第9章-第86話 つぶす
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「なあツトム。何を皆ピリピリしているんだ?」
予定時刻にやや遅れて佐渡港に到着した。ここの陸上自衛隊の歓迎式典で、懐かしい顔を見つけた俺は抱擁をしながら耳元で囁く。
「レーダー施設が誤動作したとかいう噂を耳にしました。」
ここのレーダー施設ではロシアや中国、朝鮮から飛来する戦闘機を監視している。その範囲は広く中国本土まで及んでいるらしい。
あれほど防衛大臣から止めろと通達を出しておいたのに困ったものだ。
「今は復旧しているのか?」
「バックアップのバックアップが動かなくて哨戒機のレーダーで代用しているそうです。」
「山井隊員は、ご友人ですかな。」
基地司令が声を掛けてくる。
そんな状況では拙いか。ツトムがスパイに疑われてしまう。
「友人なものか。コイツは元部下で妻を寝取った憎っき相手だ。こんなところに隠れていやがったとは。道理で見つからないはずだ。後で俺のところへ寄越してくれ。」
ツトムの脇腹に軽く拳を入れる。意外と平気そうだ。自衛隊で鍛えられたのかな。
周囲がざわつく。好奇心いっぱいの視線にうんざりする。
「それは・・・。」
それにしても基地司令は初めて会ったときから悪感情を持たれていた。高層マンションの敷地内に入れば1発で混乱状態に陥るレベルだ。
防衛大臣からの通達からレーダー施設の故障に繋げるには早すぎるし、さて何の件で恨まれているのだろう。心当たりが多過ぎて想像がつかない。
しかも寝取られた件を伝えても反応が薄い。予め知っていたみたいだ。まさかね。
「何も殺そうと思っているわけじゃない。話をつけたいと思っているだけだ。」
司令官室に到着し、基地司令にこの場所に呼んで貰うようにお願いし、了承を貰った。
「次は哨戒機をお見せ致しましょう。」
表面上は穏やかだ。俺に噛みついてくるヤツらは大抵、攻撃的なんだが裏がありそうだな。
「ちょっと待て。この基地に哨戒機は配属されて無かったと思うが。」
まずは先手必勝でコマを1歩進めるか。
「良くご存知で。最近配属されたばかりなんですよ。」
のらりくらりとまあ官僚的なのか。いや多分違うな。自衛隊の幹部がこうなのか。
「渚佑子。本当か?」
「いいえ。この機体は小松基地のもの。それにこの機体を扱える操縦士は佐渡分屯地にはおりません。ああ、本日付で小松基地から借り受けたようです。」
『知識』スキルを使って、すらすらと答えてくれるのは嬉しいが何か手帳を見るフリとか出来ないもんかなあ。
「ウチの秘書はこう言っているが、どういうことだ? まさかレーダー施設の設備が壊れて見せられませんというつもりじゃないだろうな。」
ズバリと突いてやる。レーダー施設が稼働しないなど、即刻防衛大臣に上げるべき事柄だ。
「なかなか優秀な秘書のようで、まだ大臣には報告を上げてないことまで。山田大臣がお見えになるということで、バックアップのバックアップをご用意致しました。航空機のほうが御専門とお聞きしましたので。」
やり過ぎたか。
まあいい。
「何か隠しているわけじゃ無いんだな。ではレーダー施設を見せて頂こう。」
「哨戒機はご覧にならないので? 先ほど、変わった機影を捉えたんですが。」
まさかステルス機を捉えたのか。そんなはずは無い。第二次世界大戦以降西側どころか東側で試作されたものまでレーダーは全て反転魔法陣の対象になるはずだ。
「ほう、どんな機影だ?」
「それが高速で飛行していたらしく部分的な影しか捉えられませんでした。」
おかしい。あの機体は初速でもマッハを超えていないはず、よほど遅い電波なんだな。
「おいおい殆どの戦闘機の初速はマッハを超えるぞ。役に立たんじゃないか。」
