第2章-第16話 いじめられっこのこうどう
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「フラウさん。説得は任せたぞ。それから那須くんにお酒を飲ませないように。」
つもる話もあるだろうから席を外すことにした。まあクルミさん以外のキャストが呼ばれてオモチャにされたく無いだけなのだが。
「わかりました。お任せください。」
「那須くんも適当なところで諦めて帰るように。」
それとなく聞いていたのだが熟女の生徒たちは那須くんとデートしたいらしく。スッポンのように食いついてはなれないのだ。那須くんも適当なことを言えばいいのに真面目に拒絶するから話が進まなくなっている。まあ那須くんが笑い物になっている所為で千吾が大人しくて助かった。
尚子さんの予約だった所為か思ったほど掛からなかった精算を行い、店が入っていたビルを出ると渚佑子が待ち構えていた。
「何かあったのか?」
念のために発表会の会場である世田谷芸術劇場に残してきたのだ。
「いえ。フラウを呼ばれたそうで。」
『勇者』には何かあったときに逐一、渚佑子にSNSで報告するように言ってある。あまり守られてないがフラウさんは律儀に報告したらしい。
「クルミ王太子妃が見つかったからな。本人確認をお願いした。渚佑子。まさか、そんなことで持ち場を離れたのか?」
視線を外された。後ろ暗いらしい。
「申し訳ありません。」
「待ちなさい。渚佑子。お前を俺の傍から外すつもりは無い。一緒に行こう。」
千吾と渚佑子を連れて会場傍に停めてある専用車へ『移動』した。
「千吾。お前はもう帰れ。酔い過ぎだ。そんなに楽しい酒だったのか?」
「せんぱぁぃ。まぁた。いっしょにのぅみまひょう。」
早々と店を退散してきたのはコイツの所為でもあるのだ。店のキャストが引いているのがわかるほど俺に引っ付き虫状態だったのだ。
普段から甘えん坊の千吾だが此処までになるのは、彼の母親が中学生のときに亡くなって以来だ。少し気をつけてやらないと。
「済まないが千吾を送って行ってくれ。後は戻っても構わない。」
俺は運転手に告げると渚佑子と共に車を降りる。
「あのう。あのう私。」
「そんなに麻生くんが好きだったのか?」
彼は女性誌の北村と並んでトップ3に入る常連らしい。その麻生くんは入団が決まったと同時にフラウさんと婚約し、1軍のレギュラーを取ったと同時に入籍した。何か物凄く急いでいた感じだ。
そのフラウさんを渚佑子が何か気に入らないらしい。
フラウさんは頑張ってくれている。さつきについて、山田ホールディングスの運営補助を担ってくれている。多少常識が欠けていたが、それも何でもさつきに質問して吸収していっているらしい。
「違います!」
珍しく泣きそうな目で睨んでくる。表情がコロコロ変わる奴だな。
「まあいい。とにかく俺と常に行動するのは渚佑子だ。但し、好きな男が出来たら言ってくれよ。・・・・・・ちょっと待て。楽屋口に救急車が止まっている。何かあったらしいな。」
世田谷芸術劇場の様子を窺ってから帰ろうと思っていたのだが入れそうにない。事が起こってしまった後なら下手に手出ししないほうが良さそうだ。
「私・・・。」
「気にするな。我々だって万能じゃない。もう千吾のマネージャの娘さんたちを含む未成年の生徒は帰ったんだろ。少なくとも俺が手を出す範囲を超えている。とにかく、那須くんには注意のメールを入れておく。今後、彼からの連絡は最優先で俺に回せ。くれぐれもそこに私情を挟むなよ。」
そもそも渚佑子に残って貰ったもの千吾のことが有った所為だ。最低限、マネージャの娘さんが帰ったことは直ぐに報告してくれているから問題無い。
深くは関わっているが荻ダンススクールとはスポンサーの1人という立場だ。まだ俺の従業員じゃない。手を出すとしても先の先だ。
☆
「何で言ってくれなかったのよ!」
