第10章-第99話 たいせんぜんや
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「ええ解ります。」
どんな冷血な人間にも情愛がある。あのヒトラーにさえ愛する女性がいたのだ。それが血を分けた子供となれば、全力で幸せにしたいと願うものだ。
俺はアキエを幸せにできているだろうか。聞くのは怖いが1度確かめてみよう。どんなことでも頷いてくれる彼女に甘えているかもしれないからだ。今ならばケント王子との婚約も覆せる。
「ですが北朝鮮の最高指導者は男性でなくてはならなかった。愛する父の意思を受け、その時から私は男性になりました。主治医から乳母まで真実を知る人物は父によって全て殺されたんです。私はこの世に生まれたときから、この身体は汚れているという思いから、父から全てを託された後は人を殺さずに生きてまいりましたが、もう限界なんです。」
北朝鮮では後継者問題が取り沙汰されている。女性に一切興味を持たないというのだ。喜び組と呼ばれる女性たちも解散している。いずれ無理矢理にでも後継者を作らせようとするだろう。そのときに全てが露見してしまうのだ。
「解りました。俺にお任せください。」
☆
板門店から開城市に移動すると小規模な歓迎式典が催された。
「渚佑子。俺よりもジョンジュの傍に居てやってくれないか。随分と西側のスパイが入り込んでいるようだ。奴らに邪魔されては敵わないからな。」
北朝鮮の最高指導者の名前である『金正主』とは違い、女性名も教えて貰ったが公の場では使えない。
南朝鮮で銃を突きつけられて誘拐されたときにも感じたが各国の秘密情報部の肩書きを持つ人物が多い。人種は多種多様だが特に目立つのはCIAだ。人種のるつぼと言っていいアメリカだからこそできるのだろう。都市の近代化と共に、初代や2代目の頃には考えられないほど外国人の姿を見る。その分、スパイも入り込み易くなったのだろう。
「了解しました。何かありましたら、絶対にお呼びください。決して勝手な行動はなさいませんようにお願い申し上げます。」
「解った解った。随分心配性だな。・・・おおっと、怒るなって。」
「解っていません。この国は他の国々とは全く違う価値観なんです。」
渚佑子は、そう言い捨てると人の波を泳いでいく。これで2人が親しくなってくれれば、ジョンジュに対して強引なやり方で女性を宛がうようなことをしないに違い無い。
「ああ良かった。生きてらしたんですね。」
後ろから肩を叩かれ振り返ると抱きつかれる。強引にキスをしようとしてくるが無理矢理身体を離す。男にキスをされる趣味は無い。それに場所が悪すぎる。
「ハワード。良く入り込んだな。」
目の前には、ハワード・シュワルツベルクが居た。
「まあ『蛇の道はヘビ』ですよ。この国にも暗黒街があるんです。」
そうだろうな。どの国にも陽の部分と陰の部分がある。北朝鮮も悪の国家ように言われているが全てが陰で成り立っているわけじゃないらしい。
「それで何をしにきたんだ?」
「アメリカ大統領からのメッセンジャーです。」
周囲に入り込んでいるCIAも堂々と俺に声を掛けられるほどの権力をこの国で持ち合わせているわけでは無いらしい。
「マジか。」
ハワードの話では既にアメリカは平壌市を標的としたICBMの発射準備に入っており、1発目は通常爆弾、2発目は戦略核弾頭を搭載しているらしい。
「もうまもなく、アメリカから声明が発表されます。」
「なんだ。俺を解放しないと爆弾を落すのか。見ての通り、俺は拘束されてない。そもそも誘拐したのは南朝鮮政府だ。全く面倒なことをしてくれるな。」
「それを私に言われましても・・・。」
「そうだな。直接、抗議してやる。」
自空間からスマートフォンを取り出すとアメリカ大統領へのホットラインに電話を掛けた。




