番外編 暴走女
お読み頂きましてありがとうございます。
少し趣向を変えた番外編にしてみました。お楽しみ頂けたら幸いです。
彼女に初めて会ったのは、知り合いの社長に連れて行って貰った銀座のバーだった。そこのホステスは皆、ある組の直営のバーで働いていたが、あるとき鉄砲玉が乱入したことで、恐怖を感じ、皆で資金を出しあって、このバーを開いたのだとか。
バーの資本には、一切組関係は入っていないと聞いていたが、念のため、指輪は『守』にしてある。
皆、美人揃いであるが肝っ玉揃いであることを売りにしている。彼女は美人なのだがその中では霞んでしまう程度、唯一目だっているのは、Fカップほどありそうな胸くらいだった。
客の誰もが、胸に目がいってしまうのだろう。客を見る目は、にこやかな表情をしつつも、時折、侮蔑が篭った視線が含まれていると思うのは偏見だろうか。
俺も例外ではなかったが、直ぐに視線を無理矢理引き剥がして、隣にいるマイヤーの手に手を添える。危ない危ない、マイヤーが敵指定でもしたら、大変なことになる。
マイヤーは純粋培養な潔癖なところもあり、連れてくる前にくどいほど、銀座のバーがどんなところかを説明してある。ほんとは、連れて来たくはなかったが、どうしても、付いて来ると聞かなかったからだ。
「あら、珍しいわね。どんな客でも、胸に釘付けなのに。1秒以内に視線を逸らしたのは、新記録よ。ね、サキちゃん。」
おいおい、計っているのか。面白がっているのか。彼女を紹介してくれたバーのママさんが言う。そのときだ、頭の中で、警告音が響いた。俺に対して、魔法を掛けようとしているものがいるようだ。『守』は物理的な防御だけでなく、ごく簡単な魔法ならば精神的な防御もしてくれるらしい。
マイヤーにこっそりと原因を探るようにお願いすると直ぐに答えが返ってきた。どうも、目の前にいる少女が魔族なのだという、しかも・・・。
〈サキュバスのサキちゃん・・・。〉
うっかり、漬物屋の宣伝文句みたいなことばが口から滑り出した。我ながら、オヤジだな。
「ママ、あちらでお客さんがお待ちよ。いってらっしゃいな。ここは、1人で大丈夫だから・・・。」
いきなり、彼女とタイマンなのか?俺を連れてきた社長もお気に入りのホステスと少し離れたところで談笑しているようだ。
「そう、じゃあ、お願いね。」
・・・・・・・
ここは、VIP席で他の客はいないので、密談をするにはもってこいだ。
「なぜ、ここにエルフがいるの?」
「あなたこそ、なぜここに居る。」
「私は、ここで生まれ育ったもの。」
「嘘、この世界には、人間しか居ないはず。」
「そうね。・・・ま、いいでしょう。元人間なの、魔王を倒すために異世界のヒノモトという国に召喚されてね。なんとか魔王は倒せたけれど、この姿で戻って来たの。向こうでレベルアップしたのが原因なんだって。酷いでしょ。」
「ヒノモトって、1500年以上前じゃない、本当なの?」
「さてね。信じないのなら、もうおわりよ。そちらの話を聞かせてくれる?今、『魅了』をその男性に使ってみたのだけど、弾かれたわ。どうして?」
俺はマイヤーの顔を覗きこみ、マイヤーが承諾して頷いたので、左手を差し出し見せる。
「この指輪を『守』にしてあるからだ。物理的な防御もできるけど、簡単な魔法なら精神的な防御もできるらしい。」
「いいわね。これ、ちょうだい。」
「ダメだ。所有者の魔法が掛けてあって、はずれないのだ。」
「なら、指をちょん切れば取れるかしら。」
「な・・。」
「ダメだ。マイヤー挑発に乗るな。君もあまり挑発をせんでくれ。魔王を倒した君にとっては、敵ではないのかもしれんが、マイヤーは火魔法の使い手でね。このバーをまるごと破壊しつくしてしまうかもしれん。」
