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第8章-第75話 いんたびゅう

お読み頂きましてありがとうございます。

「社長は知ってらしたんですか?」


 国会では野党から形式的な内閣不信任案が提出され、与党の反対多数で否決されるはずだったのだが、その前に首相が内閣総辞職を宣言したのだ。


「いや寝耳に水だ。昨日、首相に辞表を提出してきたんだ。てっきり今日、新しい財務大臣が任命されるとばかり思っていたんだがな。」


 最低限、引継ぎのために後任の名前と顔ぐらいは覚えておこうと思って見ていたのだ。


 俺は正直に千代子さんの質問に答える。内心は驚いたが、昨日の首相の様子は少しおかしかったのである。多少引き止めの言葉とかあるものだと思っていたのだが辞表は懐に仕舞い、謝罪の言葉を吐かれたのだ。首相自身忸怩たる思いを抱いていたのであろうし、俺の辞表提出が引き金になったのかもしれない。


「そうだったんですか。」







『地震後の対応については内閣一致団結し最善を尽くしたと自負しておりますが、内外の批判がありますことを鑑み、今回内閣総辞職に踏み切らさせて頂きました。』


 テレビ画面では国会の記者会見場で首相の退任会見が行なわれていた。


『静岡県で多くの尊い人命が失われたことは、どうご説明されるおつもりですか?』


 今記者が行ったこの質問を俺にされることがここ数ヶ月特に多かった。説明などできるはずもない。


『この国の最高権力者を以ってしても自然の猛威に対して為す術が無かった。という答えしか返せませんがご批判のある方々の誰かならば人命が失われなかったというのであれば甘んじて、お言葉を受け取りたいと考えております。』


 なるほど。こういうふうに説明すれば良かったのか。


『次期首相には何を望まれますか?』


『問題山積の中、引き継がれる方々に非常に心苦しいのですが、アメリカとの友好関係、原子力発電所の廃炉問題、ヴァーチャルリアリティー時空間に関する法整備は近々の懸案事項ですので最優先に取り組み頂きたい。そしてお願いしたいのは、山田議員を自在に動かせる方を選んで頂きたいのです。』


 どれもこれも俺に関連することばかりだが、それはいい。しかし、最後のは頂けないな。


『元財務大臣を次期内閣へ登用するという意味でしょうか?』


 流石にお願いされても断るだろうな。ヴァーチャルリアリティー時空間に関しては選挙時の公約だから、協力はするが閣外からで十分だと思っている。


『違います。文字通り山田議員を動かせる人物で無いと次に地震が発生し津波が来たとしても1分の抵抗もできないからです。』


 記者会見場では記者のみならず周囲に居る人々全てがざわつき出す。


『それは次に地震が発生しても山田議員が動かないということでしょうか?』


 動けないというのが正しいな。閣内に居たから迅速に動けた。津波の発生を他の情報源で知った後ならば態勢を整えて現地に行ったとしても遅いかもしれないのだ。


『今回彼が動いて頂けたお陰で多くの人命を救って頂いた。だが国民の皆さんは批判される。このような状況下で誰がまた動きたいと思いますか? 少なくともわたしならば嫌です。』


 おいおい。結構、はっきりと言うなあ。まあ嫌だけどな。


『元首相の言葉でも動かないということでしょうか?』


『・・・・・・・・・・・。』


 首相は肩を震わせるように笑い声を噛み殺していたがやや漏れている。よほど面白い質問だったらしい。


『何を笑っておいでなのでしょう。』


 記者はムっとした顔で聞き返している。


『わたしなどは、彼に何も影響を与えられない人間なんですよ。ヴァーチャルリアリティー時空間に関しても彼が動き、アメリカ大統領からご紹介頂けなければ日本は後塵を排していたであろうし、先の総選挙でも彼のご友人からの進言が頂けなければ出馬して頂けなかった。さらに彼の持論である少子高齢化対策のため半ば強引に内閣に引き込んでいなければ、地震でここまで対応して頂けたかどうか・・・。』


 過少評価しすぎだ。今は違うと断言できるが確かに日本の首相だろうと何だろうと関係無いのは確かだ。新しい首相が親交を図ろうとしてきても、特別な益でも無いかぎり、いやもう面倒だから親しくなどしないだろうな。


『えっ。そうなんですか。』


 記者が初めて聞いたという顔をする。全て選挙の際、プロフィールに書かれたことばかりで友人たちは結構ことあるごとに口にしている。先のアメリカ大統領の発言の際にも言及していたはずだ。


 まあ俺の友人たちが何を言っても、信じたく無い人間には無駄なんだろう。今、首相が退任会見で話した内容も聞きたくない言葉は記者たちの記憶に残らないに違いない。


『あとお願いしたいのは、これ以上彼を追及しないで頂きたい。彼が議員を辞めることは、日本が先進国から脱落することであることは皆さん、ご承知のことだと思う。以上だ。』


