第4章-第36話 ねらわれている
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「トムはいったい・・・。だから泣かないでって、ズルイでしょ。」
石波の顔を見ると勝手に涙が零れるのだ。
「みなみ。俺は『魔法使い』なんだ。あのときにこの力があれば・・・そう思ってしまうと、どうしても涙が零れてしまうんだ。」
石波みなみが彼女のフルネームだ。その彼女に抱きつき耳元で囁く。
「うん。解る。」
俺の背中に回る彼女の腕に力が入る。彼女もあのときは俺と同じように無力感を味わったのだ。
「でも、これっきりにするよ。アメリカでみなみに会う度に涙を見せてては何を言われるか解らないからな。大役を押し付けて悪いが一緒に汗を流そう。」
官僚組織への直接的な指示は鷹山首相経由だが、事前の根回しは彼女を通じて行う。半ば社会主義国に対する手法だが建前では三権分立だが官僚が権力を持つ日本では致し方無いのかもしれない。面倒な国だ。
「うん。頑張る。」
「将来は事務次官クラスにまで出世しろ。お前にならできるはずだ。」
一躍有名人になるであろう彼女を民間会社がスカウトしようとするかもしれないので釘を刺しておく。官僚組織も外務省のみならず、宮内庁以外は積極的に登用するに違いない。
「えっ。うん。トムに言われると出来る気がする。」
「さて、あとは仕上げだな。」
身体をゆっくりと離すと彼女の顔を見つめる。やさしい笑顔だ。
「何をする気なの?」
「俺の逮捕を無かったことにする。」
「そんなこと出来るわけが・・・出来るの・・・出来るのね。」
俺は『自空間』魔法でスマートフォンを取り出すと必要な連絡をする。幾つか考えてあった手段のうち、一番チャチな手段だが一番効果がある方法だ。
「俺はこの不法な逮捕に抗議する!」
スマートフォンの画面の中では俺そっくりの顔の人間が記者会見を開いていた。つまり誤認逮捕したと言っているのだ。
ブレーンの中で代役を務められるのは、荻尚子しか居なかったのが地味に痛い。彼女に指環を与え、指輪の『偽』の効果により俺に化けて貰っている。そして俺は荻尚子に化けて、ここから出て行くことになった。
ものすごくチャチな手段だが、アメリカ大統領の振り上げた手はその矛先が無くなり大団円を迎える・・・といいなあ。
まあワシントンに居る鷹山首相との話し合いで落としどころをみつけるだろう。そこは政治家の仕事だ。宇宙軍に組み入れられる在日米軍の撤退スピードが加速するかもしれない。また鷹山首相から泣きが入りそうだ。
荻尚子には予想通り、『勇者』のひとりである那須くんを要求された。もちろん本人を口説き落すのは彼女だが俺に手離せと言っているのだ。彼は俺の直接的な指導下から彼女の指導下に移るだけで保護し続けることには代わりはないのだが、可愛がっていた人間を手放さなくてはならないのはつらい。
まあ相手も子供じゃないので、そういう『勇者』がひとりくらい居てもいいのかもしれない。
「これが『ゲート』なの。トムが作ったものにしては不細工な代物ね。」
石波の派遣は官僚としてはスピーディーにかつ秘密裏に行われた。それでも日本を離れるときには記者会見を開き、抱負を述べている。異例の出世の裏を読みたがる記者が多い。困ったものだ。
俺は石波に同行するわけじゃなく。日米野球のチームメンバーの一員としてアメリカに渡るところだ。
『ゲート』設置についてはあの事件の直後国土交通省の認可が下りている。認可権の乱用だと騒がれていたがアメリカ親善の第1陣となった日米野球の日本チームをアメリカ大統領が推し進めてきた『ゲート』を使い送り届けるというところに意義があるのだという話だった。
俺としては『移動』魔法を使って自力で行けなくなったので迷惑な話だ。
「仕方が無いだろう。製造途中だった航空機の胴体部分に車輪を付けただけなんだ。多くの人員と荷物を運ぼうとすると今あるものを利用したほうが早いんだよ。」
彼女が言っているのは『ゲート』を使うための乗り物だ。航空機から翼を捥いだと言ったほうが早いかもしれない。相当不細工だ。
成田空港の第1ターミナルビルの南ウイングから乗り込むと座席に着く。この便はあくまで元々アメリカの航空会社が使用している南ウイングのグァム行きの枠を利用している。この辺りにも官僚が素早く認可を出せた背景がある。ご苦労なことだ。
ここまでに幾重ものセキュリティーを潜り抜けてきているが最終的には新たな搭乗施設を増設し、テロリストが入り込めないように魔法陣を組み込む予定だ。
「今日は渚佑子さんはいらっしゃらないのですね。」
居られるわけがない。渚佑子は『ゲート』に魔力を投入して開けて、この乗り物が通り抜けた後閉じるという役目があるのだ。
「まあな。それにしても一気に垢抜けたな。記者会見場で見た君を別人かと思ったぞ。」
たった1ヶ月余りで、こんなにも違うのかと思うくらい見た目が変わってしまっていた。真っ黒に日焼けしていた肌は小麦色レベルまで落ち着き、殆どノーメイクだった顔は綺麗に化粧を施されている。
「これもトムのブレーンの方々のお陰です。なんでもかんでもお世話になってしまって、特にチヒロくんにはなんとお礼を言っていいか。」
実は渚佑子から報告がさつきに入り、俺の隣に居る女性に相応しくないとかいう理由で連れ去っていってしまったのだ。俺は別にバリバリと海外で仕事をしてきた結果である真っ黒に日焼けした彼女の外見は気にしなかったんだが、この姿を見ると良かったのかもと思う。我ながら現金だ。
「トモヒロくんは将来のブレーン候補なんだ。何にでも積極的に挑戦する子だったが、まさかメイクにまで手を出しているとはメイクアップアーティストになる気だろうか。」
石波の瞳が若干泳ぐ。トモヒロくんがそういう理由でメイクを極めているわけじゃないということを彼女も知っているらしい。
トモヒロくんは映画女優デビューするということで板垣が社長を務める芸能プロダクション兼広告代理店に所属してくれることになっている。
まあこの件についてはお互いに知らないフリを決め込むことにしよう。下手につつくと大変な目にあう。俺にメイクをさせようと虎視眈々と狙っている輩がブレーンの中に結構居るのだ。
全く何を考えているんだか。
虎視眈々と狙っているのは作者のわたしです(笑)




