第7章-第63話 じいめん
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「女装Gメン?」
今日は公安調査庁に来ている。あれから黒幕についていた人々は排除され、新しく生まれ変わっている。
先日、東京高等検察庁検事長となった白井前法務事務次官と共に法務省内部を歩き回り、優秀な人物を抜擢し、欠員を補充したところだ。
集まった新たな部署の公安調査官を前に訓示を行っていたところ、俺の言葉尻を捉えた幾人かが呟いている。なかなかインパクトが強いようだ。
「そうだ。」
今国会で審議中の性少数者に対する差別に関する法律に対して隠密任務を担ってもらうことにしたのだ。
「はいっ。失礼致します。トシヒコ調査官です。それは女装をしてコミュニティーに溶け込み、情報を収集しろ。ということでしょうか?」
女装するには、いささか背が高いと思う男性が発言する。いやそれは差別だ。口にしてはいけない。たとえ3メートルあろうとも女装をしても良いはずだ。
彼らの本名はおろか性別、年齢といった個人を識別する情報は全て非公開であり、質問をしたトシヒコ調査官も単なる呼び名である。
「その通りだ。」
事前の説明無く、ここに集まってもらっている。書類などは一切残さないという徹底ぶりだ。渚佑子がてこずったのもわかる。
その彼らに女装Gメンという言葉を投げかけただけで、全て伝わってしまった。凄い優秀だ。あの黒幕もこれくらい優秀だったのだろう。満点というものに固執しなければ良い老後をおくれただろうに。
そんな彼らでも女装Gメンという言葉には抵抗があるのか、少しざわつき出す。
「あのう。拒否権は無いんですよね。」
今度は男性としては低い170センチ前後と思われるが、少しだけ顎の長い人物が発言してくる。髪を伸ばせば、それだけで十分女性に見えそうな整った顔をしていた。俺よりは高い身長だ。羨ましい。
「ジロウ調査官。発言は必ず、一度断りをいれるように。」
彼らの上役となる人物が嗜める。
「申し訳ありません。ジロウ調査官であります。」
「いや、嫌なものを無理矢理やらそうとは思っていない。性少数者に対する差別に関する法律にも公人が差別発言を行えば裁かれもするが、個人の感情までは縛らないと記述されているから安心しなさい。この中で他に嫌だと思うものは挙手をしてください。他の部署に回す。」
新設部署の公安調査官は一種のエリートらしく、5分経っても10分経っても誰も手を挙げなかった。
「ジロウ辞めるのかよ。」
先程のトシヒコ調査官と彼は知り合いらしく。小声で話しているのが聞こえた。
「いやそんなことは言っていないよ。代表して質問しただけ。」
「偶然とはいえ、お前と一緒に出世したんだ。仲良くやろうぜ。」
「本当に偶然だと思っているのか。」
「なにっ。まさか・・・。」
彼らの視線が俺の方に向く。その理由は解っている。法務省内を歩き回った際に指環を『鑑』にして、見た目は男性だが性別欄が女性、もしくは空欄の方々を探して抜擢しているのだ。
つまり心は女性、もしくは自分に性別は無いと思っている人々に集まって頂いたのである。女装はしていないかもしれないが女装したらハマリそうな人物たちばかりである。
一説には資質にそういった要素が全く無い男性は逆に少ないらしい。トモヒロくんも言っていたがトランスジェンダーの中にも男性性が強い人と女性性が強い人がいるそうで、女装することつまり『女』を『装』うことは必ずしも女性性が強いわけでは無いらしい。
どうやら彼らは経験者のようである。頼もしい限りだ。
☆
「大臣!」
後ろから声が掛かった。振り向くと案の定、トシヒコ調査官とジロウ調査官が立っていた。緊張している様子だ。
「緊張しなくていい。俺に君らの人事権は無いからね。山田トムだ。トムと呼び捨てで構わない。」
「何故、私たちを抜擢されたのですか?」
やっぱり偶然とは思えないか。彼らを信用しないわけではないが安易に魔法などと教えられない。
「うーん。そうだな。女装が似合いそうだったから・・・という理由ではどうかな。」
「ふざけるなよオッサン。」
おおっ、オッサンなんて呼ばれたのは何年ぶりだろう。そうそうアキエが保育園のときに同じ園児の男の子に呼ばれて以来かもしれない。
