第7章-第67話 さいかい
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「社長。この方々は?」
芸妓組合が貸し切っていた料理旅館を出ようとすると順奴さんと真穂奴さんが下駄箱から俺と那須くんの靴を取り出して揃えて出してくれる。彼女たちは礼儀作法が出来ているようだ。
2人の芸妓さんを従える形で外に出ると社用車の中で待機していた渚佑子が近寄ってくる。機嫌が悪いらしい。芸妓を侍らして不潔だとでも思われているのだろう。
「京都を案内してくださるそうだ。渚佑子も来るかい?」
「もちろんです。」
それは私の仕事だとキッパリハッキリと言う。日本国内に居るかぎり、それほど必要性は感じないのだが先日の事件以降、気持ち悪いほど張り付いてくるのだ。まあ本人には言えないけど。
「2人のエスコート役は那須くんに譲ろう。那須くんは将来有望なプロ野球選手だ。那須くんも好みがあるだろうがほどほどの年上女房のほうが良いと思うぞ。」
渚佑子の視線が怖いので芸妓さんたちの相手を那須くんにお願いする。那須くんは年上の女性が好きらしく20~30歳くらい上の女性と付き合っているらしい。でも流石にそれでは子供に恵まれなさそうだよな。でも直接的に言うとハラスメントにあたるので遠まわしにしか言えない。
「いやあの・・・。」
俺がそう言うと那須くんが苦々しい顔をして言い澱む。反対に芸妓さんたちは那須くんを見る目が変わる。
「へえ。そうなんでっしゃろ。踊りのお師匠さんにしては逞しい身体してはると思おたわ。」
今も昔もプロ野球選手の奥さんには身の回りの世話を全てしてくれる年上の女性が良いと言われている。それに結構、水商売だった女性も多く、財界、芸能界などと違ってそういった女性と結婚しても世間は何も言わないのだ。
「あっ。あれは・・・。」
渚佑子の指す方向を見てみると通りの反対側を舞妓や芸妓の格好をした10人くらいの一団が通り過ぎる。
「へえ。あれは偽者ですわ。最近は外国の観光客向けにああして、着付けなど一式貸すところがあるんよ。」
知ってる。松阪での嫌な記憶が蘇る。一団の中でも1人抜きん出て身長が高い芸妓がいるのが外国人観光客に見えるのだろうな。
違う違うそんなことが聞きたいんじゃないぞ。
「あんまり見分けつかないね。」
那須くんがのんびりした調子で向こう側の芸妓と順奴さんたちを見比べている。本気か那須くん。
「ふふふ。男の人にはそうかもしれんね。でも向こうのお着物は化繊で出来てるんですわ。」
いやいや。どう見ても西陣織りだぞ。だがそこが問題じゃない。
「あれっ。あの一際大きい芸妓の格好をした人が手を振っているよ。」
ちっ。見つかったか。はてさて困った。どういうふうに説明をすればいいのだろう。想定外の出来事だ。素知らぬ振りをして通りすぎるか。
「いややわ。きっと、こっちも同じような観光客だと思うてはるのよ。こんな時間から芸妓を2人も侍らせて歩きはる兄はんは数少ないんでっせ。」
「大臣! 大臣! 山田トム財務大臣っ。」
道の反対側から横断歩道をその一団が渡ってきたのだ。観念するしかないようだ。
「やあ。久しぶりだねトシヒコくん。」
俺は出迎えて握手する。
「男の人・・・。」
2人の芸妓さんたちが驚いた表情を見せる。はてさて、これは女装なのだろうか。コスプレなのだろうか。説明に困るじゃないか。
「知り合いのトランスジェンダーさんだ。今日は休暇かな。」
「ええええ。おかげさまで忙しくさせてもらって2ヶ月ぶりにやっと取れた連休ですよ。大臣も休暇ですか?」
トシヒコくんには公安調査庁の役目の傍ら、LGBT差別撤廃法案の運用方法についてうちの政策秘書とLGBT団体との折衝役も担って貰っているから忙しいのだ。
週2回の休日のうち、どちらかが必ず潰れてしまっているという話だ。いくら公安調査庁が裁量労働制だとしても、やり過ぎじゃないだろうか。まあ俺もここ1年くらい碌に休暇をとったことは無いがな。
「残念ながら、会社の仕事なんだ。」
「羨ましいな。会社の仕事なのに芸妓さんを侍らせて。混ぜて貰っても宜しいですよね。」
それくらいの権利があるとばかりに混ざる気が満々のようだ。まあ例の折衝役を押し付けたこともあるし、このくらいの便宜は図っておいたほうが良いのかもしれない。
「本当に男の人・・・だって、こっちの娘さんなんて、女の子にしか見えへんやないの。」
ようやく芸妓さんたちの頭の回転が戻ってきたようで、舞妓に扮したトランスジェンダーを見て感心している。随分と若いトランスジェンダーのようだ。トシヒコくんが公安調査官として声を掛けたのかもしれないな。
「おねえはん。よろしくおたのもうします。」
「まあ。礼儀作法まで、ちゃんとしてはるやないの。しかもちょっとイントネーションは違うけど、京都の言葉まで。このままで見習いさんで通りそうやわ。」
真穂奴さんが感心したように言う。本物の芸妓さんでも見分けがつかないんじゃ困ったものだ。
「そう思って、半だらにして紅も下だけにして貰ったんですよ。まあ私が隣に居る限り、変身舞妓にしか見えないでしょうけどね。」
「いやいやトシヒコくんも中々板についているよ。そういえば着物が得意だと言っていたな。良く京都へ来るのかい?」
初めて彼の女装姿を写真で見せて貰ったときのことを思い出す。トシヒコくんは照れくさいのか白塗りの上から、解るくらいに頬が赤くなった。
普段、俺の周囲にはキツイ系の女性しかいないから凄く新鮮だ。
「ええジロウの実家が屋形を営んでまして、変身舞妓の店を経営しているんです。私は時折、こうやって人数を集めて変身舞妓の店を貸切にさせて貰うんですよ。まあ繁忙期じゃないときだから出来るんですけどね。」
トモヒロくんの友人たちもそうだが、プロデュース能力が長けた逸材が存在する。特にトランスジェンダーに多いように感じるのは気のせいでは無いように思う。
「どうした那須くん。呆けた顔をして。」
那須くんが口を半開きにしてトランスジェンダーたちを見つめている。だがその様子を渚佑子が冷たい視線で見つめていることまで気付いてしまった。奔放そうな那須くんと潔癖症の渚佑子か。あまり近づけさせないほうがいいかもしれないな。
「本当に綺麗だと、見入ってしまいました。」
おいおいまた変な方向へ宗旨替えをするなよ。子供が生まれないじゃないか。まあ手段は無いわけじゃないんだけど。
「そうだな。」
トシヒコくんも随分と女性らしくなった。隣の小さな舞妓も小さいころから、トランスジェンダーと自認していれば女の子にしか見えなくなってくるのだろう。
「しかも本当に中身は女の子なんですね。」
トモヒロくんに言わせると2~3割りくらいの女の子の心を持つ人から殆ど女の子まで幅広く居るという話だが女の子にしか見えないトモヒロくんが殆ど男の子だと言い張っているところを見ると遠慮がちな数値なんじゃないかと思っているのだ。