「そうでも無いでしょう。この機影から場所と方向性は推測可能でしょう。次に現れたときには部隊を派遣できます。」
まあ2度と現れることは無いだろうがな。現れるとすれば国連軍、自衛隊の部隊も共同作戦の渦中だ。何も問題ない。
「それは領空侵犯があったということか?」
そんなはずはない。領海ギリギリだが反れて飛んだはずだ。
「いえ・・・。」
歯切れが悪い。常時機影を捉えることができる装置では無いんだな。
「なんだ問題ないじゃないか。」
「ですが、敵の新兵器かもしれないわけですから情報収集は必須かと存じます。」
「情報収集は構わんが領空侵犯されるかもしれない。領空侵犯があったかもしれないなんて情報を発表して政府に恥を掻かせるんじゃ無いぞ。今回の1件は政府でも分析するから詳細なデータを付けて報告書を提出するように防衛大臣を通じて指示を出すつもりだ。そのデータを元に、その新兵器とやらの対策予算を考えるよ。」
「考える。ですか?」
食い付いてきた。沖縄のアメリカ軍縮小と同時進行させるという自衛隊拡張案を徹底的に潰してやったからな。その辺りを恨んでいるらしい。
今の日本にアメリカのような超大国が攻めてきたとしても、『勇者』いや渚佑子だけで壊滅するだろう。ミサイルが飛んできても主要施設には反転魔法陣が仕掛けてある。壊滅するのは飛ばした国だ。
自衛隊は災害救助だけで十分なのだ。
そもそも専守防衛の原則で言えば、国民に犠牲者が出て初めて動ける。領空侵犯しようが洋上で攻撃を受けようが、こちらから攻撃してはいけないのが自衛隊なのだ。
その昔は作戦遂行中のアメリカ軍の兵士が海で溺れていても助けられないなんてバカなことを平然と言っていた自衛隊なのだ。どこまで信用していいものか。
自分に合わないと思えば中退すればいいのに防衛大学を卒業しながら入隊しなくていいという教育を受けてきている。平気で敵前逃亡とかやらかしそうなんだよな。
「そうだ。幾ら掛かるか解らんものにつぎ込むよりは災害救助のための装備につぎ込んだほうが、どれだけ国民が喜ぶか。」
「それが貴殿の考えですか、だから貴殿の会社の製品も売れないと。」
「防弾スーツのことか。」
どうやら本命はコレみたいだな。以前は全く感心が無かったくせに国会議員になった途端に警察庁や防衛省から引き合いが来たのだ。忖度というつもりなのだろう。
「そうです。何故、日本には売らないなどと。」
「何か勘違いしているようだが、条件さえ揃えば日本にも売るつもりだぞ。」
「盗まれた際の超法規的措置のことでしょうか。そんなことのために日本人の命は失っても構わないと。」
なかなか詳しく調べてあるようだ。どちらかと言えば機密情報扱いで基地司令程度が知っていて良い情報じゃない。上層部に伝手があるんだな。
「それもあるが、防弾スーツで守るべき人間が居ないのが一番だ。」
「・・・・・・。なんですと・・・。」
流石の仮面も崩れ落ちたか。やっぱり日本人だな。命が一番重いらしい。
この辺りが他国と全く違うところだ。命が大事なのは同じだが、多くの命を失うか否かよりも、目の前の命を優先的に考えてしまうのだ。
「まあ怒るな。日本では防弾スーツを必要するテロが存在しない。いったい誰が着るんだね。PKO部隊かな。他の国の人々と同じ危険の中、日本人は技術も金もあるから強固な防具で守られながら治安維持活動に携わることが当然だとでも言うつもりか。」
「そうだ。あれさえあればアイツは・・・。」
「なるほど、先般のPKO活動で亡くなられた隊員がご友人だったのか。それでは益々渡せないな。」
国連のPKO活動では自衛隊からも派遣されている。その数が増えるにつれ、犠牲者も増え続けている。
防弾スーツを開発後、亡くなったPKO派遣隊員は1人だ。
しかも、防衛省から引き合いがあったよりも随分前だ。殆ど逆恨みだな。つまり話は通じないらしい。ここは徹底的に潰すかな。
「なんだとっ・・・。」
