第3章-第23話 みやげばなし
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『おおっ。セカンドの頭を抜けた球をセンターの社長が捕った。1塁に送球ダブルプレイ。3アウトチェンジ。』
俺は守備位置からベンチに戻ると手荒い祝福を受けた。指環の『守』に守られている俺を叩いても痛いだけだろうに。
「お疲れ。突然、センターポジションに入れろと言われたときは驚いたが縦横無尽の活躍じゃないか。」
監督の傍を通ると引き止められる。
「クライマックスシリーズファイナルステージの第1戦と第2戦は何も出来ずに負けたからな。少し引き締めておこうと思ったんだ。」
今日はクライマックスシリーズファイナルステージの第3戦だ。第1戦に続き第2戦にもエラーを出したセンターの選手の代わりに守備位置に入っている。流石に1メートル刻みの『移動』魔法は疲れる。
先ほどの打球もセンターの定位置に居た俺は『移動』魔法を連発して捕球したのだ。1メートル程度なら目の錯覚で誤魔化せる。
「セカンドの和田に何か言っていたみたいだが。」
ベンチに戻る際にセカンドの選手の肩を叩きながら、グラブで口元を隠して囁いたのだが選手の顔色を見たのか監督には解ってしまったみたいだ。
「ああ。ジャンプもせずに見送っただろ。『ここ一番で活躍しない選手は要らない。明日はお前のポジションを頂くぞ。』って脅しておいただけだ。」
第1戦、第2戦と内野も外野もエラーが連発してしまったのだ。これでは勝てるわけがない。そこで監督に無理を言って、センターポジションを融通して貰ったのだ。
「だけだって・・・すまん。それは俺の役目だな。Bクラスからここまで来れたから安心しきっているみたいだ。」
「そうだぞ。なんなら、監督も代行してやろうか?」
選手どころか監督まで緩みきってしまったのだ。俺が多少ズルをしてでも立て直さないと4連敗もありえたのだ。
「・・・っ。気をつけるから勘弁してくれ。」
「すまん。だがここでだらけてしまえば来季に関わる。年棒は上がったのに活躍はしないんじゃ堪ったもんじゃないからな。」
流石にリーグ戦が1位なのに活躍した選手の年棒を上げないわけにはいかないのだ。俺がいなくても控えの選手がいる。控えの選手がダメでも2軍の選手がいるが、緩みきった彼らには解らないのだ。
「6回以降は適時、那須くんと投手交代して貰っても構わない。この試合は絶対に落さない。2刀流が2人いて随時交代してもルール違反じゃないんだろ?」
「あっ。ああそうだ。そうだとも。」
「本当にシッカリしてくれよ。そんなことも思いつけなかったのか。弛んでいるぞ。」
俺は監督の背中を叩いて話を切り上げた。全くどいつもこいつも。
「それでも那須は甘やかすんだな。」
「なんだ。穂波も甘やかして欲しかったのか。」
ベンチの定位置に戻ると穂波くんが絡んでくる。
「そんなこと言ってねえだろ。」
「穂波は頑張り過ぎだ。クライマックスシリーズ前に肩を壊しやがって。ベンチに入れるだけ、ありがたいと思え。何のための『状態』スキルなんだ。渚佑子に洗いざらい身体の状態まで『鑑定』されたかったのか?」
穂波くんの肩は患部を抉り取り、渚佑子が『再生』魔法で元に戻した。異世界から持ち帰った資産を全て注ぎ込み個人取引をしたらしい。渚佑子に頼むなんて度胸があるというかなんというか。
それでも野球選手としての肩に戻すためには来季のオープン戦まで掛かるらしい。
「止めてくれ。そんなことさせたら軽蔑と嫌味のオンパレードだ。」
「ならば2度とやるな。同じ肉体を持つ麻生くんが出来ることが何故出来ないんだか。」
