番外編.陳情
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「陳情ですか? 何で俺が。河川工事の管轄は都道府県ですよね。」
最近、台風の進路が関東直撃することが多くなり、その度に東京都の地盤の低い地域では何度も内水氾濫を繰り返している。一向に改善が進まない住民たちが陳情団を組み、政府に改善を要求してきたのだ。
「河川工事に予算を付けない財務省が悪いと思っているんだ。ちょっと会って説明してやってくれ。」
本来ならば各区や東京都、総務省と順番に上がってくるのだが、陳情団の中に有力者が居るとかで首相のところまで一足飛びに来てしまったらしい。
「なんですって!」
陳情団の代表者が金切り声をあげる。なるほど、首相が俺に振るわけだ。与党と野党双方で多くの国会議員を輩出している鳩村家の大奥様が陳情団の代表を務めていたのだ。
鳩村家といえば戦後何度も首相に就いた鳩村勝男の血統を脈々と政界に影響力を及ぼしている。
後妻とはいえ、その鳩村勝男の奥様では首相も無視できないというわけだ。
「関東の1級河川では内水氾濫が起きるのは必然なんです。」
「ど、どういうこと?」
「オカシイと思いませんか? これだけ河川から水が溢れているのに首都圏では1度も河川が決壊したことが無い。」
「あら。あらそうね。氾濫して堤防から水が溢れてくるだけ。何故、何故なの?」
「実は首都圏の地方自治体では潤沢な予算から、上流で多くのダムが放流しようとも流せるだけの川幅を持ち、記録的な大雨が降ろうとも壊れない堤防の上まで完全鉄骨造りの頑丈な造りになっているんです。」
「それは当然でしょ。」
「それがそうでも無いんですよ。まるでビルが並んでいるかのような造りのスーパー堤防は首都圏だけなんです。地方では予算が付かず、台風が来る度、ダムを放流するか否か綱渡り状態、少しでも予想を上回る水が流れようものならば、土で出来ている上部から水が溢れだして、土が流出、川が決壊してしまうんですよ。」
「まあ首都圏で河川が決壊なんてことになれば、被害は地方の数十倍、数百倍に上るんだから当然じゃありません?」
「はい。でも首都圏では整備済みなわけで、追々地方の河川に予算をつけていっている段階なわけなんですよ。」
「でも何度も洪水が起きるのでは、何も意味が無いのではないですか?」
訪ねてくるのが鳩村家の人間と知り調べたところ、鳩村家の曾孫が地盤に低い区で区議会選に出馬するらしいことを掴んだ。与野党に影響力が分散したことで楽に国会議員になれなくなったらしい。
「洪水と言っても内水氾濫です。河川では記録的な大雨が降った上流のダムで放流している水を通し切るために水門を閉じなければなりません。当然、都市部で降った雨が海に放流するには最終的に1級河川を通る必要がある。閉じている水門に水を流せば溢れるのは必然です。水門を開ければ逆流し、最悪、河川が決壊しかねません。それでは意味が無いんです。」
「そうよね。だったら、堤防の高さを上げるとか。川幅を広げるとか手段がありません?」
「そうなんですけど、ここ30年くらい首都圏の地方自治では大規模河川工事に予算が付けられなくなったんです。」
「えっ。何故。」
「多くの人が住み潤沢だった収入が地方に流れるようになってしまったからです。地方自治の予算の大半は行政サービスです。行政サービスの質を落すわけにはいかない。減ってしまった予算は必然的に大規模工事予算を繰り延べすることでやりくりしています。」
「減ったって・・・・・・・・まさか?」
「そうです。いわゆる『ふるさと納税』ってヤツですね。それまで地方自治の予算は住む人の数でおよその収入が解りましたが、『ふるさと納税』のおかげで大幅に変動してしまうようになった。確実な収入が無ければ大規模な工事は行えない。当然、小さい工事が増え、河川工事は延期になった。」
『ふるさと納税』は与野党に居た鳩村家の国会議員たちが主導したと言われている悪法だ。住んでいる地域に税金を納めて行政サービスを受ける。お金を払ってサービスを受ける民間企業と同じだ。そのお金が突然入ってこなくなったのだ。民間企業なら倒産するか設備投資が減る事態に陥るだろう。
民間企業ならビジネスモデルを改善して収入を増やすなり、支出を減らすなり手段があるが、地方自治の行政サービスは全て法制化されており、改善する手段が用意されていないのだ。
「そ、それならば、国が予算を回せば良いんじゃありません?」
「台風が来れば、いつ決壊してもおかしくない地方の河川を放置してですか。決壊すれば、多くの住居が水に流されるんですよ。内水氾濫で床上浸水する首都圏とは訳が違う。」
早めに避難すれば人的被害をゼロにすることだって、不可能じゃない内水氾濫に対して、多くの人的被害のみならず、多くの人々が生活の場を失ってしまう河川の決壊を比較するなんてありえない。あまりにも身勝手すぎるのだ。




