第8章-第74話 つかれた
お読み頂きましてありがとうございます。
毎時100ミリシーベルト。5年間の被爆許容量。
これが1号機の近くで観測されている。放射線防護服がなければ近寄りもできない。それでも福島原発事故の10分の1以下だ。いかにあの事故が過酷な状況下だったかが解るというものだ。
幸いにも宇宙事業で培ったノウハウにより、あらゆる放射線を遮断できる防護服は開発済みである。但し、宇宙服でもあるため1体1トンほどの重量がある。月面で作業できるように軽量化の魔法陣を組み込んであるが10分の1程度で実質100キロの重量があるのだ。
「肉体強化魔法は1時間しか持たないですから、必ず1時間で戻ってきてください。」
泣きそうな顔の渚佑子に肉体強化魔法を掛けて貰うと防護服を着込む。やることは簡単だ。1号機の内部に入り原子炉の格納容器や冷却水ごと内部の使用済み核燃料を自空間に取り込み。月面に『移動』して廃棄するだけだ。
放射線廃棄物を亜空間にあるとはいえ自空間に取り込むのは危険だと渚佑子に諭されたのだが、これをできるのは俺だけだと無理矢理了解させた。
もちろん俺もバカでは無い自空間の時間進行速度を測ってみたことがあるが1億分の1秒だった。つまり1時間に100万ミリシーベルトを放射する物質を1時間取り込んだとして自空間が直に体内に影響を与えたとしても100万ミリシーベルトの1億分の1である0.01ミリシーベルトしか被爆しない計算なのだ。
作業はものの数分で終る作業だった。
「ほら大丈夫だったろ。『鑑定』スキルで確認しても構わないぞ。」
渚佑子に嘘は吐けない。素直に『鑑定』して貰うと泣き笑いの顔になった。状態異常は無かったようだ。
あれから自空間で電源車を現地に何度か送り込み、運転停止中だった3号機、4号機、5号機に問題は発生しなかったが影響を鑑み、廃炉とすることが決断された。2号機を含み、蓉芙グループが廃炉処理を5000億円で一括受注し1号機と同じように月に廃棄する予定である。
長期間、使いもしない使用済み核燃料を原子炉に保管しておいたのは単純な理由だった。再処理工場に対する世間の目が厳しくなり、基準に合わせて工場を刷新するたび新しい基準が出るイタチごっこにより稼動が遅れたため、再処理工場へ輸送できなかったらしい。
海外の再処理工場へ切り替えることも地下のコンクリート構造物での保管へも切り替えられなかったのだ。
「では大臣にお聞きしますが、貴方は『ゲート』を使い、震源地より西のみの津波だけを消し去り、原子力発電所の事故の引き金になった津波を放置したというのですね。」
原発事故調査委員会でいつのまにか衆議院内に会派を作り上げた新々党の大野木議員から、くだんの質問があった。
『山田財務大臣。』
委員長からの呼び出しに応じ席を立ち答弁する。
「その通りでございます。」
俺が答弁すると委員たちがざわつく。
『大野木くん。』
大野木議員が手を上げる。
「それは些か不公平ではございませんか。」
今度は俺が手を上げる。
『山田財務大臣。』
「結果的にそう言われても仕方がありませんが試算にあります通り、津波を消し去ったことにより、金額にして1兆円、死者3000人、負傷者2万人規模の被害を防げたものと自負しており、判断は間違っていなかったと確信しております。」
実際に震源地より東では金額的に数百億円規模であり、死者も100人にも満たなかったのだが、不公平だと誹りを受けている状況だ。巨大地震の被害を最小限に抑えることができ、大災害に繋がる原発事故も防いだというのに、まだ俺を批判をしたいらしい。
☆
結果として委員会では問題無かったと結論されたが、マスコミが挙って、静岡県民の意見を取り上げ、批判を続けているのだ。しかも首相の任命責任にまで波及している。
「今日はどうしたんですか?」
「ああ、少し疲れたので国会へは出席しなかった。偶にはいいだろう。」
流石に連日連夜マスコミに追い回される生活に疲れ果てていた。やっぱり高層マンションの社長室が静がでいいよな。
「そう言いながらも国会中継は見るんですね。」
千代子さんは煩いがいつものことだ。静かすぎるのも神経が参ってしまいそうだから、この程度が良いのかもしれない。
「まあな。」
LGBT関連法案を含む、予算案が無事に通ったので昨日、財務大臣の職を辞すると首相に伝えてきたところだ。
俺に悪意を持つ人間が何を言おうと関係無いが、名古屋駅で助けた青年が死んだことが堪えている。
HPポーションの量が足らなかったのか。MPポーションも飲ませるべきだったのか。身体的には回復していたのだが1ヶ月に渡って意識が回復しなかったのだという。
しかも悲惨なことにあのレスキュー隊員の撮った写真をSNSに投稿。結果的に身バレしてしまいクビ。逆恨みした男が職権を利用して調査済みだった青年の命を奪うという凶行に及んだのだ。
キズだらけの写真を撮られたからとHPポーションで済ました俺が悪いのだ。不審に思われようが気にせず、渚佑子に頼み、完全に回復してもらえば良かった。そうすれば、あの青年は死ななくて済んだはずなのだ。




