第8章-第79話 ごきぶんはいかが
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「今回の首謀者たちです。」
1ヶ月のバカンスを楽しんで、高層マンションの社長室に戻ると険しい顔をした渚佑子が居た。滅茶苦茶不機嫌そうだ。置いていったのは、やはり拙かったようだ。
社長室の壁一面には大理石作りのカウンターテーブルが置かれているのだが、その下に正座させられた人々が居た。相当前から石の上に正座させられているのか、物凄く痛そうだ。
「よく突き止めたな。」
とりあえず褒めておく。しかし後のフォローは俺の仕事なんだろうなあ。人々の中に与野党の党首たちの面々の顔を見つけて、本気で逃げ出したくなってきた。
もちろん前首相の顔をあるし、千代子さんの顔もある。しかし、野党の方々もグルだったとは恐れ入ったな。つまり不信任決議案も茶番劇の一種だったわけだ。
しかし、前首相は渚佑子の『知識』スキルの概要も知っており、相当秘密裏に進められたものだったはずだ。
どうやって突き止めたんだろうか?
いやいやいや。聞き出すのは止めておこう。不機嫌そうな渚佑子を見れば一目瞭然だ。相当荒っぽい手段を使ったに違いない。
「ありがとうございます。それで如何致しますか?」
「何もしない。」
1ヶ月も掛けて異世界で考えに考えた結論がこれだ。
「「「えっ。」」」
俺の回答が余程、突拍子も無かったのか。渚佑子も含めた、その場にいた人々が一様に驚いた顔を向けてくる。
「聞えなかったか? 何もしないと言ったんだ。」
「それはいったい?」
渚佑子は何かを考えている風だったが、他の人間は全く理解できていないようだ。
「解らないか。・・・内閣総理大臣の任命を受けない。・・・ということだ。」
「えっえええーっ。そ、そんなことができるんですか?」
渚佑子は『知識』スキルを駆使しているのか黙り込んだままだが、千代子さんが大声で叫ぶ。
「さあな。しかし、国会は内閣総理大臣を指名できると憲法に明記されているが、指名を受けた人間は天皇から任命を受けなければならないとは明記されていないんだ。違うか渚佑子。」
「確かにそのような条文は何処にもありません。」
やはり渚佑子は『知識』スキルを駆使して憲法の条文を理解しようと務めていたらしい。普段から荒っぽい手段を使わずに解決してほしいのだが、俺が傍にいないと手を抜きたがる傾向が強いのは困ったものだ。
「じゃあ、内閣総理大臣は空位ということですか?」
千代子さんもそうだが、国民全員が憲法を履修してきているはずなのだが全然理解して無い。やはり丸暗記させる今の教育制度が間違っているとしか思えない。
「いや。憲法において内閣総理大臣が空位ということはありえないんだ。そうだな渚佑子。」
「はい。職務執行内閣がその対応に当たります。」
その任には内閣総辞職した前首相が行うことが明記されている。今現在職務執行内閣の首相が顔を上げる。初めて気が付いたかのようだ。
首相ですら、これだからな。
従って俺がいつまでも内閣総理大臣に任命されなければ、次回の衆議院選挙後に再度行われるであろう国会の首班指名によって指名を受けた人が天皇から任命を受けるまで全ての職務を前首相と前首相が任命した大臣を含む前内閣が行うことになる。
「鷹山。独裁者になった気分は如何かな?」
俺が首相の前に屈みこみ、痺れているあろう足を突いてみる。
「独裁者?」
隣に居た野党の党首が驚きに満ちた顔を向けてくる。
「そうだろう? 前内閣は既に総辞職を行っている。総辞職した内閣の内閣総理大臣に対して不信任決議案を提出できないし、職務執行内閣の内閣総理大臣には総辞職をする権限も衆議院を解散する権限も持っていない。従って誰もその任を解くことはできないということだ。」
良く今までこの法の穴を使おうという人間が現れなかったものだ。総辞職する内閣の内閣総理大臣と首班指名された内閣総理大臣が組めば、簡単に成立してしまうのだ。
あとはどんな悪法だろうが数の論理で押し切ってしまえる。それこそ今の与党の国会議員の数ならば、憲法改正さえも容易いに違いない。
「本当に?」
「ああ憲法を改正して10日以内に天皇から任命を受けなければ、首班指名をやり直すという規定を追加しておく必要がありそうだ。」
本当はもう1つ内閣総理大臣が欠けたら。という規定があるが、それこそクーデターでも起こさない限りありえない。
だがクーデターが成立してしまえば、日本国憲法も存在意義を失う。軍事政権が成立し、発布した新しい憲法の下に入ってしまうからだ。




