第6章-第53話 さいせいまほうのつかいみち
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「!」
周囲が突然明るくなったと思ったら俺と同じ姿の少女が佇んでいた。俺は、その隙に元の姿に戻る。良かったヴァーチャルリアリティは正しく動作しているようだ。
「ちょっと演出過剰じゃないですか?」
案の定、ヴァーチャルリアリティ空間に現れたチビ女神は神々しかった。ヴァーチャルリアリティのサーバー内の映像を使って映画の演出のような登場の仕方だったのだ。ヴァーチャルリアリティのサーバーも自由に操作できるらしい。
「第一声がそれなの?」
仰々しい出現の仕方だったが、相変わらず思考が人間臭い。
「嘘臭いですね!」
神なんだから、ヴァーチャルリアリティのサーバーを操作せずとも人間に干渉することは可能だと思うんだがな。手を抜きすぎなんじゃないか。
「そこまで言う!」
折角、ご登場頂いたのに只の子供の喧嘩になってしまった。
「女神様。それで説得にご協力頂けるのでしょうか。」
「誰が?」
俺が女神の姿を使った抗議の為に出てきただけらしい。安いな。
「女神・・・。」
それでもハワードの母親には十分だった。女神の方向にライトがあるかのように眩しそうに見つめていた。
「それは私のものだ。渡せ!」
母親から聞き出した鍵の在り処から一通の書類と鍵を取り出す。スイス銀行と取り交わした約定のようだ。
再びハワードの母親を抱きかかえて元の部屋に戻ると複数の男たちが拳銃を持って待ち構えていた。
「叔父上。」
「なあハワード。コイツはバカなのか?」
俺はハワードたちを庇いながら、前に立ち塞がる。これくらいなら紐パンの防衛範囲内だ。
「なんだと貴様っ。」
「そうじゃないか。シュワルツベルク家の系譜をみたことがあるが、ハワードの母親の代以前は直系当主以外絶えている。つまり、お家騒動を避けるために家を出て行ったか。殺されたか。そんなところだろう。だがお前は幾ばくかの相続を得て、シュワルツベルク家の一員として席を置いているだけでも優遇されているんじゃないのか?」
シュワルツベルク家には何らかの秘密があり、直系相続は何かしらの意味があると思っていたのだ。まさか裏にヒットラーの埋蔵金があるなんてことは想像できなかったがな。
この男がヒットラーの埋蔵金の存在を知っているか否かは解らないが、こうやって直系以外にシュワルツベルク家の秘密を知るものが出てくる。
先々代の当主は、なんて危険なことをしたのか。まあハワードの母親の資質では仕方が無いか。
「あんなハシタ金。それは先祖が残したものだろ。後継者を残せないハワードよりも俺に受け取る権利があるはずだ。」
ハワードが性転換手術を受けたことで当主の座が転がり込んでくると思ったらしい。なんて浅はかだ。たとえ当主が傍系に流れるとしてもハワードが死んでからだろう。
「はっ。何を勘違いしているのかと思えば、この姿のことですか。ご心配無く、既に3人の女性が精子バンクの精子から人工授精に成功し妊娠しております。程なく子供も産まれるでしょう。」
まあそうなんだろう。女性に性転換したぐらいだ。女性と性交渉を持ちたくなかったというのも当たり前なのかもしれない。相手が偶々俺だったというのは問題だが。
「ハワード。父親になるのか。それはおめでとう。できるならば父親として、子供を育てて欲しかったな。」
あまり他人の家庭に口を出すのはよろしく無いが、あまりにも一般的な家庭と掛け離れた境遇で育てられる子供が不憫で差し手がましい口を挟んでしまった。
「やはり気に入りませんかトム。貴方が日本で推し進めていることから、掛け離れていることも知っています。できれば知られたく無かった。でも、もう遅いんです。何が何でも、心と身体を受け取って貰います。」
「ダメーっ。」
抱きついて来ようとするハワードとの間に渚佑子が割り込む。
不味いな。潔癖症気味の彼女のことだ。ハワードを受け入れている俺のことを不潔だと思ったのか・・・えっ・・・ハワードが、ハワードが、ヴァーチャルリアリティで見た姿になった。
つまり顔だけイケメンで化粧と服はそのままで・・・、ポイントメイクだった所為で顔はケバくなっており、洋服はちきれそうになっている。
「渚佑子! 何をした?」
な・・・何が起こったんだ。
「あ・・・いえ、無意識に『再生』魔法を使ったみたいです。・・・ゴメンナサイ!」
渚佑子は律儀に頭を下げて謝ると消えた。『転移』魔法を使ったらしい。
そうか『再生』魔法を使えば、性転換手術は無かったことになるのか。後で厳しく叱っておく必要がありそうだ。
まだ敵は拳銃を持ったままだというのに、自分のしでかしてしまったことに動揺して、周りが見えなくなっているようだ。
「本当に済まない。君が苦行を乗り越えてきたことは解っているつもりだ。渚佑子のしたことは、俺が全て責任を取るつもりだ。」
あまりにも非道い結末に無条件降伏する。これでハワードを含むシュワルツベルク家の制御を渚佑子に任せることもできなくなった。反目しあう両者を俺が制御しなくてはならないらしい。
「この姿で抱いて下さい・・・冗談ですよ。そうですね。子供を育てて成人するのを見届けたら、ちゃんと性転換して抱いて貰いに行きます。」
割と簡単に立ち直ったハワードの言葉に絶句してしまった。これで二重に傷つけてしまった。でも・・・でも・・・やっぱり無理・・・。
こっちが頭で逡巡しているうちに、ハワードは勝手に結論づけて話を纏めてしまった。
「くそったれ! だがここでハワードを殺せば同じことだ。コッチのアリバイは完璧なんだ。殺れ!」
男が手を上げると銃声が鳴り響く。
もちろん、紐パンの防衛範囲内で銃弾は全て足元に落ちていった。驚きの顔の男たちが必死に弾を撃ち続ける。全弾撃ち尽くしてしまったようだ。
「無駄だ。」
俺は男に近付くと『送還』魔法を唱えたのだった。




