第2章-第9話 しょうこん
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『隊長。何ですか? この建物は随分薄っぺらいですね。』
テレビカメラが建物をぐるりと回り込む。幅と高さは数メートルあるが奥行きが1メートルも無い。純粋に空間連結の扉を大きくしただけのものだ。
物凄く不安定に見えるが反対側の空間にも突き出しているので倒れるようなことは無い。
最終的には旅客機の胴体部分のような人が大量に乗り込める車両を作り、飛行機で移動するのと同じようにチェックインして貰うつもりだ。この辺りの製造は六菱航空機が試作した設計図を元に各国の航空機製造メーカーに任せる予定にしている。
「それでトムは何処にいるの?」
「テレビカメラが通り抜けた後に『移動』魔法で建物の裏に待機しているよ。ほら隊長たちが驚いているだろう。今、繋げたところなんだ。」
テレビ画面の中ではわざとらしい演技をする監督と相変わらず大声を出す副隊長のアナウンサーの姿が映っていた。カメラがターンすると建物の前面にゴツゴツとした洞窟が出現していた。
「ちょっと待って。空間連結の扉って、すぐ向こう側に繋がっているはずでしょ。どうして洞窟なのよ。」
「えっ。探検隊と言えば洞窟から始まるものじゃないのか?」
そのためにわざわざアポロディーナにグアム島の地下に空間連結の扉と同じ大きさダンジョンの通路を作って貰ったのだ。
「誰から聞いたんですか。その知識。偏ってます。」
「板垣だけど。」
アイツは意外とオタクだったりする。中学時代は完全な引き籠もり、今でも完全なインドア派だからな。いかにもヤラセっぽい演出も伝授してくれたのだ。
『隊長! 方位磁石がグルグル回って役に立ちません。』
今、隊長が置いた場所には電動モーターが回る仕掛けが施してあって方位磁石を置くとグルグル回るように出来ている。
「何か北村くんばかりがドジを踏んで水を被ったり、落とし穴に落ちたり、迷子になったりしている気がするんだけど。」
テレビ画面ではお約束のように北村が迷子になっていた。そうは言っても自分自身が映っているカメラは頭に取り付けられているのでドジを晒している。
「何でだろうな。アポロディーナには罠は平等に仕掛けるようには言っておいたんだがな。北村とは結婚式で顔を合わせたはずだから、俺の友人だと解っているはずなんだが。」
「結婚式ですか・・・芸能人の彼を知らない人間に取ってみれば評判悪いですね。物凄くトムに絡んでましたもの。皆キレそうになってましたよ。」
「ああアレか。あのときの北村しか知らないんだ。普段はもっと・・・いやいつもあんな風だなヤツは。恥ずかしいことを仕掛けてくるんだよな。何故か。時々嫌われているんじゃないかと思うときがあるよ。」
俺がそう言うと呆れた顔をされてしまった。今回も嫌な顔ひとつせずに引き受けてくれるんだから好かれているのかもしれないけど、良く解らないんだよな。
「アポロディーナさんだけなの? クリスくんは?」
「渚佑子が居ないときのマンションの管理人を頼んだよ。言えばやってくれるけど、圧倒的に居ないときのほうが多い。まあ夜の街もそのうち飽きるだろ。裏で牛耳っているのが渚佑子だと解ったら、尊敬の視線を投げかけていたが渚佑子はキライみたいだからなあ。代わりに板垣が同行しているはずなんだがヤツは被害者だからなあ。煽っているかもしれん。」
クリスは異世界で俺を罵倒したのが尾を引いているらしく、名前を出すだけで渚佑子は嫌がるのだ。
北村が引き起こした解散で板垣が一番貧乏くじを引いたから、結構根に持っていると思うんだよな。板垣がOKを出さないかぎり、北村のMoty復帰の目は無い。
「ほら、ようやくわしの出番じゃ。」
お義父さんが真面目にテレビを見ていたのはその瞬間が見たかったらしい。
テレビ画面では洞窟が行き止まりになり、面々の途方に暮れた顔が映っていた。
映像では随分カットされているが6時間位歩き回っていたのだ。彼らじゃなくてもメゲるだろう。
『ああっ。隊長! 洞窟の壁が光輝いています。』
大げさだな。空間連結で別の場所と繋げただけだ。向こう側から光が暗い洞窟内に差し込んでいるだけなのだ。
『お客様がいらっしゃったようだわい。彼らにも新型スマートフォンを使ってもらおう。』
「ほら出てきたじゃろ。」
テレビ画面には新型スマートフォンを掲げたお義父さんの姿があった。
『ここはいったい!』
少しパニック気味のアナウンサーが呟く。
『ゴンCEOとスティーブンが新作発表会をしておるんだから、スティーブン・ゲイツ・シアターだろ。』
スギヤマ監督が冷静に言う。事前にここに繋げると聞いたときには物凄く驚いていたのに変わり身が早いといおうか・・・まあこういうキャラだからな。
次々とテレビクルーが発表会の舞台に降り立つ。
『次のお客様はアメリカ大統領のジョン・バンカー氏、そして英国王室のケント王子です。』
さらにワシントン・ダレス国際空港とロンドン・シティ空港で『ゲート』の記念式典を実施していた大統領とケント王子と式典に同行していたテレビクルーも雪崩れ込んだ。
『ゲート』の初稼動を実体験したテレビクルーたちは当惑顔だった。それでもせっせと用意していた新型スマートフォンをお義父が手渡していた。商魂逞しい。
当然、その様子はマップルの動画配信にて全世界に放映されているはずだが、日本ではマップルの一部の専門家が報告しただけで終ってしまっている。
この辺りが日本の閉鎖性なのだ。いくら外国で大々的に新技術を発表しても日本のテレビ画面に映らなければ他人事なのである。
だがこのたった1度のヤラセのような番組の放送でもそれを元に日本のメディアが取り上げると全国民が知るところとなる。これがこの番組を製作した狙いなのだ。
その中で唯一泥だらけの北村くんは世界のメディアから無視されたという(笑)




