第9章-第88話 らすぼすふたたび
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「さつきさん。顔色が悪い。いまオババが滞在しているの。診て貰うといいわ。」
エルフの里に来ている。いつもの報告だ。マイヤーの小さい身体には似つかわしくない大奥様ぶりだ。これがベッドに行くと可愛らしく甘えてくる。
「でも・・・。」
オババというのはエルフの里で医者の役目を担っているハイエルフだ。
ハイエルフというのはエルフよりも長寿な種族で気難しいことで有名だそうだが、俺が会ったオババというハイエルフは気安い大阪のおばちゃんという感じだった。
きっと顔は老けているのに派手な服やアクセサリーを付けていたからだろう。
いくつなんだろうと思ったが魔法に敏感なエルフ相手に鑑定魔法を掛けるわけにもいかない。エルフの里に居る誰もが出会ったときから、あの姿だというから数千歳はいっていると思う。
予定ではエルフの里に数時間滞在するだけで、日本に仕事を残して来ているので、さつきはその心配をしているようだ。
「もちろんナツキちゃんも一緒にね。良いでしょう。アナタ。」
『アナタ』という呼び方はマイヤーの最近のお気に入りでアクセントを区切る。仕草と相まって色っぽいと思っているようだ。
口では指摘しないが、やや胸が大きくなったと主張する割には、殆ど変わらない幼児体型の前では笑いをかみ殺すのに必死だ。
「ああ。もちろんだとも。さつき、行ってきなさい。育児相談もしてもらえばいい。」
さつきは出産前から、無理をしては倒れることを何度も繰り返してきた。病院に行かせて検査しても体力が落ちていること以外は問題ないし、渚佑子に『鑑定』スキルを使わせても状態異常など無い。
ただ渚佑子の『知識』スキルは頭の中に蓄えたもの以外は現地でしか使えないため、俺が異世界から原因となるものを持ち込んでいるかも知れないし、文書化されて無い病気かもしれない。
そこでマイヤーに頼み込み、エルフ最長老のオババに診て貰う手筈を整えたというわけだ。
☆
「エルフでも出産直後は生命力や魔力の最大が半分以下になるの。」
マイヤーの寝室で1ヵ月ぶりの逢瀬を楽しんだ後、ベッドの中で話し込んだ。
「そう言っていたな。」
確か元妻に蘇生魔法を使って貰うときに聞いた覚えがある。蘇生魔法はその最大値が半分になるという術者にとって危険な魔法だった。
「だから出産から3年間は他人から生命力や魔力を分けて貰うこともあるのよ。」
「ポーションではダメなのか?」
渚佑子から生命力が落ちていると聞いた俺はポーションを与えてみたのだが一時しのぎにしかならなかった。1週間もすれば、また生命力が落ちていたのだ。
「ポーション酔いで状態異常が発生する。それに生命力の最大は増えないから。」
日本円で1個1億円もするベリーハイレアポーションを使い続けるわけにもいかないのだろう。まあ金で解決するなら毎日さつきに与えても良いのだが生産が追いつかないらしい。
「そうだな。」
渚佑子によれば、ポーションの中には一時的に生命力の最大が増えるものもあるということだったがが反動が大きいらしい。
あまり語りたがらないところをみると1回目の異世界召喚で魔王と戦ったときのことなんだろう。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私が鑑定魔法を使ってみた限り、生命力の最大は前と変わらなかったから。」
「えっ・・・マイヤーはいつもさつきたちに鑑定魔法を使っているのか?」
そういう俺も指輪は常に『鑑』にしているが必要無い場合は見て見ぬふりだ。プライバシーだからな。
「拙かった?」
マイヤーは屈託の無い笑顔を向けてくる。エルフにはプライバシーなんて概念は無いのかな。
「マイヤーは奥さんたちの健康状態を確認してくれただけだよな。マイヤーは渚佑子に診て貰うか。渚佑子の『鑑定』スキルの前では隠しておけることなど無いみたいだからな。」
指輪の『偽』もそうだが偽りの情報しか見えないようにする魔法が結構多いのだ。だが3度も異世界召喚されている渚佑子は『鑑定』スキルもレベルアップしている。
俺がそう言うとマイヤーの顔が真っ青になる。
「おいおい。マイヤーでも偽っているのか。女の子だものなあ。」
人間の年齢ではとても女の子と言える年齢じゃないがエルフの中ではようやく一人前という年齢だそうだ。
「う、うん。2・・歳、いえ20歳くらいサバをよんでいたの。ゴメンね。」
今、2と歳の間が異様に長かった気がする。まさか200歳なんてことはいくら何でも・・・今度、渚佑子に聞いてみよう。
☆
「嫌なら断ってくれて構わない。」
俺は元妻に頭を下げて・・・いや大分、上から目線だったが、心のなかでは・・・少しだけ頭を下げたつもりだ。
あれから、さつきはエルフの里に居続けている。オババの診断に時間が掛かっているらしい。何も無いといいけど。
「嫌じゃない。むしろ嬉しいわ。私を選んでくれて。でも何故私なの?」
さつきが居なくなって、社交界に1人で出ると何故か女性からのモーションやまるで親が見合いをセッティングするかにような手合いが多くなってきたのだ。
「君なら悪女・・・を演じられるだろ。日本の社交界で俺を手玉に取っているかのように見せかけてほしいんだ。」
あの遺書が真実ならば、彼女は悪女を演じていたことになる。まあ別れる前も淑女という感じの女じゃ無かったが、普段からベッドの中まで女性は演じることに慣れているらしいから、どれが本当の彼女か解らないんだがな。
「悪女なんて。」
「キミの考える悪女でいい。社交場にでる前に多少はダメ出しさせて貰うがな。」
あまりにも俺の好みと違う格好では、手玉に取られる演技も出来ないものだ。
☆
「そのドレス。あまりにも胸が開きすぎじゃないかな。年を考えろよ。」
「好みじゃない?」
コイツ本当に悪女だ。俺の視線の高さに合わせて大事な部分が見えそうで見えないドレスを新調してきたのだ。嫌いな元妻の身体に欲情してどうするんだと理性では解っているのだが身体は正直だ。
「い、いや。うん。大丈夫だ。」
演技じゃなく本当に手玉に取られそうだ。過去の男たちが破滅していったのも解る気がする。