 やや強引に退任会見を切り上げた首相は記者会見場を後にした。


     ☆


「首相の退任会見を見ました? お陰で大任を仰せつかりましたよ。困ったものです。」


 スターグループのオーナーの井筒さんから、独占インタビューの話が舞い込んできた。なるほど、あの会見以降、他のマスコミから一切接触が無いわけだ。


 あれから国会は首相の後任を巡り、空転している。誰もやりたがらないのだ。


 俺の話は聞きたいが怒らせるのが怖い他のマスコミのトップから突かれたらしい。


「いいですよ。われわれの関係はギブアンドテイクだ。多少の都合は付けさせて頂きます。」


 井筒さんがホっとした顔をする。実は彼も俺の友人の1人としてマスコミで名前が上げられている。有事の際には彼が俺に何らかの対応をお願いできるのでは無いかという憶測も飛び交っている。


 だからキッパリと関係性を告げたのだ。


 その後、生放送の機材が運び込まれ、インタビューが始まった。


「まず最初にですが、近々議員を辞めたいと思っておいででしょうか?」


「いいえ。最低限、公約であるヴァーチャルリアリティー時空間関連の法案が通るまでは辞めません。」


 逆に言えば、それさえ通れば辞めるつもりだ。


「では将来、地震が発生し津波が発生した場合、今回と同様に被害を最小限にするために動いて頂けますか?」


「難しいでしょうね。今回、首相の指示があった上で現地に向いましたが、指示が無ければ自衛隊など他の救助の方々の邪魔になってもいけませんから出過ぎた真似は慎もうと思っております。それに各種メディアで情報を知った後では遅すぎるでしょう。」


 どう考えても俺が今の地位にいるからこそ動けたのだ。邪魔になることがあれば法律上問題となり、起訴されることになる。


「なるほど。では津波以外ではどうでしょう。例えば洪水が発生した場合に一時的に水を排出するとか。」


「そうですね。権限を持ち信頼のおける方にお願いされた場合は見積もりをさせて頂いた上で動きたいと思います。」


 洪水ならば首相でなくてもいい。地方自治体の首長でも構わないはずだ。


「見積もり?」


 井筒さんが怪訝そうな顔をする。お金を請求されるとは思わないのだろうか。いやこれは演技だな。そういった顔を作っているだけで眉毛などの細かい動きは違うと言っている。


「そうです見積もりです。今回は緊急事態ということもあり、ご請求させて頂いておりませんが『ゲート』は私どもの1事業分野ですので、事前に見積もりさせて頂いた上でご検討頂きたいと存じます。」


 まあ実際に経費として掛かったのはエルフの里謹製のベリーハイMPポーション3本分の約3億円だが表に出せない金額だ。経費の内訳まで知りたいと言われれば拒否するしかあるまい。


「そうですよね。空港での『ゲート』使用料も1回100億円を超えると聞いております。映像を拝見したところ、数十回は使用されている。経費分とはいえそれをポケットマネーで・・・いったい幾ら掛かっているのか。」


 やっぱり。下調べをした上で多くのお金を使っているんだと言わせたいらしい。まいったな。上手く乗せられたみたいだ。お金のことなど言いたくなかった。余りにも格好悪いじゃないか。


「流石に経理処理上、問題となりかねないのでここでは言及できかねます。」


「そうですよね。失礼しました。権限を持ち信頼のおける方ということですが、ご友人ということでしょうか。例えば僕が依頼することもできるのでしょうか?」


「井筒さんが洪水が発生している地域の知事ならば、お受けすることも可能です。どうです東京都知事に立候補されてみては如何ですか。」


 俺がそう返すと井筒さんの顔が引き攣る。少しくらいは仕返ししてもいいだろう。これで井筒さんが東京都知事にでもなれば面白いに違いない。


「では僕が総理大臣ならば、津波さえも受けて頂けるということでしょうか?」


 ありゃ。ちょっとビビらせ過ぎたか。


「ありえませんね。内閣総理大臣は衆議院議員にしかなれません。次回、立候補されるとしても4年後です。その時、俺は立候補しないと思いますし、日本に常駐してない可能性も・・・。」


「立候補しないんですか?」


「衆議院議員になったのはヴァーチャルリアリティー時空間関連法案を通すことが目的ですから。」


 物凄く単純明快だ。衆議院議員も未練は無い。


「衆議院の解散はヴァーチャルリアリティー時空間関連法案を通せなくなるから無いとして、もう率直に聞きます。誰が総理大臣ならば従ってくれますか?」


 井筒さんは諦めたようにズバリと聞いてくる。唯一、選択肢として由吏姉が居るが絶対に嫌がるだろうし、関係性を疑われたら困るから言えない。


「無いですね。今の衆議院議員には居ないです。でも安心してください。そんなに頻繁に大地震が来るとは思えないし、多少ならば自分自身の判断で動きますよ。」


「そうですよね。誰しも自由は束縛されたくない。山田議員も山田議員にしか自在に動かせる人物は居ないということのようです。以上です。ありがとうございました。」


 井筒さんはそう言葉を残して引き上げていった。

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