第4章-第31話 だく
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「丁度良かった。今、マイヤーが産気付いたんだ。」
後宮の応接間に到着すると誰も居ない部屋でセイヤがウロウロしていた。
おかしい。エルフ族は2年身篭り、出産は2ヶ月先だったはずだ。今、俺が行っても邪魔になるだけだよな。待っているしかなさそうだ。
「まさか。日々テレビの映像を見ていたのか。」
後宮のテレビは今、見れなくなっているはずだ。だから俺から適当に誤魔化して説明するつもりだったのだ。
「さつきさんから、連絡があって寝室で配信された動画を見ていたようなんだ。」
インターネットは常時接続されているから、後宮の寝室に設置されたパソコンからは見れる。
道理でさつきが来たがらなかったはずだ。マイヤーもマイヤーだ。全てを見届けようとする意思は解るが、夫の逮捕シーンなど見たいものか?
「おいおい。気をつけてくれよ。後宮を破壊されたいのか?」
セイヤの顔色が次第に青ざめていく。思い至らなかったらしい。
最近はそうでも無いが昔は相当な破壊魔だったらしいからな。後宮の建物にも魔道具による防御が備わっているが、魔法陣で強化しておくべきだろうか。前筆頭魔術師に備えるなんて本末転倒もいいところだ。
「それで大丈夫だったのか?」
セイヤは俺に抱きついてくる。存在を確かめるのは構わないがお尻まで触るなよ。
「この通り・・・と言いたいが、渚佑子の『再生』魔法と『蘇生』魔法で生き戻った。筋力が戻ってないから、セイヤの抱擁も外せない・・・外してくれないか・・・外せ!」
俺の顔を見て喉を鳴らすセイヤに命令するとやっと離れてくれた。まったくスキンシップが好きなんだから困ったヤツだ。
「産まれました。おめでとうございます。陛下、無事男子をご出産でございます。」
侍女が駆け込んでくる。
「マイヤー。良くやった。頑張ったな。」
マイヤーのところに駆けつけると言葉を掛けて抱き締める。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
マイヤーは抱きついたまま離してくれない。泣いているようだ。
「悪かった。心配掛けてすまない。」
「もう我慢できない。トムは私が守る。」
マイヤーが顔を上げて渚佑子を睨みつける。
「わかった。この子の乳離れのすむ5年後を目途に向こうの世界でのマイヤーの席を用意しておくよ。」
エルフ族の乳離れは5年掛かる。その後はゆっくりとした速度で成長していくそうだ。
5年経てば月面の開発がある程度進むはずだ。街として整備してマイヤーの住む場所を作ってあげよう。地球では狭すぎて何処を壊されるか解ったものじゃないからな。
「どうしたんですか? 今日は球威が違いますね。」
チバラギで身体のレベルアップも済み。球場のマウンドで肩慣らしをしているところだ。レベルアップした所為か余裕を持って投げているのにかなりのスピードが出ているようだ。
ダメだダメだと思いながらも力が入ってしまう。
「ああ、少し怒っているのかもしれん。」
「・・・・いまごろですか?」
麻生くんが呆れたといった顔を向けてくる。
「最近、敵らしい敵が居なかったからね。敵が居るのと居ないのとでは随分勝手が違うな。」
「そりゃあそうでしょう。」
「でも相手が確定しないことには全力で抵抗もできない。」
「そんなときは身体を動かして発散するんです。」
「こんなふうにか?」
左投げにスイッチして全力で投げ込むと手元のスピード表示は170キロと出た。パシフィックリーグ最高速度どころかメジャーリーグ最高速度だ。
やばいやばい。幾らなんでもやばい。
身体を動かして発散することもできないらしい。




