第5章-第48話 ばいこくど
お読み頂きましてありがとうございます。
あけましておめでとうございます。本年も引き続きご愛読のほどよろしくお願いします。
「何故、黙秘なんかしているんだ。」
イギリス全権大使の随行員に入れて貰い、ゲイン会長に会いにいった。
ゲイン会長の容疑がストックオプションを有価証券報告書に記載しなかったというものだったのだが、ヤオヘーの経営を任せる際に渡した分だったのだ。
この男、律儀にも自分の収入は全てアルドバラン公爵家としての収入にしており、ヤオヘーの会長職として引っ張り出したときに無理矢理ストックオプションを押し付けたのだ。
ストックオプションの名義は俺になっており、差額で得た収入に対する税金は俺が払っているので全く法律上問題無いはずなのだ。名義が俺だと言えば何も問題ないはずなのだが・・・。
「・・・貴方が悪く言われるのが嫌なのです。」
お前もか・・・。
契約金のつもりで渡したのだ。世界的には標準的な金額なのだが、日本では高額報酬で何故そんな金額を渡したのかと批判の対象になりかねない。
だがそれだけの働きはすでにしてもらっている。純利益の1%も渡していないのにバカバカしい。
「拘置所の中は寒いだろ。」
「そんなこと無いです。」
「解った。こんなことでお前を失いたくないんだ。」
ゲインは今年70歳だったはず、限界は近いはず。
「・・・・・・。」
「ダメなのか。仕方がない。お前が止めても非常手段を取らせて貰うからな。」
「渚佑子。今回の黒幕は誰だ。」
「確実とは言えないですが大野沢派の議員秘書が検事と面会しています。」
渚佑子でも無理か。流石に国会の重鎮。慎重に動いているらしい。
渚佑子の説明では俺が逮捕される前の話らしい。
「大野沢派の議員が法務大臣だったから、首相を動かしても無駄だな。」
選挙中に指揮権を発動させようというのも非常識だが。こんな時期に特捜部が動くというのも非常識だ。それだけ、切羽詰まっているのだろう。
だがベストタイミングだ。大野沢まで辿れないだろうが俺が冷血だということを知らしめさせるために利用させて貰おう。
「本気ですか!」
鈴江がヤオヘーの社長が飛んできた。
俺が持つヤオヘーの総発行株式の27%を英国ハロウズに譲ることにしたのだ。これで経営権はアルドバラン公爵家に移る。
ついでに登記上の会社名もヤオヘーという名前も消え、日本ハロウズという会社名に変える。
「お前は社長のままだ。拒否は許さない。但し、取り巻き連中は窓際にいって貰うがな。」
コイツの取り巻き連中が内部告発を行い、検察が動いているのだ。許せるわけが無い。
債務超過に陥ったヤオヘーを俺が引き受けた後、取り巻きたちの年収も随分、回復したはずだ。恩を恩とも思わない奴らに掛ける恩情などない。
「なっ・・・。」
「ちやほやされるのは構わないが、何が会社の利益になって、何が会社の利益にならないか考えて行動しろ。渚佑子も溜飲が下がったか。こんなことは、もう勘弁してくれないか。」
「解って・・・。」
渚佑子に視線を戻すと一瞬、動揺したのか視線が宙を舞う。
余程、目障りな存在だったらしい。裏で俺の悪口でも言っていたのだろう。
「俺の目は節穴じゃないんだ。2度目は無いからな。」
意図的に見逃して、俺の怒りを買うように仕向けたのだ。上手いことを考えるものだ。だがそれによって無関係の人間を巻き込むのは許さない。
渚佑子を敵に回せば、どうなるか容易に想像はつくが、こればかりは譲れない。
「それでは、貴方がゲイン容疑者にストックオプションを渡したというのですか?」
目の前の記者が容疑者扱いするのをジッと耐える。そんなことで喧嘩するほどバカじゃない。
「そうだ。日本の会社が払う安月給では海外の優秀な人材は雇えないので、俺が経営から手を引く前に受け取ったストックオプションを渡した。もちろん彼が株式に替える際に出た利益に掛かる税金は俺が払っている。」
「6億円が安い? そんなバカな。」
ゲイン会長が行った積極的な多角化M&Aでヤオヘーの総売上額は10兆円を超え、利益額は1000億円以上だ。なのに彼に支払っている報酬は純利益の1%にも満たない金額なのだ。
「ヤオヘーほどの利益が出る会社。海外ならば億ドル単位の金を渡すのが普通だ。2桁ほど違うんだ。だから謝罪の意味でハロウズへ株式譲渡することにしたんだ。一部店舗の名前としては残るが会社名『ヤオヘー』の名前は消える。経営陣や一部管理職は代表取締役社長を除き、刷新されることになっている。」
「1000億円もの利益を出す企業の株式を海外の企業へ譲渡だなんて、ありえない! 貴方は本当に日本人ですか!!」
なんだしっかり調べてあるじゃないか。まあ日本人じゃないけどな。
「日本人なら日本のためになることをするなんて甘い考えは捨てるんだな。それに俺は既に1度、国に裏切られている男だ。誤解もあったから、今はこの場に存在しているが再び裏切られれば、全てを海外の国々に売り払い経営の第1線から手を引こうと思っている。」
日本が技術大国と言われた時代、不況下に大量に技術者を解雇して技術が海外に流出してしまった。会社に裏切られた人間がいつまでも会社に忠誠を誓うはずが無いことが解らなかったなんて、この国の経営者は、お粗末すぎるのだ。
人間はどんな状況下でも生きていかなければならない。社会に属しているかぎり、収入を得なければ生きていけないのだ。何を売ってでも生きていかなければいけない。そんなことも解って無い日本人が多すぎる。
「売国奴!!」
慌てて目の前の記者が口元に手をやり塞ぐが、もう遅い。今のやりとりはテレビ局を通じて、日本じゅうに流れてしまった。
これで前回の記者会見は口先だけであって日本という国を優先してくれるだろうと甘い考えを抱いていた人々の目も覚めてくれるだろう。
実際にヤオヘーという利益を生む仕組みという日本の国益の一部をイギリスに渡したんだからな。
『売国奴』と罵られる主人公。『鬼』『悪魔』と罵られるところまで行き着く予定です(笑)




