第5章-第41話 うらぎり
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「野党第一党の党首だろうが都知事だろうが政界関係者には会わない。断っておいてくれ。」
「でも鷹山首相には会うんですよね。」
やけに突っかかるな。今日の千代子さんは。そんなに政界が面白いのだろうか。まあ傍から見ている分には面白いがな。
「友人として相談には乗るが公式には会わない。」
昨日の夜、マンションの自室にさつきと現われたときは驚いたが、あれはきっとさつきが首相にお願いしたのだろう。今回の行き過ぎた報復行動をしきりに気にしていたからな。
大野沢氏が訪ねてきたことも伝えたが、裏切るなんてことは無いと信じているらしく。俺からアメリカ大統領へのパイプを作りたいのだろうということだった。
今後も日本が先進国の一角として残れるように宇宙開発は蓉芙財閥が取り仕切ることや1年後に控えている衆議院選挙での協力を確認すると安心したような顔で帰っていった。
「正式に面会を申し入れてきても断るんですね。」
「ああ。」
高層マンションに自室を持つ彼が押しかけてきたら断れないだろうが、公式に会いたくはないな。公式に会談を持てば、否応無しに政界のゴタゴタに巻き込まれてしまう。
日本という国を動かすのは大変なのだ。根回しに継ぐ根回しが必要で、それだけ労力を使っても必ず動くという保証は無い。それをするぐらいなら、大統領に頭を下げて圧力を掛けて貰ったほうが物事はスムーズに動く。バカバカしい限りだ。
「わかりました。」
珍しく千代子さんが溜息を吐く。それがどんなに難しいことなのかは解っている。
「考えすぎだぞ。俺に悪い噂のひとつやふたつ増えたからといって、今と大して変わらないさ。普通に断ればよいんだ。」
「そんなこと・・・。」
「世間は気にするな。裏でコソコソ言う輩なんぞ気にしても仕方が無い。」
「でも・・・でも・・・嫌なんです。」
「解ってるさ。努力するのは構わない。だがそのことで落ち込んでいる君を見たく無いだけだ。エゴを押し付けるようだが、君が必要なんだ。割り切ってくれないか。お願いだ。」
「・・・・・・・・。」
俺がいつものように熱弁を振るうと真っ赤な顔をして部屋を出て行ってしまった。よっぽど嫌だったらしい。まあそのうち平気な顔で戻ってくるさ。
「なんだ渚佑子。何か言いたそうだな。俺、厳しすぎたか?」
ジッと見る渚佑子の視線に耐えられなくなった俺は少し下手に出ることにした。
「1度死んでパワーアップしてきたようですね。」
溜息を吐きやがった。
「身体か? 心もそうなるといいんだがな。」
「三多村由吏さんが? もちろん、お通しして。」
松阪から由吏姉さんが訪ねてきた。なんだろう。
「突然、お邪魔してごめんなさいね。この人が話したいことがあるそうなの。」
社長室に現れたのは、由吏姉さんと旦那さんの三多村久継氏だった。
「単刀直入に言って、貴様は与党民主政治党に着くのか、それとも他の党を応援するつもりなのか。どっちだ。」
「ちょっと待ってください。何の話なんですか?」
「今、民主政治党は分裂の危機だと言われておることは知っているよな。貴様の態度如何によっては大きく割れることもあるというのに政界の誰とも会おうとしていないそうじゃないか。」
明日、開催される臨時国会で内閣不信任案が提出される見込みだ。既に与党の反体制派からも辞任を求める声が出ており、かろうじて賛成多数で成立する可能性もあると一部のマスコミが取り上げている情勢だ。
「財界の人間ならば、誰でもそうでしょうが勝った方に着くだけですよ。個人的知己から頼まれば応援するつもりはありますが、今態度を表明しても何の得にもならない。」
「首相から頼まれれば応援演説くらいするということか?」
「いいえ。多少の資金的人員的なものくらいですね。そこまでする義理はありませんから。」
鷹山首相には貸しばかりで借りと言えるものは何ひとつ無い。彼もそのことは了承していて、俺に何も頼もうとはしてこないのだ。
個人的に彼の地元で応援演説してくれというくらいならば良いと思っているが党全体に関わるようなことは、絶対したくないし、元凶である俺に反感を持つ人間も多く、できないだろうと思っている。
「そうか。じゃあ三多村家ならばどうする?」
「貴男が立候補して、由吏さんに頼まれれば、資金的人員的なものは元より応援演説も行いましょう。」
「何故。俺なんだ。」
「三多村家では世代交代だそうですね。次回の衆議院選挙では現職の三多村肇氏が引退されて、則継氏が立たれると聞いています。だが既に則継氏は民主政治党の反体制派閥からの立候補が決まっている。もちろん彼でも資金的人員的なものはさせて頂きますが、もう一歩踏み込むならば俺は貴方がいい。調べたところ則継氏よりも周囲に慕われておいでだ。俺にリスクを踏ませたいならば、貴方もリスクを踏んでくれということです。」
つまり三多村家の主流を口説き落とすか、裏切りって立候補をしろと言っているのだ。彼はこれまで本家である則継氏のサポートとして裏方の役割を果たしてきている。本家と分家の関係は絶対だ。
だが此処へ来て、大逆転の芽が出て来たのだ。由吏姉さんのコネを使い、俺に太鼓判を押して貰えば勝機も見えてくる。そう思って彼は此処へやって来たのだ。
「俺、俺は・・・。」
「もう一言、付け加えるならば。鷹山派から出馬して貰えば、比例代表順位を上げて貰うように首相に進言してもいい。」
そんなことをしなくても、今の松阪の活況である仕事の流れが俺から由吏姉さん、そして三多村家へ流れていることを知る人間は多い。彼らにすれば久継氏のほうが大事なのは解っているはずだ。彼がコケれば仕事が三多村家へ流れなくなる。どちらを選ぶかは自明の理だ。




