第11章-第104話 ざんぞう
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「しまったな。その可能性があることに気付いてはいたんだ。息子の動向を掴んでおくべきだった。助けられなかったのか?」
相談を受けたときに頭の片隅にはあった。だが借金を返済してくれた親に対して凶行に及ぶほど追いつめられていたとは、考えが及ばなかった。
「ご友人枠にも入っていませんでしたし、正式にグループの傘下に入るのは来月です。」
最重要人物なら即死でも蘇生させて頂くが。只の友人でも入院後死ぬ可能性があるケースについては命を救うように命じてある。送り込む人材が魔法を使えなくてもアンコモンのHPポーションを使う手があるのだ。
「そうだったな。しかし・・・。」
病気だったなら諦めがつくが殺されたとなると悔やんでも悔やみきれない。
「それに社長が北朝鮮に滞在されていたときですし、被害者は公衆の面前で刃物を持って追いかけられており、即死だったと聞いております。」
無理か。無理だな。渚佑子が居れば蘇生できる。そんな偶然は期待できない。それ以前に渚佑子が居れば無傷で救えただろう。犯人は知らんが。
全ての知人友人や従業員たちを救うことなどできないことは解っている。だが、この掌から命が零れ落ちていく感触は何度経験しても馴れない。
「わかった。しばらくヴァーチャルリアリティー時空間に潜り込んでくる。心配するな。ちょっと気晴らしが必要なんだ。」
☆
「お出掛けですか?」
社長室を出るといつの間にか渚佑子が待機していた。
「ああ丁度良かった。ヴァーチャルリアリティ時空間研究センターに行って、20倍速に挑戦してこようと思うんだ。付き合ってくれ。」
人間の脳細胞は現実世界の約20倍で動かせると言われているが、現在動作させているスーパーコンピューターでは10倍が限界で安全マージンを取って6倍で試行テストを実施中だ。
さらに馴れれば速度を上げられる。まあそれでも8倍が限界といったところなのだが、銀河連邦技術を取り込んだ開発中のスーパーコンピューターでは最大30倍まで調整できるのだ。
1日8時間以上ヴァーチャルリアリティー時空間で仕事をする研究員でも15倍辺りが限界で、限界が来ると目を回してしまう。ところが俺はその15倍を軽々突破し、19倍辺りまで到達している。
まあそれも渚佑子の『鑑定』スキルで常に状態異常を感知しながらの試行テストだから出来るのである。どうも馴れの問題らしい。
「あれ・・・ですか・・・何も社長が被献体にならなくてもいいんじゃないでしょうか。」
渚佑子が嫌そうな顔をして、珍しく異論を唱えてくる。たとえ20分の1の時間であっても、ずっと俺を監視し続けなくてはいけない単純作業に飽きてきているらしい。
でも渚佑子でなくてはならないのだ。最悪、死んだとしてもその場で直ぐに蘇生して貰う必要があるのだ。他の誰かに任せられる仕事では無い。そう言って今まで説得してきたのだが限界らしい。
「俺もそろそろ限界だと解っている。だから試行テストは20倍速で中断するつもりだ。だから手伝ってくれないか。」
渚佑子の手を掴み頭を下げると嫌々ながらも頷いてくれた。
俺の場合では、18倍のヴァーチャルリアリティー時空間で2万時間経過したときに行った19倍の試行テストで合格できた。
限界が来ている研究員の場合では100回の試行テスト中、遅くともヴァーチャルリアリティー時空間で8時間を越えるまでに目を回す。もちろん、試行テストには安全マージンが必要だから2倍の16時間、目を回さなければ合格としているのだ。
20倍速のヴァーチャルリアリティー時空間は現実世界では僅か1時間弱だ。それくらいの集中力は発揮できるだろう。
☆
新しいスーパーコンピューターのヴァーチャルリアリティー空間から古いスーパーコンピューターのヴァーチャルリアリティー空間に接触を開始する。広大なメモリ空間に存在するヴァーチャルリアリティー空間は書き込みはできず、読み取るだけだ。
それでも読み取ることはできる。一種の覗き見だ。両方のスーパーコンピュータの最上級の管理者アカウントを持つ俺の特権であり、ある種の監視ができるか否かのテストでもある。
もちろん古いスーパーコンピューター側からは見えない。将来的には見えるようにするつもりだが6倍のヴァーチャルリアリティー時空間から20倍のヴァーチャルリアリティー時空間を見ても早すぎて何かが通り過ぎたくらいにしか解らないにちがいない。
『えっ・・・。』
目の前を結構早いスピードで何かが通り過ぎていった。
まるで更に新しいスーパーコンピューターからこちらを覗き見していたような残像を残していったのだ。