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第4章-第37話 ふさわしくない

お読み頂きましてありがとうございます。

「あー疲れた。」


 アメリカ宇宙軍が駐留するグアムを経由して別の便に乗り換え、ニューヨークに到着した。3時間余りのうち2時間が乗り換えという圧倒的な近さになったが『移動』魔法が封じられた俺にとっては十分な長旅だった。


「トム。オッサンみたいよ。」


 俺が伸びをすると笑いながら石波が返してくる。


「何を言うか。俺はオッサンだぞ・・・。」


 ヤバい軽口で禁句を口にしてしまうところだった。コイツと居ると大学時代に戻ったみたいでヤバい。


「私はオバサンでしょ。」


 コッチが口を滑らさないようにした禁句を石波が易々と口にする。全く気にしていないみたいだ。


「そんなことは無い。綺麗だよ。」


 大学時代よりも9.11事件のときよりも今のほうが輝いている。留置所での姿は見なかったことにする。


「あんなに綺麗な奥さまたちに囲まれているトムに言われてもね。それにハタチに戻れたとしてもトムの隣に並べばオバサンに見えるの。解っているの。」


 『たち』って誰のことを言っているのだろう。石波にはバレて無いはずなのになあ。彼女にバレたら大学時代の女友達に総スカンを食らいかねないので箝口令を敷いたのだ。


「外務省専門職員採用試験のために海外留学生を捕まえては言葉を教えて貰っていた頃のことか? 結局、何カ国語を話せるようになったんだ。」


「そうねリーディングだけなら9カ国くらい。日常会話レベルは7カ国。通訳レベルは3カ国かな。」


「凄いな。流石は『女史』と呼ばれた女は違うな。」


 オバサンというよりも研究者だった。化粧っけも無くひたすら語学の勉強を続ける彼女についた渾名は『女史』だったのだ。


「あの頃の私は忘れて。あの頃のトムは・・・なんで、そんなに変わってないのよう。お肌もスベスベのまま、女性の立場が無いでしょう。ドイツ語の履修で初めて会ったときは子供っぽくて絶対に海外旅行目的だと思ったもの。」


 俺の顔を近くでマジマジと見てくる。若い若いと言われるが45歳を超え、髪の毛で隠しているがコメカミ辺りにシミが出来ている。表情によっては目元に皺が寄るので無表情に務めている。これでも気にしているんだがな。


 ドイツ語の教授は生徒を連れてドイツに行くのが慣例となっていた。変わった格好のヒゲを生やし気取った服装をする先生で面白がられていたことだけは覚えている。


 商社希望だった俺は海外での商品開拓のために英語、ドイツ語、ラテン語の習得を目指して猛勉強していたのだった。


 当時、大学で3カ国語以上履修する人間は皆無で俺以外にもう1人居ると聴いて、教えて貰おうと石波に会いに行ったのだ。


「俺も、お前は教授の海外旅行は絶対に行かないだろうと思っていたんだがなあ。」


 勉強に興味が無い人が完全に観光目的で行くことが多かった教授の海外旅行。俺が行かないと言うと語学の勉強法を教える代わりに一緒に行こうと脅されたのだ。


 ドイツ語の勉強法で悩んでいた俺はバイトを増やし費用を工面して同行した。


 当時既にドイツ語がペラペラだった彼女はとにかく海外体験がしたかったようでリーディングも覚束ない俺を連れて自由時間を目一杯使い連れ回してくれた。そのお陰か随分ドイツ語のリーディング能力が向上したのだ。


「トムもリーディング能力は向上したみたいね。さっきから5カ国の言葉を聞き分けて言葉を返していたわよ。なんで日本語が相手に通じるのか解らないけど。それってまさか・・・。」


 俺は声を掛けられ易いらしく日本でもそうだが海外でも現地の女性に現地の言葉で話しかけられる。言葉が通じると知ると親しみの籠った視線を向けられるのである。


「そう『魔法』だ。その人の母国語なら解る。反対に別の言葉で喋られると解らないんだ。」


 周囲に英語を母国語とする英語圏で中国人に早口の英語で捲くし立てられると一発でバレるので普段は解らない振りをしているのだが、うっかり対応していたらしい。


「それズルいよ。私の青春を捨てた猛勉強はなんだったのよう。」


「渚佑子なんか。もっと凄いぞ。あらゆる生き物と意思疎通が出来るんだ。」


 俺も指環の『翻』を使えばできるが動物のほうから話し掛けてくれないと全く通じない。『勇者』のスキルは話しかける気が無くても意思疎通できてしまうらしい。


「屠殺場では働けない能力ね。」


 それは俺も嫌だ。


「だから語学力という意味ではリーディング能力は落ちているんじゃないかな。あの旅行のときの方が余程、理解しようと頑張っていた気がする。」


 結局、商社では英語以外を話す機会が無かったのでドイツ語を喋る機会は全く無かったのである。シュワルツベルク城に行ったときに少し使ってみるか。幻滅されたりしてな。


「そうね。いつのまにか女性に話しかけられていたものね。スケジュールが決まっていたのに金髪碧眼の美女の招待を勝手に受けちゃうし、あのときは断るのが大変だったんだからね。」


