第6章-第56話 いやがらせ
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「あっ。しまった!」
選挙期間中に石礫くらい飛んでくるだろうと思って、紐パンに魔力を投入し続けていたのが拙かったらしい。飛んできたのは、腐ったトマトだったのだ。
全力で投げられたそれは選挙カーの壇上の手前で破裂し、聴衆に降りかかってしまった。組織的な犯行だったらしく避けられないように複数の箇所から投げられたソレが辺り一面の聴衆を汚した。
「犯行に加わったのは、掲示板サイトで集められた人間で主犯格は別に居るようです。」
誰もが呆然としている中、渚佑子の対応は早かった。
聴衆の中から投げた人物を見つけ出し、どんな方法を使ったのは解らないが犯行の動機や実行タイミングなど洗いざらい聞き出すとヨレヨレになった犯人を首相についていたSPに引き渡したらしい。
1日の選挙活動が終った後、警察から事情聴取を受けた。幸いにも外国要人からのアポイントメイントが無い日に当たったのだが、犯行が行われた後の行動を聞かれたのだ。まるでこちらが加害者のかのようだ。
犯行があった場所では、5秒程演説を中断したたけで終らせ『移動』魔法を使い、次の選挙区に行った。犯行の一部始終と次の選挙区の様子はテレビ局のカメラにも収められ、その日のニュースで放映されていたのだが、それが全部デタラメだと言われてしまったのだ。
『ゲート』を使い九州から東北に移動したのが、頭が凝り固まった警察官には理解できなかったらしい。
俺はまだいいのだが、渚佑子がキレそうになっているのが怖い。
コンコン。
扉が叩かれる。
「失礼しまあす。久しぶりね。渚佑子さん。来ているなら言ってくれればいいのに。・・・巡査部長代わるわ。」
若い女性が顔を出した。
「野際警視!」
事情聴取していた警察官が立ち上がり、大袈裟なくらい直立不動の姿勢だ。階級から雲の上なのは解るが、同じ職場に居る人同士とは思えない態度だ。
この若さで警視ということなら、キャリアつまり第一種国家公務員試験合格者だろう。
「お噂はかねがね。」
彼女が丸い椅子を持ってくると俺と渚佑子の間に割り込む。片手は俺の膝の上だ。
警察官というより、銀座のホステスみたいだ。
苦手なタイプかもしれない。
「志保さんの事件ではお世話になりました。」
渚佑子が頭を下げる。
志保さんこと、女優『西九条れいな』が誘拐されそうになった事件は報告を受けている。
女優としての自分よりも医者としての自分を重要視する彼女は敵が多いらしい。中田から説明を受けた俺は渚佑子に指示して調査・監視させており、路上から連れ去ったタイミングで渚佑子を動員したのだ。
それほど危険じゃないと判断した渚佑子は裏方に徹していたらしい。本当は俺が行こうとしたのだが止められたのだ。
この事件を担当した刑事が出世したという話は聞いていたが、こんな若い女性だとは思わなかった。
「そもそも、どういう知り合いなんだ?」
話を渚佑子に振ってから後悔する。渚佑子がニヤリと笑ったからだ。聞いてはいけないことだったらしい。
「鈴江さんの同級生なんです。」
えっ。
俺は慌てて指輪を『鑑』に回すと目の前の女を確認する。確かに同じ年齢だ。鈴江も若く見えるほうだと思っていたが目の前の女に較べると目尻の皺やくすみが目立つ気がする。
「いやあ。バラさないでっ。巡査部長、席を外してください。」
「ですが・・・。」
「トップシークレットの話になります。調書は出来ているようです。よろしいですね。」
彼女の年齢は警視庁でトップシークレットらしい。事情聴取も終わりらしい。助かったようだ。
「はい。」
ヤクザも震え上がるような顔の彼女を見た巡査部長が素直に頷いて出て行った。
「彼女は警視庁でトップクラスの人気を誇る女性で荻尚子さんの妹さんでもあるんですよ。」
ソコか。ソコから繋がっているのか。更に身体を寄せてくる彼女を『移動』魔法で渚佑子の隣に逃げる。本人はサービスのつもりなのかもしれないが、俺にとっては嫌がらせだ。こういう少しお水っぽいところが人気の秘密なのかもしれない。




