第7章-第68話 かんざし
お読み頂きましてありがとうございます。
「ここが祇園ですぅ。」
結局、2人の芸妓さんが所属する屋形のある祇園甲部と祇園東周辺を案内してくれることになった。
そうは言っても、昼間の祇園は閑散としていた。バーやスナックなどの飲み屋はもちろんのこと、食事ができるところも夕方からしか営業していない。全てが舞妓や芸妓たちに合わせて、スケジュールが組まれているようだ。
途中で八坂神社近くのカフェに入った。この辺りから南下すると清水寺に行けるという。その周辺なら観光地化されていて土産物屋や昼間から営業しているレストランも沢山にあるそうだ。
「順奴はんおねえはん。やっぱり、舞妓になるには女の子やないといけへんの?」
小さなトランスジェンダーさんは順奴さんと仲良くなったようだ。
「そうやね。各花街の芸妓組合が募集しとる条件にも女性であることと書いてあるわ。」
「LGBT差別撤廃法が成立したとしても、名目上条件から外されるだけで、残念ながら採用されないだろうな。」
「なんでやの。」
「大企業ならば一定数を義務付けることもできるが、屋形は個人商店だからオーナーの裁量によるところが大きい。しかも舞妓といえば育てるのにも見世出しにもお金が沢山必要だ。成功するかどうかわからないものに、大金を掛けるとは思えないな。」
うちの会社の傘下企業では、LGBT差別撤廃法成立後、トランスジェンダー向けの制服を用意して採用を実施することにしており、繁華街を中心に女性が担ってきた職業をトランスジェンダーにも担って貰えることにしている。
だが地方など反発が大きそうなところでは試験的に導入を進めていく予定になっている。とにかく商業的に成立しなければ、どんな企業であっても採用できないのは確かだ。
「そうやね。舞妓は個人契約やから屋形に借金して見世出しして貰うの。小遣いは貰えるけど、お給金は無いのよ。何を買うにも、お客様から頂くチップでやりくりしていたわ。」
順奴さんが昔を思い出すようにして言う。
「そう・・・ですか。」
小さなトランスジェンダーさんが肩を落す。
「そうや社長はん、ヴァーチャルリアリティでどうにかならへんの?」
可哀想に思ったのか順奴さんが閃いたとばかりに俺に聞いてくる。
「できないことは無いんだが、舞妓という言葉自体が花街全体の持ち物なんだ。勝手に名前を借りて営業すれば、訴えられるだろうな。」
今回の京都の芸妓のヴァーチャルリアリティーが成功すれば、舞妓も出来るかと調べていたのだが京都の芸妓組合の公認が無ければ難しいのだ。裁判所も伝統芸能といったものに重きを置いていて、過去の判例を見ても勝手に使用できないような判決が出ているのだ。
その後、清水の舞台から飛び降りることも無く、土産物屋を冷やかして歩いた。
「渚佑子は何も買わないのか?」
俺は芸妓さんに高価なアクセサリーを那須くんはトランスジェンダーたちに土産物を買ってあげていた。本当に気に入ったみたいだな。
「何か買ってくれるんですか?」
渚佑子には十分な給与も払っているんだがな。男が女にモノを贈っている状況で渚佑子だけ外したら、どんな報復があるか解ったものじゃない。前も指環を奪われたのを思い出す。
「あ・・ああ。このかんざしなんかどうだい。」
まあこの辺りの土産物など大した金額じゃない。思い出になりそうなものを選んでおくべきだろうな。
「ありがとうございます。」
購入した箱を渡すと渚佑子は、はにかみながら受け取ってくれた。ドSなところが無ければ、本当に可愛いんだがな。
「私にも買ってくださいますよね。」
渚佑子の背後からトシヒコくんが顔を出す。
「日頃からお世話になっているから、何でも買ってあげるよ。何がいいんだい。」
「このかんざしが欲しいです。」
トシヒコくんは渚佑子に贈ったものと同じ商品を指す。仲良しだなあ。
「いいよ。」
「この場で着けてくださいな。」
トシヒコくんが綺麗に結い上げてある髪に挿してあるかんざしを抜く。どうみても、この土産物のほうが安物だ。ジロウくんの屋形で使われてきた年代物らしく。艶やかに光り輝いている。
「後で、もっと良い物を買ってあげるよ。」
あまりにも恥ずかしくなったので、そう伝えた。
「思い出にしたいんです。」
そこまで言われては仕方が無い。土産物のかんざしを購入して、屈んだトシヒコくんの指し示すところに挿してあげた。
「なんだい渚佑子。君たちって本当に仲良しだね。」
俺がかんざしを挿しているところをジッと見ていた渚佑子が何か言いたげだったのだが、プイっと顔を背けてしまう。やっぱり、もっと高いモノを贈っておくべきだったかな。
逆にトシヒコくんは嬉しそうだった。こんな安物で・・・と思うくらい凄い喜びようだった。
日が暮れてきたのでトシヒコくんたちを出会った交差点まで送り届け、元の料理旅館に到着すると夕食の用意が出来ていた。渚佑子は相変わらず、社用車の中で待つようだ。
花街を歩いているときは芸妓さんたちと談笑していたのに、まだ偏見を持っているのだろうか。確かに昔の舞妓や芸妓は性風俗産業の一種だったが、今は伝統芸能の一種だ。水揚げといった儀式や旦那を取る必要も無い。
今でいう旦那を取るというのは文字通り、結婚して引退することを示すらしい。
流石に夜の営業まで貸切にはできなかったようで個室の中にあるテーブル席で料理を頂いた。この後、座敷で大次郎さんの踊りを見るのだという。




