第4章-第35話 しょうこいんめつ
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「石波もそろそろ駐米大使でもどうだ? 幾つかの国で大使も経験しているんだろ。」
「外交官試験も突破していない俺がなれるわけが無い。」
ここでも試験か。外務省のキャリア官僚は俺の卒業当時外交官試験に合格した人間だ。その後、特権意識から批判を受け、今は第1種国家公務員試験の合格者から選ばれているが大して変わりない。
石波は外務省専門職員採用試験を合格した秀才で5カ国語を操る。それに小国とはいえ大使も務めており、十分な経験を積んでいるはずなのだ。
「この方で大丈夫なんですか?」
珍しく渚佑子が突っかかってくる。
「ああ。乱暴な言葉遣いのことか。彼女は帰国子女で編入した小学校のガキ大将に吹き込まれたらしい。普段は綺麗な日本語を話すぞ。TPOの使い分けは英語のほうが凄いがな。」
9.11事件のとき聞いた英語はスラングが酷くて、殺気立つ相手には有効だったらしい。
「あんな言葉は普段使わないわよ。忘れて忘れて。」
石波が当時のことを思い出したのか。女言葉に戻る。
「ええと小野田外務次官。アメリカとの関係改善に彼女が必要だから貸してくれ。」
俺は前に立つ1人の事務次官に声を掛ける。半ば強引だが官僚組織のパイプ役を彼女にさせようとしているのだ。
官僚の方々って名前が覚えられないんだよな。思わず指環の『鑑』でカンニングしてしまった。
「・・・せめて一等書記官では如何でしょう?」
次官が言葉は丁寧だが随分ランクを落として取引を持ちかけてくる。
本当ならばノンキャリア官僚が外交官の一種である大国の一等書記官に着任するだけでも大出世だが、大使の傍に付いて公の場に居れないような立場では俺が直接働き掛けてやれない。
日本の官僚組織が本気でアメリカと関係改善を望むのなら何が何でも打たなくてはいけない一手のはずだ。
「ダメだな。公使・・・公使参事官着任で1年後に公使・・・といったところかな。」
「それなら・・・なんとか。」
許容範囲だったらしい。官僚らしく厭らしいやり方だ。
「渚佑子。この方々のご子息たちの名前が入った書類が1ヶ所に纏めてあるはずだ。」
法務省、財務省、内閣府、外務省の事務次官から子供の名前を聞き出して渚佑子に伝える。
「そうですね。いなほ銀行の大手町支店の貸金庫番号D-138の中にあるようです。」
「丁度良いな。俺もそこに貸金庫を借りているんだ。『遠隔操作』魔法で取り出せそうだ。」
「何故貸金庫なんか。社長にもっとも不要なものだと思っていました。」
何でも仕舞っておける『自空間』魔法がある俺には不要と言いたいのだろう。
「大事なものを仕舞うフリをするにはうってつけなんだよ。」
周囲に目があるときにはそれらしく振舞うことも大切なことなのだ。実際に特許関連の書類などは、そこに仕舞ってある。
「私たちの紙袋ですか・・・ただ社長がそれだけのために貸金庫を借りるとは思えません。」
「まあな。いなほ銀行の人間なら中身を確認できるところがミソだ。」
いなほ銀行とは蓉芙グループの主力行と言ってもいいくらい良好な関係を続けているが、シビアに切り捨てるのも早いのが銀行という組織だ。今回の事件でもどう出るか楽しみなところのひとつなのだ。
「性格悪いですね。」
ドSの渚佑子に言われたくないぞ。
「良しあったぞ。書類とマークシートの回答用紙か。それもご丁寧に嵩上げした点数まで書き込んである。これ1枚が流出しただけでも確実に失脚するな。ええと大和内閣府事務次官。この字はご子息のもので間違いありませんか?」
喋りながらも『遠隔操作』魔法で指定された貸金庫の位置から中身を取り出してみせる。この魔法を使えば銀行強盗も容易い。まあそんなつまらないことには使わないが。
「ええっ・・・た・・確かに。」
マークシートを手渡してやると驚きを見せるがすぐに確認してくれた。常識の範囲外の出来事よりも目の前のマークシートのほうが大事らしい。キャリア官僚も親だったということか。
「ええと白井法務事務次官。これを渡しておくから、裏口入学シンジケートの痕跡が残らない程度まで証拠隠滅するように。」
さらに隣の次官に他の書類一式を手渡す。ざっと見てみたが書類には検察庁の官僚も裁判所の判事も対象になっていた。皆で一斉に証拠隠滅するしか無いのだ。
「できるはずが無いだろう。そんなものコピーは幾らでもある。」
身動きが取れなくなった老人が事務次官たちを脅すようにがなりたてる。事務次官たちが楯突くとは思いもしなかったのだろう。
彼にはそれしか手段が残されていないのだ。
「渚佑子。そうなのか?」
「確かにありますね。こっちはお任せください。」
「できるだけ死人が出ないように頼む。」
破壊活動はマイヤーの専売特許だが、渚佑子はさらに精密にやってくれるだろう。得意そうだ。
「『できるだけ』ですか、珍しいですね。」
渚佑子が嬉しそうに請け負う。関東地方を根城にしていた朝鮮マフィアたちは痕跡を残さず消えていたそうだ。いったいどんな手段を使ったんだか。
「ここまで大ごとになってしまったのでは手段を選んでられないんだ。アメリカ大統領の発言以外全てを無かったことにしておきたい。頼んだぞ。」
「はい。お任せください。」
渚佑子が頷くと同時に老人の周囲に居た公安調査庁の職員たちが一斉に倒れた。彼らもその範囲に入っているらしい。
「何なんだ。小僧、お前はいったい何者なんだ!」
呆然と立ち尽くす老人の前に立ちはだかると震える声で返してきた。やっと敵対した人間が小悪党じゃないことが解ったらしい。いや『小僧』などと言っているところをみると小悪党だと思いたいのかもしれない。
「単なる『魔法使い』だよ。じゃあ、じいさん達者でな!」
俺は真実を告げると老人の身体に触れる。すぐに老人の身体が掻き消えた。
「社長。あれはいったい・・・。」
渚佑子が怪訝な顔をする。どんな魔法を使ったか彼女にも解らなかったようだ。
「『送還』魔法だ。無意識に知っている異世界は外したから、俺の知らない異世界に送還されたはずだ。運が良ければ神がインターセプトしてスキルを与えているかもしれんな。」
もっとも送った先の異世界の地球が存在しているという証拠は全く無い。存在していたとしても言葉も通じない先でサバイバル生活が待ち受けているのだ。
テストで満点を取ったとしても、どうしようも無いに違いない。
「あれは異世界からの『召喚』魔法限定・・・解ってて使ったんですね。」
渚佑子が説明する途中で『ニッ』と笑いかけると呆れた顔をされた。
「これが結構コストが掛からなくて使い勝手が良いんだ。MPが満タンで10回連続くらいは使えるぞ。試してみるか?」
渚佑子相手では良くて相打ちかな。
いや渚佑子のことだから何年掛けても異世界で『送還』魔法を探し出して帰ってくるに違いない。
「止めておきます。向こうの世界に社長が居ないですから。」
まるで愛の告白のような言葉を残して、渚佑子は『転移』魔法で消えていった。証拠隠滅のために出掛けたらしい。
彼女も遠まわしな言い方では通じないって解っているはずなんですけどね。