「あそこは奥さんがシッカリしているからじゃねえ。毎日、チェックしているらしいぜ。あの抱かれたい男ナンバーワンのアイツが試合が終ると奥さんのところへ直行だもんな。」
「渚佑子を娶るか?」
「冗談じゃねえ。そんなこと冗談でも言えねえよ絶対殺される。それに俺は一生結婚しないつもりだ。」
「浮世は流しててもか・・・まあこれ以上は言うまい。失敗しないように上手くやるんだな。」
俺もその手のことは上手くやれる自信は無い。この世界も異世界も嫁候補は増えていくけど、浮世を流せるほど器用じゃないからな。
「今日はなんだい首相? 球場のVIPルームまでやってきて。」
最近、良く球場に足を運んでくるのだ。野球ファンというのは本当らしい。わざわざ千代子さんに俺の出番がある日を聞いてやってくるらしい。
「トム。鷹山って呼んでくれよ。タカでもいいぞ。」
「そういうのはアメリカ大統領とやれよ。もうすぐ外遊なんだろ。忙しいんじゃないのか?」
「全くつれないな。まあジョンに土産話が出来たんだから良しとするか。トムの野手姿なんて日米野球でも見られないに違いない。きっと悔しがるぞ。」
「止めてくれ。向こうでキャッチャーマスクを被ることになりそうだ。」
「それは無いな。トムの顔が見えないじゃないか。」
「そんなことを言いに来たのか。帰るぞ。」
VIPルームに来ても大半はこんな感じで無駄話に終始するのだ。付き合わされる身にもなってみろってんだ。球団社長としては首相がいらっしゃっているのに放置できない。
俺もさっさと奥さんたちと子供たちの顔を見に帰りたいぞ。
「いやいや。そうじゃない。在日米軍の話だ。」
やっとマトモな話に入るらしい。
「段階的削減にしたいんだろ。いいんじゃないか? ジョンも極秘に地球連邦軍の設立に動き出しているから、余剰部隊があるほうが助かるはずだ。何を心配しているんだ?」
「隣国の動きが活発化してきているんだ。」
「北か。前にも言ったが首相官邸を含む皇居、霞ヶ関にはミサイル用の『反転』魔法陣を設置済みだし、原子力発電所にも設置が進んでいる心配するな。しかし、良く日本の昔の政治家は隣国が戦争中だというのに原子力発電所なんか建てる気になったよな。核兵器じゃなくても通常ミサイルを落とされたら終わりじゃないか。」
そういう技術が存在しなかったというのなら解る。だが既に当時のアメリカやソ連には存在したのだ。未来永劫、原子炉が廃炉になるまで他の国々が持てないなんて思うほうが間違っているのだ。
「当時、電力問題は差し迫っていたんだ。」
「せめて止められないのか? 動かしている振りをして月の核融合炉から融通してやってもかまわないぞ。」
止めて核物質を撤去すればいいだけだ。既にアメリカでは開始している。だが日本では議論もろくに進んでいない。
ミサイル用の『反転』魔法陣を作成するにはアメリカ軍のミサイル発射の協力が必要なのだ。経費が掛かりすぎる。お手玉のように何度も『反転』魔法陣に当てても1回のミサイル発射で10枚の魔法陣を作るのが限界だ。
「無理だ。今の日本では絶対に情報が漏れる。官僚のトップは自己の利益で動くからまず漏れないが課長級が野党に漏らすからな。」
予算も貰えないからタダ働きだ。代わりに地球連邦設立の協力は取り付けているが、在日米軍を動かすだけでも大変なのだ。いっそのこと俺がこの国をぶっ壊したいくらいだ。
「最悪ミサイルが飛んできたら『反転』魔法陣を俺と渚佑子が持って跳ね返してやるから、大丈夫だ。」
まあその場合、隣国を飛び越えていくだろうから戦争が始まって隣国は殲滅されるんだろうな。
隣国で核兵器が撤廃されたとしてもミサイル技術は残ります。
原子力発電所に落とされたら・・・日本は終わりですね。
何故、誰も気付かないのだろう・・・気付いていても口にしないだけ?