結局、荻雪絵とその息子が死に、娘が死に掛けたらしい。あの後、那須くんが会場に戻ってきて謎を解き明かしたらしい。まあ犯人を知っていた俺にとって謎でも何でも無かったけど。
「石井雪絵が狙われていたことか? それとも犯人の息子が追い詰められていたことか? まさか石井勇大が狙われていると思っていたのか?」
まさか主犯のはずの尚子さんに問い詰められるとは思わなかった。
「・・・。」
「これだからいじめっ子は・・・いじめられっ子の気持ちがわからないというんだ。考えてもみろよ。力で敵わない相手に刃物を持ったからと言って立ち向かうはずが無いだろう。自分を解放するには自殺するか。自分より弱い立場の人間に向うもんだ。」
「なんでよ。」
尚子さんが泣き崩れる。
「渚佑子に監視させていたが間一髪で救えなかったことはすまないと思う。だが自分で仕掛けたことだ。一生後悔して生きていけ。死ぬなよ。那須くんの好意が全て無駄になる。これだけ那須くんをキズつけたんだ。心のキズをフォローしろ。嫌とは言わせない。死んだら何度でも生き返らせるからな。」
俺は冷たく言い放つ。そのうち嫌でも自分の立場がわかるだろう。那須くんはバカみたいに正直だから隠してなんかおけないに違いない。
「ちょっと・・・待って。全ての真相知っているのなら教えて。もう何がなんだか。」
「それは俺の役目じゃないな。」
おそらく那須くんの役目だろう。横から探偵役を掻っ攫うわけにはいかないからな。
☆
那須くんの心のキズは、もろ打率になって現われた。逆に投球のコピー能力にブレとなって現われたのか防御率は格段に良くリーグトップの成績を維持している。皮肉なものだ。
「お手数お掛けして申し訳ありません。」
那須くんは打者としてスタメンを外れ、休みの日に荻ダンススクールの代表代行として走り回っている。俺はその付き添いだ。
今日も荻ダンススクールのインストラクターが講師を勤めている文化センターに挨拶に向うところだ。
下調べしたところ、9割方Ziphoneグループや蓉芙グループが文化センターを経営する親会社へ出資していたりして、俺が顔を出さなくても継続に問題が無いのだが那須くんの顔見せのために同行している。俺がフォローできると言ったら、これくらいしかないからな。
残り1割は元々切りたいと思っていたところらしく授業料を格段に値上げしており、生徒数が減り次第荻ダンススクールのインストラクターを切るつもりだったようで、次々と有名人を講師に招いていたりする。
今日の最後に向った文化センターは三星新聞社が経営するもので井筒さんから継続の返事を貰っている。だがそれは水面下の話であって、代表代行の那須くんが顔を出さなくては話が決められないことで決して無駄なことではないのだ。
結局、荻ダンススクールは俺と那須くんが資本金を出し合い株式会社化させた。そうは言ってもやることは少ない。俺の会社に所属させたインストラクターに仕事をマッチングさせるだけだ。個人的に請け負わない分、ある程度の休みなら他のインストラクターに代行させることもできるので肉体的には楽になったはずだ。
文化センターの講師の仕事は歩合制で生徒を教えると授業料の半分が入ってくる。だいたい授業料の相場は1時間1000円から2000円で準備時間を含めて1時間30分換算で5人教えると時給1500円くらい10人教えると3000円くらいだ。
でも社会保険、福利厚生などで半分。さらに移動費を考えると全く金儲けにはならない。だから、インストラクターの仕事は個人的に副業として受けて貰い、空いた時間にフランチャイジーへのパート社員として働いてもらうことにしたのだ。
ダンスの講師の仕事は本当に歩合制だそうです。
文化センター側としてはその時間帯に場所が空くくらいなら少人数でも入って欲しいようですが、講師側としては5人未満だと生活も出来そうに無いというから厳しいですね。




