第4章-第29話 おぼえていないこと
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「あれっ。チビ女神。」
松阪市で出会った女神様が足元で睨みつけている。しゃがみ込んで抱き上げる。
「何やっているのよ!」
そう言いながらも、ぎゅっと抱きついてくる。行動と言動が伴っていない。
「ここは・・・俺は死んだのか?」
渚佑子と共に異世界転移する際に立ち寄った例の乳白色のうすぼんやりした空間だ。神域と言ったほうが良いのだろうか。
「1度ね。あの子が『蘇生』魔法で生き返らせるところを時間軸を少しイジって来て貰ったの。」
あの時、咄嗟に『移動』魔法で現場に到着し、子供たちを庇ったのだ。常日頃から紐パンに魔力を投入しているから大丈夫だと思ったのだが車という大きな質量の物体がぶつかる衝撃には弱かったらしい。
渚佑子が『蘇生』魔法を使うところで時間が止まっているらしい。
「子供たちは大丈夫なのか?」
今考えてみると他にも手段は沢山あった。車を吹き飛ばせるような魔法は使えないが車の人が居ない部分を自空間に取り込むとか、車の前にコンクリートの塊を自空間から出現させるとか、道路を自空間に取り込んで陥没させるとか、だが実際には身体を投げ出して庇うことしかできなかったのだ。情けない。
「大丈夫。でも何故貴方が庇うのよ。」
「俺のミスだ。結界の魔法陣が設置されていて、ああなるのは予測できたはずなんだ。それに目の前に子供が居て助ける手段があるなら誰でも助けるだろう?」
あのテレビ番組を見たときに素直に出頭すれば良かったのだ。
「初代チバラギ国王と同じバカね。そう思っても身体は動かないものよ。」
酷いなバカ呼ばわりされた。でも怒りは無い。人として当然なことをしただけなのだ。まああとで奥さんたちに怒られるだろうけど。
「それで俺は何故呼ばれたんだ?」
何か俺に伝えることがあるのか。この世界で生まれていない俺にはスキルとか与えられないみたいだし。
「貴方の記憶を奪いたくないの。ここに居る時間も『蘇生』魔法のペナルティに含まれるわ。ここで何を質問しても無意味よ。」
確かに『蘇生』魔法のペナルティと知っていても記憶が無ければ自分がどんな酷いことをしたのか悩んでしまうだろう。俺が余分な悩みを持つことが、今後の世界に何らかの影響を与えてしまうのかもしれない。
「こうして貴女と交わしている会話や抱き締めている身体の記憶が無くなるのか。嫌だな。」
抱き締めている子供の体温が上がった気がする。
「わ、わたしを誑してどうするつもりよ。本当にタチが悪いわね。」
「随分特別扱いされているみたいだが、何故なんだ?」
「スルーなの? 全くもう。女にこんな顔をさせておいてスルーするなんて酷い男ね。」
女神は涙目で真っ赤な顔を真正面に向けて抗議してくる。流石に鈍感と言われる俺でも意味は解る。元々人間として育てられ、神として上手く目覚めれなかった彼女は人間としての感情に引き摺られるのかもしれない。
「俺は初代とは違うからな。君を満足させれるようなものをあげれるとは思えないんだ。」
初代チバラギ国王は病的なロリコンだ。この女神相手なら純粋な愛情や愛欲を向けることも容易いだろう。だが俺には無理だ。相手の見かけが子供というだけで枷が嵌ってしまう普通の男なのだ。
「貴方は私の大切な手駒なの。だから私にできることは全てやるわ。例えば・・・どんな衝撃を受けても壊れない身体にしてあげるとか。」
「おいおい。この世界の生まれじゃない俺には何もあげられないんじゃなかったのか?」
「なにもあげてないわ。肉体的な枷を外してあげただけ。貴方が次に元の世界に戻ったときに今のレベルで最強の肉体になるわ。」
何もしていないように見えるが、もう何かを施したらしい。
「ありがとう。」
最強というとドラゴン族か。その昔居たという魔族なのか。生き物であるかぎり宇宙空間で生きられるといったことは無いだろう。
目の前の女神にキスをしてみせる。
「なによ。何もできないんじゃなかったの?」
全ては記憶外の出来事。今なら何でもできそうな気がする。




