第5章-第42話 いしゅがえし
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「何故。あんなこと。やっぱり由吏さんのためなの?」
2人が部屋から出ていくと幸子が怪訝そうな顔を向けてくる。
「何のことだ。」
「あの男は敵じゃない。素っ気ない態度を取るものだと思っていたのに。」
「俺も大人になったということじゃないかな。」
「えーつまんない。」
「何、ぶりっ子してるんだ幸子。」
しまった。雷が落ちるぞ。
単なる従業員だったころは気安く冗談として受け取ってくれたが、肉体関係を結んでからは雷を落としてくる。普通、逆だろ。全く。
「ギャフンと言うところが見たかったのに。」
いつもなら手酷いしっぺ返しがありそうなのに、何も言わないどころか視線を合わそうとしない。
「そう言えば、幸子はいつ帰ってきたんだ。まさか、非常口を使ったのか?」
帰ってくるという連絡があった覚えは無い。勝手に帰ってくるのなら飛行機を使うように言いつけてあったのだ。
「いいじゃない。私だって心配したのよ。これでも我慢して全てが終ってから大統領に許可を得て帰ってきたんだから。」
やっぱり、ホワイトハウスの幸子の部屋に設置してある空間連結の扉を使って帰ってきたらしい。
俺が視線を合わそうとしない幸子に歩み寄り、抱き締めると驚いた顔を向ける。
「なんだ。その顔は、俺だって幸子のことが好きだぞ・・・おいおい、何で泣いているんだ。」
俺が喋りかけると幸子の瞳から堰を切ったように涙が零れてくる。
「だあって・・・好きだ。なんて、今まで1回だって言ってくれたことが無かったのに。」
涙で化粧が崩れた顔がコンパクトを取り出した数秒後には綺麗に戻っていた。どういう構造だ。まるで魔法のようである。まさか、そんな魔法を習得したのだろうか。
「そうか? 確か睦事で囁いた「それはそれ。これはこれよ。ゴメンね。」」
そんな酷いことをする俺じゃないが、確かに正面切って言ったことは無かった気がする。最後の謝罪は、鈴江のことを問い詰めたことだろうが気が付いていないことにする。あれはあれ、これはこれだ。
「言ったことは無かったが、鈴江が居るころから好きだったぞ。」
従業員としての幸子は好きだった。女性として愛していたかと言われると違うと断言できるが。
「そういう好きじゃないわよ。・・・解って言っているでしょ。」
「照れくさいんだよ。さらっと流せよ。そういう性格だろ。大丈夫だ。ちゃんと女性として愛しているよ。俺の心の中に占める割合は高いんだぞ。」
愛する女性として、従業員として、冗談の言い合える友人として、世話好きなオバチャンな面も好きだし。彼女を本気で好きなんだな。
「大半が従業員としてでしょ。解っているんだから。」
「・・・・・・・・これで解ったか?」
濃厚なキスをしてから問い詰めてみると真っ赤な顔になった。まあ否定はしないけどな。
「それで、何故あの男にあんなことを言ったの?」
その日の夜、アメリカに連れ戻し、久しぶりに抱いた彼女は可愛かった。
まだ聞く気らしい。あまり言いたく無いんだが、空気を読んでくれよな。
「いいんだよ。わざわざ、お使いに来てくれたんだ。ご褒美くらいださないとな。」
「お使い?」
「そうだ。現職の三多村肇氏と言えば、民主政治党で常に中立派として有名なんだ。今回も折衝役を買って出たんだろう。鷹山首相に着くと確約を得たかった。なんてところかな。」
その温厚な性格ゆえ民主政治党内でも大きい派閥を築いたが、大臣の椅子は経験せずに最終的に衆議院の議長で引退することになった。
孫は肇氏と性格や政治思想が違うため、別派閥に属することになったが地盤は引き継ぐことになる。別の党からの立候補でも、まず間違い無く当選するだろう。
「何故。首相に着くと言わなかったの? 結構、馬が合いそうだったのに。」
幸子は俺と首相の関係を知らないはずなのに、ズバリ鋭いところを突いてくる。この辺り、歴史がものを言うな。流石だ。
「そうかな。日本の政治家は苦手なんだよ。俺のファンだというからリップサービスしてるのさ。」
まあ確かに年上の割には気さくでいいやつなのは確かだ。良く首相なんかやっていけるとは思うほど、お人好しだ。それだけでは日本の首相にはなれない。裏の顔も持っているのだろう。俺と同じように。
だから馬が合うのかもしれない。
「本当にそれだけ?」
「バレたか。ああは言ったが、俺が全面的にバックアップしても、奴は当選しない。」
「どうして。今、松阪はトムが流す仕事で潤っているんでしょ。」
「それでもだ。あの土地柄は、本家を裏切った分家に当選させるなんてことは絶対無いんだ。徹底的に排除されて終わりさ。」
昔、由吏姉さんが言っていたが。
有力者の親類と交通事故を起こした商売人が追い出されたそうだ。
まあそういう保守的な土地柄なんだと思う他無い。俺からの仕事も最終的に三多村家が間に入ることによって、問題無く進んでいるのだろう。万が一、奴が立候補して俺が唆したとバレたとしても、チバラギからの通路の土地の所有権は握っているから、追い出されても問題無い。
「ははん。それで由吏さんとあの男が別れることを狙っているのね。全く悪い男ね。」
「いやいや。あれだけ彼女の前で言ったんだから、今頃は必死で止めているだろうさ。なにせ彼女は政治的なカラクリの師匠でもあるんだからな。バレバレさ。」
「えっ・・・えっ。どうして?」
「彼女は俺が日本の政治に首を突っ込むことを嫌がっていたことを知っていて、彼を連れてきたんだ。ちょっとした意趣返しと言ったところだよ。」
まさか。この後に更なる意趣返しが彼女から返ってくるとは全く思っていなかったのだ。
これも一種のネトラレ男の哀愁になってますが元妻ほど酷いわけでは無いと思います。
久々の幸子回でした。如何でしたでしょうか(笑)




