第2章-第16話 こだわり
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「何・・・っ・・・それは拙いな。」
『勇者』大葉夏音氏と面接する名目で呼び出したところ、高層マンションに入る結界の出入り口に取り付けた魔法陣が作動してしまったというのだ。
そもそも高層マンションに入るには駐車場ゲートと一見歩道に整備されている道を通ってくる必要がある。その他の場所には垣根と共に結界張られており物理的に入ってこられないようになっている。
駐車場ゲート前にもこの歩道にも俺に対して悪感情を持つ人間を混乱状態に陥らせる魔法陣が設置されているのだ。その魔法陣に例の『勇者』が引っ掛かったらしい。
本来はこれから犯罪を行おうという悪意を持った人間を混乱に陥らせるものなのだが、政治家になって以来、執拗なマスコミたちを潜入させない手段として、俺に対する悪意を敏感に感じとるものに調整していたのだ。
「どうされますか?」
しかも渚佑子が混乱状態を解除する以前に彼のスキルで自力で混乱状態を抜け出したという話だった。
「最大限譲歩するしかあるまい。」
チバラギ側の異世界でならまだしも、こちらの世界で『勇者』同士の戦いが繰り広げられるのは避ける必要がある。『勇者』という存在自体が世間に知られるのは時期尚早だ。
「ですが・・・。」
「仕方あるまい。悪感情を持たれるのが普通なのかもしれないな。俺に対する世間の認識はそんなものだ。4階の『加賀兆』だったな」
少なくとも相手は話し合いの場に着いてくれているのだ。なんとかなると思いたいところだ。
「『懐石料理』の宙コースです。」
この高層マンションには、表の商業施設の他、マンションの住人しか出入りできない裏の商業施設を備えている。1・2階のスーパーはネット注文した商品を受け渡す場所だが、3階のレストラン街やフードコートの調理場は共通だが席が表の商業施設から誰でも出入りできる席とマンション側の席が完全分離しており、完全にプライベートを守れる造りになっているのである。
マンションの住人は住人でも従業員は滅多に利用しないが4階には料亭や懐石料理店といったワンランク上のレストラン街があり、小規模ながらパーティーに利用できるゲストルームも備えている。
『加賀兆』はこの懐石料理店で、加賀百万石の城下町にある料亭の息子が京都の有名懐石料理店で修業し、東京で開業した店である。
千利休が提唱した薄茶と呼ばれる抹茶を飲むには空腹では身体に悪いため、茶会の前に出される食事を懐石料理と呼んでいる。
『加賀兆』では、本格的に茶会を行うスペースも用意されており『茶懐石』から、お酒を美味しく飲むための割烹料理に近い『懐石料理』、加賀の伝統料理『治部煮』を取り入れた『会席料理』まで幅が広い料理を頂くことができるのだ。
地元が京都の鷹山首相など『懐石料理』に詳しい人間には本格的な『茶懐石』を、そこまでこだわりが無い海外の賓客をもてなす際には『会席料理』を臨機応変に提供して貰っている。
ちなみに鷹山首相の実父である安田さんはそういったこだわりは無く『治部煮』に限らず『懐石料理』では絶対に供されないであろう各地の伝統料理が好きなようである。実父の元で育っていればあのウザイ蘊蓄を聞かなくて済んだのだろうか。
「無難なところだな。『治部煮』いつも用意しているそうだから、希望を聞いてから追加オーダーすればいいさ。」
『勇者』の彼は解らないが紫子さんは食にこだわりがある方だったはずだ。夕食時でもあることだし、腹持ちがしにくい一汁三菜の『茶懐石』よりは一汁八菜の『懐石料理』のほうが良いだろう。ついでに純米大吟醸の日本酒で舌の滑りが良くなってくれると尚更嬉しいところだ。
「料理長にはそのように伝えておきます。」
「よろしく頼む。」
そのようなことを喋りながらオフィス棟からマンション側エレベータに乗り、4階に到着する。渚佑子とは違い、何処で誰に見られるか解らない高層マンション内では極力『移動』魔法を使わないようにしているのである。
ちなみに『加賀兆』のモデルは某温泉旅館ですので『会席料理』となり、和食店/日本料理店となっています。
時々勝手に『懐石料理店』と誤解されている方が多いようでレストランガイドの口コミに記述しているのを見るにつけ内心笑っております。
間違って蘊蓄をたれると恥ずかしいですよね。
まあサービス内容は有名な『懐石料理店』に匹敵するので解らないではないのですが・・・(笑