「てっきりホテルのティールームへのお誘いだと思ったんだよ。まさか屋敷で開催するティーパーティーだとは思わないじゃないか。」


「あの人、貴族よ。エレガンスさが違うでしょ。あのときは惜しいことをしたわね。シュワルツベルク城のお屋敷なんて外観だけでも凄いのよ。今でもドイツで1位2位を争うお金持ちだし、内装に絵画にいったいどれほどのものが見れたか。」


「えっ。あれはシュワルツベルク城だったのか?」


 凄い縁だな。20年以上も昔に招待された屋敷に再び招待されるのか。


 ちょっと待て。本当に偶然か。


 偶然だよな。当時はまだハワードは生まれていなかったはずだ。


「そうよ。言ってなかったっけ。」


「聞いてない。偶然だが出資者の中にシュワルツベルク家の人間が居るんだ。屋敷に招待されているんだが、お前も一緒に来るか?」


「えっ。・・・嫌よ・・・冗談じゃないわ。」


「なんだ突然。行ってみたかったんじゃないのか。スケジュールなら調整できるぞ。」


「貴方はシュワルツベルク家の黒い噂は知らないのね。」


「知っているよ。彼の持つ調査機関は秀逸だな。アメリカCIAでも突き止められなかった今回の黒幕の正体を突き止めていたようだ。それに暗黒街や殺し屋に繋がりがあることも知っている。まあ俺も黒い噂のひとつやふたつはあるしな。」


 完全に個人と個人の繋がりらしく渚佑子でも突き止められないが各国の情報機関では有名な話だという。


 彼が出資者になった当時は俺が詐欺師扱いだったが、今では彼が出資していることが俺の黒い噂を肯定するものだと位置づけられているのだ。


 さつきなどは早く手を切るように薦めてくれるが、全く実害は無いし、いざとなれば自分でなんとかできると思っているので放置していたのだ。


「だったら何故?」


「ははん。20年前の招待を断るときに『婚約者』の振りをしたんで怖がっているんだな。」


 石波は早口で捲くし立てたが、鸚鵡返しに相手がゆっくりと喋った言葉は理解できたのだ。


「あ、あなた・・・り、理解・・・していたの?」


「『婚約者』なんて有名な単語を聞き逃すと思っているのか? 当時は知らない振りをしてやったけどな。」


 みるみるうちに石波が赤くなっていく。真っ赤だ。


 知らない振りをしながら急に腕を組んできたので、その腕に当たる豊な胸の感触を楽しんでいたことは内緒だ。


「私の気持ちなんてとっくの昔にお見通しで・・・。」


「気持ちって。俺たちの関係はギブアンドテイクだろ。確かにそう言ったよな。大学時代はあの旅行に同行。今回はお前の夢である駐米大使のつもりだったんだが迷惑だったか?」


「そうじゃないの。いや夢は確かにそうなんだけど。」


 ここまで言われれば鈍感と言われる俺でも解るがいまさらどうしてやることもできない。過去には戻れないのだ。


「やめよう。大学時代は楽しかった・・・ではダメなのか。楽しくなかったのなら、幾らでも文句は聞くけどな。」


「じゃあ今は、その隣に居る権利は無いのは解っているけど。少しの間だけでも一夜でも、あの・・・あの・・・。」


「やめとけ。こんな男はやめとけ。誰が許しても親友の俺が許さない。」


 彼女の夢だった外交官という仕事のうち出世して大使になるには外交官試験、現在は第1種国家公務員試験を突破することが必要で外交官に必須の能力である語学能力は不要でひたすら暗記につぐ暗記漬けで出題範囲も身内しか知らないという外交官の親が子供に受けさせる試験らしい。


 それを3年生の途中で気付いた彼女は外務省専門職員採用試験に切り替えたのだが、夢は変わらず大使になることで小国とはいえ大使になれたときは胸を張って報告してくれたのだ。


 そんな彼女に娘や従業員のためという名目で、金儲けは法律ギリギリ、いや法律を破ってでも儲け、敵対する人間は切り捨ててきた俺は相応しくないのだ。


「そうよね。大学時代誰も落せなかった男だもの。隣に居るだけでどれだけ優越感を得られたか。大学時代は楽しかったよ。9.11事件のときに頼ってくれて嬉しかったよ。今も傍に居られて幸せよ。」


 勘違いをしている。大学時代、誰にも告白されたことは無かった。由吏姉と別れた後、ずっと引き摺っていることを察したのか誰も寄って来なかった。女っけはゼロだったのだ。


「俺が悪かった。勘違いさせて悪かった。だがお前の役は誰にも代えられない。ずっと傍に居て欲しいんだ。」

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