第6章-第52話 ひっくりかえる
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「おおっ。」
そんなに驚くことかよ。
ヴァーチャルリアリティ装置が置いてある部屋までハワードの母親を連れて行くのに、俺が抱え上げると周囲の人々から歓声があがる。
確かにこの女性は俺より身長も高く体重も重そうだが、今時介護施設では良くあることだ。
以前、介護事業に参入しようとしたとき、介護の担い手に背の低い方々が多いことに驚いたものだ。てっきり柔道をしていた方々などが居るものだと思っていたのだ。
軽量化の魔法陣を使えば、なんとかなりそうだったが、とてもペイできるほど儲からないことが解っているのでセレブ向けの完全自費の介護施設を建設しようとしている。
介護保険を使わずに家政婦が代行していたように無資格者でも働ける施設にしたいのだが、実際は参入障壁が多すぎて頓挫している。結局は介護保険を利用した施設に自費サービスを追加したものになりそうだ。
「社長。何にやにやしているんですか!」
渚佑子に指摘されるまでニヤけているとは思わなかったのだが、生まれて初めて力持ちだと褒められたのだ。
元々、非力なほうでは無かったつもりだ。100円ショップの補充箱2箱くらいは軽々持ち上げられるのだが、俺が傍に居ると周囲の人々が重そうな荷物から片付け始めるので見せる機会が無かったのだ。
「いやいや、にやけてなどいないぞ。俺も意外と力持ちだろ。」
初老の女性とはいえ女性を持ち上げているのだ。変な意味で捉えられたら困る。それでなくても渚佑子は潔癖症気味なのだ。暴力を振るわれたら防戦一方になって非力だと誤解されてしまう。
「おおっ!」
周囲の人々が俺に対するものの数倍の歓声をあげる。
何も俺ごと持ち上げること無いじゃないか渚佑子。
「天使様! 私、こんなにお婆ちゃんに・・・。えっ。」
「お綺麗ですよ。」
お世辞を言っているわけじゃない。本当に綺麗なのだ。ヴァーチャルリアリティではDNAに刻まれた姿じゃなく本人の記憶を使って映し出している。だから過去の記憶を使えば、若い頃の姿も思いのままなのだ。
もちろん、本人が提出する映像を使うこともできるようにしてある。元妻のように記憶喪失している人も居るからだ。
この辺りはヴァーチャルリアリティのサーバーのルート管理者権限を持つ俺ならば、どのようにも操作できる。もちろんヴァーチャルリアリティ空間からも操作可能だ。
「社長は変わりなさすぎです。」
俺が彼女に出会った25年前になってもらっている。もちろん俺も思い出して貰いやすいように21歳の姿になっているはずなのだが、渚佑子には不評のようだ。
「それでハワード、何か聞きたいことがあったんだろ。」
「ハワード・・・?」
「そうです。息子さんです。」
そこにはイケメンという言葉では表せないくらいの美少年が佇んでいた。どう考えても整形後のほうが不細工に見える。勿体ないくらいだ。
母親が今の状況になったのが5歳のときだったというから、解らなくても仕方が無い。
「きゃあああああ・・・・、全て押し付けてしまって・ご・ごめんなさい!」
それでも、自分の記憶からハワード当人だと認識したのか。悲鳴を上げてしゃがみ込んでしまった。
「別に構いません。私も成人しましたので全て覚悟しています。」
ハワードが母親に寄り添い、真剣な表情で告げている。
「あんなもの。私の代で終わりにしましょう。」
母親は首を振る。説得が上手くいかないようだ。
「駄目です。全てトムに引き継いで貰うんですから。」
「何の話だ?」
突然、出てきた話に戸惑って聞き返した。
「スイス銀行にシュワルツベルク家が戦前・戦中に荒稼ぎした資金がプールしてあるんです。ただ眠らせておくより有効活用してもらったほうが良いですよね。」
「あれか。強制労働うんぬんってヤツか?」
第2次世界大戦中にドイツが行った非道である種の人々に強制労働を課したというのは有名な事実だが、それにシュワルツベルク家が関わっていたという噂があるのだ。
実際にはシュワルツベルク家を調べてみると現代の財産は戦後築かれたものばかりだったので、単なる噂か。インフレで碌々残らなかったのか。どちらかと思っていたのだが・・・。
「それもあるんですけど・・・・・・。」
「なんだ?」
「・・・ヒットラーの埋蔵金って知ってらっしゃいます?」
突然、ヒソヒソ声に変わる。ヴァーチャルリアリティ空間の中だ。全てサーバーに記録されているだがなあ。後で削除しておく必要がありそうだ。
「あれか。眉唾じゃないのか?」
日本にも徳川の埋蔵金伝説がある。滅んだ国には得てしてある噂で、ドイツがヨーロッパ各国を占領した際に中央銀行に眠る金塊を奪ったとされている。
「あるんですよ。それも一族が横領したものが・・・。」
いやいや、ヴァーチャルリアリティのサーバーから絶対に削除しておくぞ。ヤバすぎる。
ハワードの話によると、シュワルツベルク家がヒットラーから埋蔵金を使い原爆開発を依頼されたが大半を横領したらしい。それが本当なら、歴史がひっくり返る。
「違うんです!」
ハワードが全てを話終えると突然、お母さんが異論を挟む。
「・・・・・・。お母様!」
「違うんです。父は女王陛下たちに頼まれたと申しておりました。それでもヒットラーの意に沿い、強制労働ほか我が一族が戦中に極悪非道を行ったのは事実なんです。汚れたものなんです。」
あのバ・・・いやいや、あの人なら、そのくらい保険は掛けておきそうだ。踊らされたんだな。
「大丈夫。全て引き受けます。どれだけ汚れていようとも、私が触れれば・・・。」
視界が下がっていく。
「お嬢ちゃん。誰?」
演出として、あのチビ女神の姿を借りたのだが不評だったようだ。指輪の『偽』を使い姿をヴァーチャルリアリティに取り込んで置いたのだ。
どうしたらいいんだ。これ?




