりの彼が常時使っているとは思えなかったので使うように唆してみる。
元妻の友人である紫子さんに全てバレてしまうのは後々痛いがこの場で『勇者』同士の戦いに発展するよりはマシなはずである。
「はい。」
今日の俺は指輪の『偽』で偽装していない素っ裸だ。僅かに指輪の『守』により防御できるが未知のスキルの前では有ってないようなものだろう。
『勇者』の彼もいろいろ考えて受け答えしているようで碌な情報が得られない言葉しか返ってこない。慎重な性格をしているようだ。
「渚佑子も君と同じスキル持ちで『知識』スキルという古今東西ありとあらゆるこの世界の文章化されたものを読み取るスキルを持っており調査させたんだ。そうしたら、この世界には大葉夏音という人物は存在しないことが解った。」
一瞬顔色が変わるが次の瞬間には元に戻る。腹芸は出来なさそうだが自制心は強いらしい。
「なるほど。」
これが彼の素なのか言葉が少ない。それならばとあとは畳み掛けるように言葉を継いでいく。
「初めは異世界転生した人間が帰還したのかと思ったんだが過去にも存在していないのはおかしい。」
「そうですね。」
「それに渚佑子が『鑑定』スキルで君のスキルを読み取ったところ、この世界の神が必ずくれるという固定スキルの名前が若干違っていたんだ。だから、異世界へ召喚された人間でも無いことになる。」
「ええ。俺の場合、並行世界転移ですので間違いないですね。それで俺に何をさせたいのですか?」
何かをさせられると判断したようだ。実際には何もしてほしくないのが正解なのだが。
「有事の際に君の大切な人のためにスキルという力を使ってほしい。」
一見緩い言葉のようだが、地球外生命体の侵略を含めている。紫子さんに繋がる渋沢グループ全体が彼の担当分野なのだ。何も言わずともその通りに動いてくれると思いたいが言質も取っておきたいというのが本音だ。
「それは言われるまでもない。他にもありますよね。」
「あえて言うならば、こちらと敵対しないで欲しいぐらいかな。」
イギリス、アメリカ、山田ホールディングスグループにZiphoneグループ、蓉芙グループ、それと友好国・・・この辺りで手一杯なのだ。自分のことは自分でしてくれるだけでも随分と負担が減る。
中国は経済が西洋化して、アラブは都市が西洋化しており、まだマシな方なのだが、アフリカ諸国は人口が多い割にはお荷物で要求ばかりする国々になり果てており困っているのである。
国連時代には経済に無関係な分野の要職を回すことでお茶を濁していたのだが、地球連邦では何も協力を得られていないのが現状だ。
本当の意味で統一政府を成立させるにはアフリカ諸国の協力も必要なのだが、経済は新興国の域にも達していない彼らには『ゲート』も『ヴァーチャルリアリティ』も必要無く。今後スペースコロニーで生産される食糧を融通することで何とか地球連邦に合流してもらうしか無いと考えている。
「本当にそれだけですか?」
「誓ってそれだけだが、不安かね。」
現状言えることはこれだけだ。いつ始まるとも解らない地球外生命体の侵略という空想を話しても仕方が無い。もし始まったら命令せずとも仕事はしてくれるだろう。
「ええまあ。有事というのは、どういうことなんですか?」
「やはりそれを聞くのかね。聞けば後戻り出来ないぞ。」
「貴方が各国首脳と進めている地球連邦と関係しているのでしょう。」
これだけの説明で裏が読み取れたらしい。なかなか聡いな。
「なかなか鋭いところを突くね。困ったな。若い君たちに重い荷物を背負わせたく無かったんだが、どうしても聞きたいかね。こんなことは言いたく無かったんだが紫子さんや『渋沢グループ』も巻き込むことになりかねないんだぞ。」
とりあえず脅かしてみる。これまでの彼からすると激高することはあるまい。
「ガチャを途中で放棄したら異世界転生できませんでした」のクロスリンク部分が当分続きます。