第2章-第11話 はんにんはおまえだ
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拙作『帰還勇者のための第二の人生の過ごし方』の第3章のネタバレです(笑)
「それがですね。屋敷に居た人間は何も喋ろうとしないんですよ。ただ那須さん、貴方か。荻尚子先生の前なら喋ると言いますので、出来ればご足労願おうかと思った次第でして。」
代表代行とか言っていたよな。大変な人間に見込まれたもんだ。この年齢から将来のことを考えているのは凄いが、あまり負担にならないように釘を刺さないと。うっかり口を滑らせた責任もある、
「ああ荻尚子さんは今、Motyのアメリカ公演のために現地のバックダンサー相手に振り付けの真っ最中だ。出来れば呼び戻したくは無いな。那須くん、試合の無い明日にでも行ってきてくれるか。」
仕事の邪魔をすると烈火の如く怒るからな。アメリカの仕事が終ってきて帰ってきたら釘を刺しておこう。そうしよう。
「それではすみませんが新田巡査部長殿、明日に屋敷に関係者を集めておいて貰えますか。あと出来れば、死体の発見者にも改めてお話をお聞きしたいのでアポイントを取っておいていただけませんか。」
那須くんは穂波くんとは違ってトラブルから真正面に立ち向かうタイプのようだ。穂波くんのように徹底的にトラブルを避ける袋小路に嵌まり込んでしまうこともあるから、周囲に視線を向けながら避けるのが一番良いのだが、少なくとも最悪のトラブルには巻き込まれることはないに違いない。
「死体の発見者にもかね。出来れば推理小説の探偵のような真似は慎んで欲しいんだがね。」
「でも、刑事さんが知らなくて僕が知っていることがあるのでそれを聞いてみたいなと思いました。」
『超感覚』スキルが何かを捉えているのかな。
「それは何かね。今、教えて頂くわけにはいかないのかね。」
「はい。事前に屋敷の関係者に質問してみないと、それが正しいことかどうかさえもわからないんですよ。それから、被害者は靴を履いていたと思うのですが、ブランド名とサイズを教えて頂いてもよろしいでしょうか。」
「ああなにやら1足何万円もする靴を履いておった。」
刑事さんが手帳を開いて説明を加えていく。良くわからないがダンス用のというよりはバスケットボール用のシューズのようだ。
「あと稽古場に白い粉が落ちて無かったでしょうか。」
那須くんはなかなか意味深なことを言うな。人を煙に巻く才能もありそうだ。
「そんなことまでわかるのかね。一時は麻薬かと思ったんだがね。タダのベビーパウダーだったよ。」
ベビーパウダーか。これはストリートダンサーが滑りを良くするために使うやつだな。歌手のバックダンサー陣には使えず苦労していると聞いたことがある。
刑事さんはそれで帰っていった。
「念のために言っておくが、危ないと思ったら逃げなさい。嵌められたと思ったら、俺か渚佑子を呼べ。『移動』魔法でアリバイを作る。それから、ここが肝心だ。あくまで君は野球選手だ。探偵をやるのは構わないが調査は調査会社を使え。さつきのSNSに入れれば優先的に調査させておく。」
確か自宅に来たときにSNSのアカウントの交換をしているはずだ。
「ありがとうございます。」
「それから、これが荻ダンススクールの調査報告書だ。事件のことも少しだけだが載っている。参考にするといい。なかなか良くできたビジネスモデルだがダンスで喰っていくのは大変らしい。」
「そうみたいですね。でも僕は演出家の仕事を手伝うみたいですから。」
まだ聞いて無いらしい。俺が話す問題じゃないな。
☆
ハラッキヨの無期限謹慎を機に那須くんに2刀流をお願いしている。野球で言う2刀流とは投手と野手を兼務する選手のことである。両刀使いでは無いらしい。野手として入団してきた彼だが、我が球団3人の先発陣投手の2種の決め球の投球フォームをコピーすることで6種の球を投げ分けられる。
元々、新人野手としては異例とも言えるほどの本塁打を量産していた彼はオールスターの人気投票としても上位をキープしていたのだが、2刀流として活躍するようになると一気に1位に躍り出た。
「僕にこんな機会が巡ってくるなんて思わなかったです。ありがとうございます。」
先発投手陣不足を彼に肩代わりして貰っているだけで、感謝するのはこちらのほうである。そのお陰で中3日と言われていた俺の先発が中7日まで伸びているのだ。
2刀流のお陰で物凄く使い勝手の良い選手となっている。特に交流戦ではルール上投手も打席に立たなければいけないため持って来いなのだ。
「オールスターの監督の話では途中で数回ポジション変更で投手をして貰うそうだ。心しておきなさい。」
☆
そして俺はコミッショナー采配でオールスターのマウンドに立たされている。
投球練習では受けを狙って、2刀流ならぬ両手に持った球を1回の投球フォームで投げる2球流を見せたところ大受けだったので気を良くしている。
しかもオールスター限定ルールで1打者の途中で右投げと左投げを切り替えても良くなったため、1投球毎に投げ替えたところ2回6人の打者に3安打1ホームランと散々な結果に終ったがこちらも大受けだったので良しだ。
試合が終わり球場を出ようとしたところで那須くんが捕まった。また殺人事件らしい。後で聞いた話では谷田という番頭格の男性が犠牲者のようで那須くんの『超感覚』スキルを持ってしても事件の全容がわからないらしい。
「何故。こんなことをしたのですか?」
俺にも全容はわからなかったが仕掛けだけが浮き上がってきたので当事者である荻尚子さんに問い質す。
「なんのことよ。」
「事件のことですよ。貴女が施した仕掛けで2人もの人間が死んだ。まあそれはいい。」
「あらもう解ってしまったの。でもいいの?」
「ああ未秘の故意なんて証明できないからな。だが那須くんを悲しませることだけは許さないからな。」
「どうせ貴方のことだから、事件に関わっているときには監視しているのでしょう?」
ありゃ。確かに空間魔法で彼の居所は掴んでおり、万が一の際には渚佑子にお願いして『蘇生』魔法を使ってもらうつもりだ。
「バレているのか。」
「なんなら密告してみましょうか。社長にストーキングされているぞ・・・って。彼、貴方のことを尊敬しているから、さぞかし悲しむでしょうね。」
警告するつもりが逆に警告されてしまった。