目の前の基地司令は顔を真っ赤にしている。どちらかと言えば現場指揮官タイプだよな。防衛省のトップはこんなのばっかりじゃないだろうな。日本の将来が不安だ。地球連邦軍への併合なんて論外だぞ。
「もう1度言う。防弾スーツで守るべき人材じゃないからだ。君とご友人がどんな関係だったかは知らん。だが各国で防弾スーツを着ている人材と比較にもならんのだ。」
「それは・・・。」
「解らないのか。頭は大丈夫か?」
「命に重い軽いなどと。」
言葉が見つからなかったのか、白々しいセリフが飛び出してくる。
「今し方友人を思って言った。全くどの口でそれを言うかな。まあいい。どちらも見知らぬ他人の俺にとっては同じだ。」
「だったら何故っ。」
目尻に涙を溜めて喰い付いてくる。余程、悔しいらしい。
「おいおい泣くほどのことか、貴殿は指揮官に向いて無いんじゃないかな。防弾スーツを着る人間は多くの人々の命を救える人間でなくてはいけないのだ。自然災害などじゃなくテロなどと理不尽の極みで亡くなるようなことがあってはいけないのだ。防弾スーツを着るSASの隊員は年間未然に防いだテロで平均100人とも200人とも言われる人々を救っているのだぞ。そんな彼らだからこそ信頼して防弾スーツを預けられるのだ。」
只のPKO派遣隊員だ。代わりは幾らでも居る。それこそ外人部隊を帰化させ派遣したほうが余程質が高いに違いない。
自衛隊の隊員を派遣するのは、ただ単に日本政府が見栄を張りたいだけなのだ。
「テロが起きない日本だから必要ないと・・・。」
起きたとしても警察庁の管轄だろう。自衛隊が現場に入ることなど無いに違いない。
「俺も惜しい人物を亡くしたと思うが、現場指揮官でさえ無い彼は防弾スーツを着ることは無かっただろうな。」
「貴様に何が解る!」
基地司令は口をヘの字に曲げて睨みつけてきた。余程親しい友人だったらしい。
「解るさ。彼のような冷酷非情で人をコマのように扱う人物は組織、特に軍隊には必要な人材なんだ。俺の会社に求職に来ていればナンバー2に育て上げただろう。まあ自衛隊の出世はコネだからなあ。あんなPKO派遣に手を挙げるなんて手段を取らざるを得なかったのだろ。」
彼が亡くなった後、上官や部下から取材を敢行したマスコミは彼の行いを取り上げ、テレビには悪し様に言うコメンテーターさえ登場した。
災害救助の際にも当事者でもあった隊員を家に帰さず必要なところへ配置するなど、情を掛けないそのやり方は正しく結果を生み出していたが反感も買っていたようだ。
彼はもっと上層部で指揮を執っていれば多くの人命を救えたに違いない人材だった。
だが実際にはそういった人材を見る目を持つ人物が自衛隊には見当たらず、結局は旧帝国陸軍の将校を系統とするコネによる繋がりで出世していく組織だったのだ。
その実、そういう人物を登用できない組織の問題だったわけだ。
「何故、そんなことまで。」
「何故はコッチが言いたいな。キミがコネで出世し、彼を引っ張り上げれば良かったんだ。そうすれば彼は死ななかっただろう。」
この年齢で基地司令という地位に登り詰めるには、なによりもコネが必要だったに違いない。
「わぁーーーーっ。」
言い過ぎたかな。
自覚があったのだろう。基地司令は机に突っ伏して本気で声を上げて泣き出した。
「まあ嘆くな。彼は自分の責任で人生で最大のカケを行ったんだ。最悪の結果に終わったが本望だったろう。」
俺なんて流されるままの人生だから羨ましいよ。
基地司令の頭を撫でるように耳元で囁く。
「はい。ずるっ・・・彼もそのように申し上げておりました。万が一、カケに負けても嘆くなと。」
基地司令が顔を上げるとハナをすすり上げ、無理やり笑顔を作ろうとして失敗していた。
「まあ泣け。泣く権利くらいはキミにもあるさ。」
俺が乱暴に頭を撫でると何度も何度も頷いていた。