「別にふざけてなど居ないぞ。ジロウ調査官なんか、凄く似合いそうじゃないか。是非とも拝見してみたいものだ。」
「あるぞ。これなんか可愛いだろ。」
俺がトシヒコ調査官に近寄るとスマートフォンの中から写真を探し出して見せてくれた。自慢そうだ。
「おおっ・・・。コッチはトシヒコ調査官か。ナカナカいけてるじゃないか。浴衣まで着こなすなんて女装歴は長そうだな。」
探している最中に素早く彼が自撮りしていた写真を見つけていたので勝手に中身を見る。怒るどころか褒められていると認識している。褒められ慣れているんだな。
「へへっ。そうでもねえよ。ほら、こっちのジロウなんて押し倒したいくらいグッとくるだろ。」
「ベッドイン、ベッドインと言うばかりで本当にベッドインしたことが無いくせに。」
「お前が知らねえだけだろ。」
「そういった噂が界隈に駆け巡るのは早いんだ。特にお前は狙っている人が多いと聞くよ。」
とりあえず誤魔化せたようだ。
「君たちは当事者なんだな。これは心強い。他の調査官の中に未経験者が居たらよろしく頼むよ。それから、コミュニティーには時折、渚佑子を投入する予定だ。もし連絡手段に困ったら彼女に伝えれば、俺に必ず伝わる。安心して使ってくれ。」
ボケとツッコミが機能していて、口が挟めなかったので無理矢理、止めた。
上手く自白してくれた。俺は助かったが彼らはこんな調子で公安調査官として大丈夫だろうか。ふと疑問に思ったが口にはできない。
「うわっ。コンプレックスを刺激するツラをしてやがる。あーあ、せめてトムくらいの身長だったらなぁ。人生変わっていたかも。」
渚佑子を紹介すると溜息を吐いたあと、なにやら呟く。
渚佑子の容姿は彼らのなりたい姿のようだ。まあ身長が低い美人さんだからなあ。
「まあ、それは俺もお互いさまだ。君がGIDなら失礼だと解っているつもりだが、君くらいの身長があったらと何度思ったことか。」
この辺りは本音を吐露しておく。嘘を吐いてもしかたがないからな。
「オッサンは女装しねえのか?」
やっぱり突っ込まれたか。本気で遠慮が無いな、この調査官。だが人の懐にスッと入ってくる。コミュニテイーで人気があるのも解る気がする。
だが我が社の女性従業員の方がもっと期待する目を向けて聞いてくることに較べればなんてことはない。
「ああ。忙しいのでな。女装しないつもりだ。」
流石に彼らを前にしたくないなんて言えない。
幾ら従業員を喜ばせるのが好きだからといって、女装して成し遂げたいわけじゃない。別のことをして達成すればいいのだ。
「つもり?」
今度はジロウ調査官が言葉尻を捉える。できれば突っ込まないで欲しかったな。
「この任務に危険性は無いと思うが万が一、調査官が命の危険性に晒され、俺が女装して潜入しなければならないとなれば、何を置いてもするさ。だからといってワザと危険な目に遭わないでくれよ。大切な命なんだからな。」
ここで言う危険性とは危害が加えるような組織が見当たらないというだけで、中傷しようと悪意を持って近付いてくる輩は含まれない。
「バーロー当たり前じゃないか。そう思うだろジ・・ロウ。どうしたんだジロウ。泣いているぞジロウ。」
ありゃっ。言葉を選んできたつもりだがジロウ調査官に泣かれてしまった。
「だぁって・・・界隈の友人たちどころから関係を持った人でさえ、こんなにも大切にしてもらったこと無い!」
ジロウ調査官が顔を上げる。今まで見た目は全く解らなかったが、メイクしているようで目の周りが汚れていた。なかなかの高等テクニックのようだ。
「そうだな。さっきのはグッときた。ここにベッドがあれば間違いなく押し倒していたな。オッサンはそっちの人じゃないんだろ。」
やばい。なんか話が変な方向へ向いてきた。どうなっているんだ。
「奥さんと子供もいるぞ。」
少し防波堤を築いてみる。
「いや、そうじゃねえ。流石にわかんねえか。解らなかったらいい。」
セクシャリティの話をしているのは解ったが獲物を狩るような2人の視線にたじろいでしまった。だがすぐに優しい視線に戻ってくれる。中田や賢次さんが向けてくれるものと良く似ている。これなら友人になれそうだ。
「とにかく、2人共このチームを引っ張っていってくれ。頼んだぞ。」
女装Gメンは近々ムーンライトに掲載するつもりです。




