第3章-第26話 ゆうしゃたちのせっとく
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「那須くん。助かったよ。」
「えっ。何がですか?」
「ほらプロテストのときに盗塁の仕方を教えてくれただろう。それに敬遠のボール球ばかりだったから、進塁は簡単だったぞ。」
那須くんはリーグ2位のホームラン数と打率を誇り新人王確実と言われており、この試合も敬遠の四球ばかりだ。打順は1番で俺の次の打者だったのだ。
「僕も社長が相手ピッチャーを揺さぶって頂いたお陰でボール球とはいえ打てるところに来たのでなんとか打点を付けることができました。ありがとうございます。」
結局、この試合で2対0で何とか勝ったものの俺の出塁と那須くんの出塁以外は凡打の山を築いてしまった。1点目はボール球を外野フライだったため、那須くんへの敬遠がさらに遠くなったのを狙い俺がホームスチールを成功させて2点目を奪取した。
「それに引き換え、うちの打撃陣は全滅だな。」
東京ドラドラズの投手陣とは相性が悪いらしく交流戦でも負け越している。流石は前シーズンの覇者といったところだろう。
「まあそんな日もありますよ。ねえ麻生さん。」
「うちの奥さんなんか社長が活躍してくれればそれで満足なんですよ。」
「そういえば社長が登板した消化試合の日、凄い声援だったし、社長の一挙一動を見逃すまいという感覚が伝わってきましたよ。あれって山田ホールディングスグループの従業員たちなんですよね。」
消化試合の内野席を買い取って従業員たちを招待したのだが、俺が打たれる度にブーイングと野次の嵐が巻き起こり、その余りの態度の悪さに調子を崩した俺は初めての敗北を喫したのだ。
外野席に招待したZiphoneグループの社員たちは結構大人しかったのに、何処で教育を間違ったのだろうか。いやいや親の躾けの範囲か。後で招待した従業員の名前を確認したのだが普段の彼女たちはそこまで態度が悪かった人間じゃなかったんだがな。
「柄が悪くてすまない。普段の彼女たちはそうでもないんだがな。」
まあ野球ファンは元々柄が悪い人間が多いからな。野球場だけなのかもしれない。
「あ・あの。」
「那須くん。ツッコミたいだろうが我慢だ。社長の鈍感さにツッコんでいたら切りが無いからな。」
「失礼だな麻生くん。今の話の何処に俺の鈍感さが関わってくると言うのだね。那須くんも口を開けてないで何か言ったらどうなのか。全くもう何でもかんでも最後には鈍感鈍感言いやがって。」
☆
「「どうしてですか?」」
珍しく渚佑子とフラウさんが声を揃えてくる。これは意外な展開だ。この2人を揃えておくと牽制しあって最終的に俺の意見に同調してくるので、今回説得するのにワザと2人共呼んだのに裏目に出たらしい。
「だから君たちの存在は世間にまだ隠しておきたいんだ。聞き分けてくれないか?」
Xデーが何時かは解らないが公安調査庁に目を付けられているということは将来何らかの罪を押し付けられて逮捕される可能性があるということだ。その際に2人が救出のために動いたら、間違いなく日本の行政機関が立ち行かなくなるほど破壊されてしまうに違い無いのだ。
これだけは絶対に避けたい。だから説得を試みているのだ。
この後、チバラギに行ってセイヤとマイヤーにも釘を刺しに行くのだ。アイツらは時々言葉が通じないというか価値観が違いすぎるからな。下手をすれば日本の国土が焦土と化す可能性があるので怖い。
「「ですが・・・。」」
ここにこの2人が加われば日本という国が消滅してしまう。それだけの力があるのは解っている。
「渚佑子も、この国が無くなったら困るだろう? それに敵の目的を探るには相手の出方をみるのが一番手っ取り早いんだ。」
「社長の居ない日本に未練はありません。それに私なら政治機構を残して執行機関だけを排除できます。少しお時間を頂けるならば、官僚のスキャンダルを全て暴いてみせられます。敵はきっとそのどれかに居ます。」
『知識』スキルがあればスキャンダルも暴き放題か。相変わらず凄いな。
「ダメだ。大雑把すぎる。それに首謀者を取り逃がすことになりかねない。フラウさんもやっと人生をやり直し始めたばかりなんだ。世間が君たちの存在を受け入れてくれるようになってくれるまで穏便に過ごす約束だろう?」
「もちろん。約束は果たします。ですがそれは社長が傍に居てくださってくださるからこそです。」
こっちも頑なだな。困ったもんだ。本人の意思に反した行動を取らせるのはここまで難しいのか。
「とにかく俺も脱出方法を幾つか考えてある。逮捕され留置場に入れられたとしても連絡できる手段は残してある。頼むから俺の指示に従ってくれないか。」
仕方なく紋切り口調で説得を終らせる。とりあえず指示が出せている間は大丈夫だと思いたいところだ。