「それは困るわね。仕方が無いあきらめるわよ。」
「この女は敵です。排除すべきです。」
これだよ。最近は手をだす前に言ってくれるからいいけど、初めのころは、問答無用で暴走したからな。
「ダメだ。魔王を倒すほどなんだ、君が敵う相手ではないよ。な、君を失いたくはないんだ。解ってくれ。」
「あのぅ、こんなところでメロドラマしてほしく無いんですけど・・・。」
仕方が無いだろ、今はこの方法でしか止められないんだから。
「挑発しておいて、それは無いだろ・・・。もう、まったく・・・。」
「ごめんなさい。もう言わないわ。でも、貴方気に入ったわ。コレもすぐ目を逸らしたし。」
彼女は、そう言いながらも、胸を強調するポーズを取る。一度、逸らせればなんということはない。まあ、俺の頭の中には、エトランジュ様というこれに匹敵する姿も入っているしな。
「この女は敵です。排除すべきです。」
まあ、チッパイのマイヤーからすれば、敵かもしれんな。
・・・・・・・
2回目は、イタリアのある有力者の屋敷で行われているパーティーの席だった。なにやら、ローマ法王の側近の枢機卿に近づいているらしい。パーティーでは、その話題で持ちきりだった。パーティーの招待客が彼女の近況について、いろんな話題を持ち込んでくる。
一番気になったのは、ロシアの正教会にもイスラム教原理主義にも近づいているというものだった。いったい、彼女は何を考えているのだろうか。
「あら、変なところで会うわね。」
彼女は、枢機卿に与えられているの部屋から出てきたのである。俺は、指輪を『移』にして、顔を隠して、このパーティーで話し合われるというある企業に対するTOB価格について探っていたところだ。彼女は目立つ、とにかく、この場を離れることにした。
「こっちへこい。」
彼女を連れて、この屋敷を探っていて偶然見つけた秘密の通路を通り、パーティー会場近くのトイレに入り、覆面を取る。
「本当にその指輪は便利ね。欲しいわね。」
俺はとっさに指輪を『守』に戻す。『魅了』を使われたらお手上げだからだ。
「そっちこそ、凄いうわさになっているぞ。」
「そう・・ね。一応、ダミーは置いてあるのだけど、あまり、噂には役に立たないみたいね。」
そうなのだ。彼女は、アフリカであったある戦争を止めた、ある宗教家の側近としてパーティーに参加している。宗教家はダミーで、実質彼女が戦争を止めたのだろう。彼女が『魅了』や『支配』を使えば簡単だ。
「なにをしているんだ。いったい。」
「別に、世界が平和になればいいなって。ところで、戦争の原因で思いつくものは?」
「経済格差かな。」
「商売人らしい発想ね。ほかにもあるでしょ。」
「主義、主張とか?」
「そうね。でも、宗教が引き金になっているものが多いのよ。特に近年はね。でも、宗教ってそういうものでは、無いはずよ。皆、平和を願っているはず。だから、戦争を無くすために活動しているの。」
「神にでも、なるつもりか?」
「うーん、それもいいわね。法の下の平等は無理でも、神の下の平等なら皆受け入れてくれそうだもの。まあ、私一代で、どこまでできるかわからないけども、できるところまでやってみるわ。」
やっかいだな。戦争を無くすと言っているが、逆に戦争の原因になりかねない。もうちょっと、慎重にことを運べばいいのに・・・。
俺は、そう苦言を申し入れた。
「そうね。早急過ぎたかもしれないわね。ありがとう、もうちょっと、ゆっくりやってみるわね。ねえ、偶に会って、助言してくれない?」
「ああ、かまわん。というか、させてくれ。暴走されるのは、マイヤーだけでたくさんだ。」
シリーズの他の作品の話が絡んできましたが、2回目に会ったのは、かなり未来の話です。