第1章-第7話 まざるなきけん
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白骨温泉は弱酸性の乳白色の湯が有名だが混浴だ。買収した旅館は広大な野外露天風呂がウリだったが、広大過ぎるが故に掃除が行き届かず、ワニと呼ばれる女性客待ちの男性客の評判が悪く、女性客が落ち込み経営危機に陥った。
そこで俺は露天風呂中央に大岩を配置することで南の男湯の入口から女湯の入口を窺えないようにした。さらに風呂を4分割し南北はそのまま白骨温泉の湯を使用し、東西に他所の温泉地から同じ乳白色の温度が高くピリピリする強酸性の湯を空間連結魔法で掛け流すことで、男湯から女湯に繋がる通路となる風呂に長湯しにくくなるようにした。
そのお陰で夜間に4分割し面積の小さくなった露天風呂を時計回りに時間帯を決めて掃除を行うことで利便性を損なわず、快適な空間となったのだ。
ちなみに今回の合宿では、性転換済のFTMは男湯横の貸切風呂を利用してもらい、露天風呂に出る通路は男湯入口。性転換済のMTFは女湯横の貸切風呂を利用してもらい、露天風呂に出る通路は女湯入口を使ってもらった。
もちろん、男の娘のトモヒロくんも一般男性である俺も男湯である。
「くぅ・・・。気持ちいいなあトモヒロくん。」
先に那須くんが風呂に行ったことを確認してから入りに来たのだが内湯には居ないようだ。流石に真冬のこの時期に身体を温めずに野外露天風呂に行くのは勇気があると思う。まあ彼が若いというだけかもしれないけど。
「ふぅ・・・。ええ・・・。温めのお湯がなんとも・・・お肌がスベスベになりそうです。」
内湯は源泉かけ流しだが、この時期外気温の低い野外露天風呂は熱交換器による加温を行っている。白骨温泉の湯は空気に触れることで乳白色に変わるので源泉に近い内湯は無色透明に近い。トモヒロくんも生まれたままの姿を晒している。
「仕方無い。露天風呂に向かうとするか。」
無色透明の内湯で那須くんとトモヒロくんが裸の付き合いが出来ればと思っていたのだが、一向に那須くんが戻って来ないのだ。これ以上内湯に入り続けるとのぼせると思った俺は意を決して露天風呂に向かうことにした。
実は外は雪が降っており、非常に寒いのだ。熱交換機で温度を一定にしているとはいえ、広大な露天風呂へ移動するだけで凍えてしまいそうだ。
指輪を『膜』に切り替える。高層マンションのICタグを組み込んだアクセサリーにも標準装備されているのだが、身体の周囲に空気の膜を覆うものだ。
風呂場で唯一身に付ける脱衣所のロッカーキーにこの魔導具を組み込む必要がありそうだな。今後の検討課題にしておこう。
男湯側の露天風呂には那須くんが居ない。通路になっている東西の湯船にも居ない。大岩の向こう女湯側に居るらしい。今日は貸切とはいえトランスジェンダーグループの撮影スタッフには女性も多い。
もちろん混浴風呂なので問題無いがそれを知っている那須くんが女湯側に行くとは。女湯側からトモヒロくんが出てくるのを待っているのかもしれない。
ちなみにワニ待ちというのは、露天風呂の岩などで寝そべった姿から来ているのだが、どちらにしろ行儀良いとは言い難い。
「寒い寒い。・・・俺はここに浸かっているから那須くんを探しに行ってくれないか?」
俺は男湯傍の湯船に浸かり、後ろからついてきたトモヒロくんに向かって言う。
「えっ・・・ひとりでですか?」
この拒否反応が普通だろう。トランスジェンダーアイドルとしてあれだけ女性と同化しているトモヒロくんでさえこうだ。女湯側に向かった那須くんの頭には花が咲いているらしい。
「もちろんだ。万が一、那須くんが反対側の通路から出て来たら捕まえておく必要があるだろ。それにトモヒロくんなら女湯側に居る客から冷たい視線を受けないさ。」
「大丈夫ですよ。カメラが密に仕掛けられえているこの時間帯にスタッフの純女さんは入ってきませんよ。だから一緒に行きましょうよ。」
確かにMVのコンテにそのような記述があった。しかも自分が映っている場面は各自、好きなように加工できる。俺が映り込んでいたら削ることにしよう。
「解った。俺は反時計回りで行くから、トモヒロくんは時計回りな。寒い寒い。」
やや強制的に右に向かって歩き出す、こんなところで探索魔法を使ったところ那須くんは女湯側の露店風呂やや東寄りに居た。後ろから近付いていって、誰かに気付かれないうちに男湯側に引っ張り込もう。そうしよう。