第11章-第103話 ぎゃっぷ
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「大変です。鷹州会病院の会長が亡くなりました。」
鷹州会病院とは、全国各地に歯科医院を持つ、鷹乃巣クリニックが前身で、株式相場で失敗した息子の借金返済のため、相談を受けた俺が株式会社化を提案した。近々株式公開される予定である。
鷹乃巣クリニックは自費診療を行う歯科医院で、審美歯科はもちろんのこと、虫歯治療から総入れ歯作成まで本来保険治療でも出来る分野をカバーしている。
保険治療では何度も通う必要のある虫歯は1日で完治させてしまうし、保険治療では使えない高級な歯科材料を使い、分厚いステーキやピーナッツも噛める総入れ歯を作ってくれるらしい。
特に総入れ歯が口コミで有名で数百万円もする入れ歯を作る人々で連日賑わっている。
技術力だけでも十分だが歯科材料の共同開発による特許なども取得しており、これらを含めた会社としての価値は息子の借金を大幅に上回るものだった。
「そうか。残念だな。」
本人もまだ現役だったが、娘や娘婿といった一族が鷹乃巣クリニックを支えている。既に全ての技術の継承も終えている。俺が支援しなかったとしても、借金はともかく会社組織としては問題無かったはずだ。
「それだけですか。」
千代子さんはもっと俺が関心を示すと思っていたらしい。
「何だ。何か問題があるのか?」
問題といえば会長本人の人柄に問題がある。過去には脱税で多額の追徴金を払わされているし、テレビのスポンサー兼タレントとして毒舌を吐くことも多いからだ。
「いえ、毎年中元歳暮も贈られていましたし、親しい間柄なのかと。」
中元歳暮を贈った先まで把握しているとは優秀過ぎるぞ。
「ああ先生は歯科医としては非常に誠実なんだ。昔、アキエの虫歯治療をお願いしたことがある。真夜中に無理を言って治療して頂いたんだが、それはそれは丁寧な仕事ぶりだった。」
「ですが、治療費がべらぼうに高いという噂ですよね。」
「そうか? 8千円くらいだったぞ。」
1回の治療で8千円なら高いと思うかもしれないが当時1割負担で千円としても健康保険から入ってくる金額を足すと合計1万円だ。全額自費の診療なら安いくらいである。
「高いじゃないですか。他の歯科医院の8倍も取るんですよ。ボロ儲けじゃないですか。」
なるほど世間では、これが常識として広まっているんだな。健康保険団体が払う分が見えない分、考慮に入っていないらしい。
それに追徴課税の件もあって、世間では悪徳歯科医として有名になっている。その実、治療して貰った患者さんに話を聞くと感謝している人が多いのだ。
こんなに世間とギャップのある人は居ないに違い無い。
最近では、その名声(?)を生かして毒舌タレントとして活躍してらっしゃるのだ。
「おいおい千代子さん。他の歯科医の健康保険から入ってくる分を忘れているぞ。」
俺が計算方法を詳しく説明してやるとやっと納得してくれた。
「でも何故、保険治療を止めたんでしょうか。普通に治療しても、凄く儲かる職業なのに。」
この辺りも世間の評価と実際とギャップが大きいらしい。歯科の開業医は儲かると認知されているのだ。だが初期投資も回収できないうちに閉院に追い込まれることも多い。
「最近は客の奪い合いだから儲からないらしいぞ。それに歯科医が足らない頃は、患者1人辺りの単価は安くて朝から晩まで働くブラックだったそうだ。」
確かに儲かったらしいが歯の専門家らしく食に煩い人が多く、成人病になる確率が高く早死にする傾向があるそうだ。鷹乃巣先生は美食家では無かったそうだが、早くに配偶者を亡くして苦労して病院を大きくされた。経営者としても尊敬できる人だった。
「良い人だったんですね。それなのに殺されるなんて。」
「なんだと・・・まさか・・・。犯人は見つかっているのか?」
「実の息子さんが犯人だそうです。」




