第2章-第13話 さいず
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「お待たせしました。」
衣装ケースの箱を持った那須くんが控室に入ってきた。待っていないんだが・・・。
「黒か。これならなんとか・・・はぁー・・・じゃあ着替えてくるか。」
箱を開けてみるとツーピースに分かれた布地が入っていた。パンツも黒で男性用ビキニパンツに見ななくもない。スカートとホルターネックのトップスには鎖が縫い付けてあり、その鎖にはコイン状のアクセサリが付いており、キラキラと輝いている。
もちろんヴェールも付属しており僅かながら顔が隠れるのは救いだ。
「何処に行くんですか?」
衣装の箱を持って立ち上がろうとするところを那須くんが呼び止める。流石に女装する姿を見られたくないんだが。
「バスルームだが。」
温泉旅館のダンスホールらしく控室にもバスルームが備え付けられている。3人ほどで一杯になるこじんまりとしたものだが、ダンス掻いた汗を流せるので好評だ。
「ここには男性しかいませんよ。まさか恥ずかしいとか言いませんよね。いつもロッカールームでは選手たちと裸の付き合いをされているじゃないですか。」
やっとトモヒロくんを男性と認めたらしい。それだけでも大金を掛けてこの企画を通した甲斐が・・・いや今俺は壮絶に後悔している。何故、こんなことになったんだぁー。
振り向くと那須くんがニヤニヤと笑っていた。トモヒロくんへの恋心を破壊した俺への当てつけか。
「うっ。そうだな。・・・・・・・・・まさか・・・そんな。」
その場に衣装の箱を開いて置き、彼らに背を向けて着替え始める。流石に彼らも正面を向けて着替えろとは言ってこなかったが容赦ない視線が飛んでくる。アラフィフの着替えを見て楽しいのだろうか。
「どうされました?」
ホルターネックのトップスは首の後ろで結ぶタイプだからまあいい。パンツも伸縮性抜群だったから解る。だが伸縮性が無いスカートがサイズピッタリだったのだ。
「この衣装は予備だったよな。誰から渡されたんだ?」
これはあり得ない。野球選手として鍛え始めて一番筋肉がついたところは臀部と腰回りだ。腹も6つに割れているし、太ももの太さはトモヒロくんのお尻に匹敵する。
試着してみてサイズが合わないと言って無かったことにできるはずだったのだ。最低限ズボンかそれに類するものに変えられるだろうと見通しを立てていた。それがサイズピッタリ。
もともと衣装はトモヒロくんが経営する『ユニセクシャル』というアパレルメーカーのデザイナー部隊のオーダーメイドだ。
鍛えぬいたFTMでもここまで腰回りの大きな人は居なかったはずだし、長身のMTFでもウエストの縊れを造り出すため必死に減量しており、サイズ的にこんなものを予備として用意するなんてありえない。
「三多村由吏さんと仰る方から渡されましたが。」
由吏姉かよ。あのひとは・・・ことあるごとに俺に女装させようとするよな。
何処から聞きつけてきたのか。女装好きの血が騒いだのか。この合宿に参加したいって要求してきたのは俺を女装させる機会を狙っていたのか?
「トモヒロくんも何か知ってそうだな。」
だが彼女ひとりだけでは、この衣装を用意できないはずだ。
「あの・・・奥様が・・・。」
「さつきか?」
さつきは2人目の子供を出産後、無理をしないように絶賛入院中で、確か今日の午後退院予定だったはずだ。だからいつもならこういった企画の場合、夫婦同伴で来るはずだが、今回は連れてこなかったのだ。
「ええ。毎回お揃いの舞台衣装を用意するようにと。そして機会があれば社長に着せてほしいと仰られていました。」
さつき・・・お前もか。臨月で来れなかったから由吏姉がプレゼンターとして登場してきたのか。
「毎回・・・まさか。これまでの衣装も一揃い・・・あるのか?」
トランスジェンダーアイドルとして出したシングルは5曲目だ。つまりあと4着、俺のサイズに合わせた衣装がさつきの衣裳部屋に眠っているのだろう。
不味いな。事がバレたと知ったなら着て見せてほしいと強請られるぞ。
「はい。奥様が保管されているはずです。」
「解ったこのことは内緒で頼む。俺は気付かなかったことにする。那須くんもだぞ。」
下手に騒ぎ立てて強請られるのは嫌だ。今回のように露出度が低い衣装ばかりじゃ無いのだ。そんな衣装を着せられた日にゃ恥ずかしくて死ぬ。
「はい。」
ここは素直に女装して彼女たちを喜ばせておけば気付かれまい。
「仕方が無い。メイクは俺だと解らないように厚塗りでお願いするよ。」
これが舞台なら指輪の『偽』で他人に化けるところだが、映像装置を通すとバレるからトモヒロくんにメイクで誤魔化して貰うことにする。
11/21 矛盾点を修正しました。




