第7章-第66話 げいぎくみあい
お読み頂きましてありがとうございます。
「では結果は後日お伝えします。」
今日は京都の芸妓組合から持ち込まれた案件で草津温泉の芸者あそびのヴァーチャルリアリティーの第2弾を製作するため、踊り、お唄、三味線といった芸達者の芸妓さんのオーディションを京都の中心部にある料理旅館で行っている。
草津温泉の第1弾はアジアの富裕層の心を掴み、平日の集客が倍増する効果が出た。それを聞きつけた京都の芸妓組合から申し入れがあったのだ。
本来、京都のお茶屋さんは一見さんお断りのはずだが、ここ数年はパトロンになるような大金持ちの道楽は無くなり、一般観光客目当ての商売が主らしい。そこでパトロン相手として選ばれたのがアジアの富裕層というわけだ。
「なんやの。わたしでは不満やっ。とおっしゃるでっしゃろか。」
まずは芸妓組合から推薦という形で3人の芸妓さんに来て貰ったのだが何を勘違いしたのか、とても芸達者とは思えぬ芸妓が来たのだ。
とりあえず波風立たせないように、後日という形を取ったのだが・・・。
「そうだ。那須くん。お手本を。」
お唄、三味線はそれなりのレベルに達していたのだが、踊りは全然駄目だった。審査員の俺たちが気になるのか視線がこちらばかりに向く。それもチラチラというレベルではなく、なんともイロっぽい視線だった。
那須くんには事前に踊りの家元で稽古を積んで貰っており、今回のお題は踊れるはずだ。
先程、芸妓が踊っていたものと同じ曲がスピーカーから流れ出す。
やっぱり全然違う。月が題材だからか視線は当然遠くの方だ。回転する際は確かにこちらに向くがほんの一瞬でそれが逆に印象的だった。
那須くんの踊りが終ると周囲からは溜息が漏れる。それでも、目の前に座った芸妓は俺を睨みつけたままだ。家元の踊り、そのままである那須くんの踊りを見ても何も感じないらしい。才能以前の問題じゃないだろうか。
「ではお帰りを。」
俺がそう言って障子を開けて貰うとその芸妓はツンとそっぽを向いて、開いた障子からズンズンと出て行ってしまった。障子の開け閉めの仕方も知らないらしい。本当に京都の芸妓なのかと疑問に思う。草津温泉の芸者のほうが行儀作法が出来ているぞ。
☆
「那美奴はお気に召しませなんだか、どういった芸妓がお好みで?」
やっぱりだ。お唄と三味線の合格を芸妓組合の組合長に伝えるとこんな返答があった。
「勘違いするな。俺はここに金を落としにきた客じゃない。ビジネスパートナーとしてやってきているんだ。もちろん誰かのパトロンになるつもりも無いぞ。」
それにあんなキツイ系の美人は面倒すぎる。
「そうでっか。あんさんケチやなあ。ぎょうさん持ってはるのに。」
この言葉にカチンとくる。この手の関西弁は本気で怒るのもバカらしいほど軽く言っているのだろうが、ビジネスパートナー相手に使う言葉じゃない。
「そちらがそのつもりなら、この話は無かったことに。」
「ま、待ってください。次を呼びますから、お待ちいただけますか。」
俺が立ち上がろうとすると京都弁なのか関西弁なのか良く解らない言葉が急に標準語になった。
組合長が有無を言わさず俺を座らせると立ち上がって障子を開けて出て行ってしまった。足音が遠くなったところをみると次の芸妓も呼び寄せて無いらしい。
「私たちもお払い箱でっしゃろか?」
傍で聞いていたお唄と三味線のオーディションを受けた芸妓さんたちが不安そうに聞いてくる。
「駄目にするつもりは無かったんだが、余りにも下手な踊りを見せられてキレてしまった。すまない。だがこの分だと踊りよりも容姿で選んできそうだ。困ったな。おねえさんたち踊りが上手い芸妓を知らないか? 舞妓でも見習いでも構わないんだが。」
芸妓のことは芸妓に聞くのが一番だ。
「那美ちゃんもキッツイけど、舞妓からやってはって踊りもまあまあなんよ。旦那さんは目が肥えてますなあ。最近の旦那になりたがるひとは、美貌と若さ優先でろくに芸のことも知らへんのに。」
「そういうものなのか。だが芸妓から芸を取り上げたら只の女だろうに。容姿も幾らでも造れる世の中だからなあ。そんな女よりも君たちのほうが魅力的だ。」
ふたりとも美人というよりは愛嬌のある顔だちをしている。美貌や若さは無いがその分、お唄や三味線の稽古を積んできたのだろう。草津温泉でも愛嬌のある顔立ちの芸者のほうが人気がある。
今時の美人と言われる芸者さんも日本基準の美人だ。外国の美人は各国の基準によるもので、その中には日本基準の美人は含まれないことが多いのだ。
「そうでっしゃろか。」
俺も妻子が居なくて、優秀な従業員たちが居なくて、今のように忙しくなければ彼女ら目当てに京都に通ったかもしれない。京女特有のおっとりとしたイントネーションが眠気を誘う。ゆっくりとした時を過ごすにはもってこいの環境かもしれない。
「踊りの名手といえば、上七軒『すずかぜ』の大次郎はんですけど、あの娘は、この時期におらしまへにや。」
三味線の芸妓さんが呟くように言う。どうやら繁忙期に現れる芸妓のようだ。臨時アルバイトなのだろう。
「ほう。ああいう娘がお好みなんですやろか。確かにあの娘は若こうて名取も持っとる。」
戻ってきた組合長に芸妓たちに聞いた名前を出す。相変わらず俺の好みで選んでいると思っているらしい。全く名取の免状を持っている芸妓が居るなら初めから出せよな。
「何か問題でもあるのか?」
しかし何か含みがある言い方だな。余り推したくないみたいだ。
「東京に行ってるそうやけど、こんなええ話なら飛んで帰ってきますやろ。夜遅うなってしまうけど、よろしいでっしゃろか。」
問い質したが論点をズラされてしまった。何か芸妓組合が推したくない問題があるらしい。
「ああ構わない。今日1日時間は取ってある。那須くんも大丈夫だよな。」
早く終れば草津温泉でも寄ろうと思っていたが深夜に予定を変更しておくか。
「よっしゃ。真穂奴ちゃん、順奴ちゃん。お客様をあんじょう案内したってや。」
実は私の地元まつさかの言葉と京都の言葉。同じ関西弁の中でもよく似ているようで少し違います。
もしかすると混同して間違っている箇所があるかもしれません。
誤字報告機能で正しく指摘して頂けると助かります。よろしくお願いします。




