第9章-第87話 いしゅがえし
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扉が叩かれる音がするとツトムの声が聞こえてきた。
「司令。席を外してくれないか。なにせプライベートのことなんで聞かれたくないんだ。解るだろう?」
こういうときは使いやすいネタだな。ツトム相手にしか使えないネタだが、弱味を意図的に見せるには持って来いの方法だ。
何故か基地司令がその場で動かず、何か言いたげな表情をしていたので言い添えると、ようやく出て行ってくれた。
「お見事でした。」
「はっ。何のことだ。渚佑子。」
「『誑し』の面目躍如ですね。あれほど反感を持つ人物を懐かせるとか。」
「えっ、もしかしてあれは俺に懐いていたのか?」
「相変わらずの鈍感っぷりには呆れますが、それでこその社長ですね。」
「なんか酷い言われようだな。そうか失敗したな。徹底的に潰してやるつもりだったんだが1%くらいだぞ温情を掛けたのは。どうしてそうなるかな・・・ああ、ツトムすまん。そんな呆れた顔で見なくてもいいじゃないか。」
「本庄司令官といえば、上官にも反抗すると有名な人物ですよ。それをまあ、なんでそんなに『誑し』能力が発達したのですか? 昔から好かれるタイプでしたけど、社長にのめりこんだ人物は初めて見ました。」
幸子が鈴江と別れてからだなどと言っていたな。つまりツトムとの浮気が原因だ。
「ははは。まあいいじゃないか。そう言えば、渚佑子とは面識が無かったよな。うちの会社の実質ナンバー2だ。彼女がいなければ会社は回らん。渚佑子、ツトムはうちの元従業員だ。」
「知ってます。鈴江さんに誑し込まれて人生を踏み外した可哀相な人ですよね。社長の『誑し』は人を幸せにするけど、あの人に誑し込まれた人は全て破滅している。あなたも気をつけてくださいね。」
意外にも返ってきた言葉は優しいものだった。トゲトゲが見え隠れしているけど十分に優しさに満ち溢れていた。
余程、鈴江が嫌いらしい。
「そうだ。此処へ呼んだのは、コレを見せておこうと思ったからだ。言っておくが決してイヤミで見せるんじゃないからな。」
俺は自空間にしまってあった鈴江の遺書をツトムに手渡した。
「・・・・・・。・・・・・・、こ・これ。」
やはり言葉を発せないみたいだ。そもそもツトムと浮気したのは彼の気持ちを利用して一時的に俺から離れるためだった。と書いてあるのだ。
「真実かどうか解らないが、お前の気持ちに区切りがつけばいいと思ってな。」
反応を見よう、どんなふうにショックを受けるだろうかとも思ったが、今言ったことも真実だ。
「私たちに肉体関係は無かった。全てを知っていて協力した。と言ったらどうします?」
「えっ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ツトムとの関係は鈴江の告白だけだ。辻褄は合う。真実を知っているのは、目の前の男だけというのが問題だ。
「無駄よ。元には戻らないの。他の男たちはどうするの。死んだ頭取の父親はまだ生きているわ。多少脅せば本当のことを言ってくれるわ。」
「どうして邪魔するんだ。」
どうやらデマカセだったようだ。あれから何年も経っているというのに、何ショックを受けているんだ俺は。
「あなたから真実を聞いてもいいわ。」
「降参するよ。キミの噂は聞いている。人生を終わらせたくないからね。」
いったいどんな噂なんだか。
「ツトム。何故、デマカセなんか言ったんだ。」
「鈴江さんと復縁してないのは知っています。私のウソで寄りが戻ればと思ったのも事実ですが意趣返しですかね。」
「意趣返し?」
「そうです。社長もあんな言葉にもショックを受けた。私たちの鈴江さんへの気持ちなんて、真実がどうであれ、どれだけ経過していようとも変わりようが無いんです。違いますか?」
「ぐっ・・・。・・・そうだな。一言言わせてくれ。壊れたものは、戻しようが無いのも事実。お前が鈴江を惚れさせるくらいの男になって迎えに来てやって欲しい。頼む。」
まさか鈴江の浮気相手に頭を下げるときがくるとは思わなかった。だが、この不毛な関係を終わらせるには、これしか方法が無いのだ。
「今の社長を越えろと。簡単に言いますね。まあ、もちろんそのつもりですけどね。」
ツトムは顔をしかめながら苦笑いを浮かべている。
「別に今の俺を越えなくてもいいんじゃないか。世の中にごまんと良い男たちがいたのに俺と結婚したくらいだからな。目標は今の鈴江を越えることだな。アイツはタイヘーの社長で結構、貰っているぞ。」
昨年の報酬額をツトムへ伝えると苦笑いが一瞬、解けたあと、途方にくれた顔に変わった。まあ、そう簡単なことじゃ無いわな。
「それはまた、ハードルを高くしてくれて。公務員の私に対するイヤミですか。」
「そうだ。意趣返しだ。」




