第1章-第5話 げーと
お読み頂きましてありがとうございます。
「よし。これならいける。」
「どうしたんですか社長。急に。」
渚佑子が怪訝そうな顔をする。
「宇宙船の開発を待たなくても、月に移動する方法を思いついたんだ。」
「社長。そんなことを考えていたんですか? 今、何の時間だと思っているんですか。ヤオヘーの経営戦略会議ですよね。」
やべー。渚佑子が怒っている。目の前では鈴江も怪訝そうな顔だ。
ここは高層マンションの低層階部分にあるオフィスで山田ホールディングスの企業は全て入っている。
その中でも大きい面積を占めるヤオヘー向けに貸し出されたオフィスの会議室で経営戦略会議中だったのだ。俺の主な仕事は親会社としての方針を渚佑子や鈴江に伝えることで、細かい詰めは2人に任せていたのだった。
ここで詰めた内容で鈴江が代表取締役社長として、渚佑子が代表取締役会長として、ヤオヘーを運営していく。俺が直接口を出すことは無い。
意外と鈴江は経営者向きだった。長い間、創立者の娘としてヤオヘーを見続けてきたことだけはあり、元の会社に比べて手綱が緩んでいる部分は、あっという間に引き締めてしまった。
社員の方も決して恨み言を言わない辺り、創業家というブランドは何事にも代え難いのかもしれない。
そうは言ってもかつて流通の雄と言われた会社だけあって、海千山千の人物が多いのでこちらの思い通りには動いてくれない。この手合いは俺が行くと逆効果で、単なる若造にしか見えないらしい。
そういった人物相手は渚佑子の出番だ。
『知識』スキルで相手の弱味を握り、恫喝し、魔法を含めた己の力を見せ付けることで力ずくで動かすらしい。敵に回さなくて良かった。
この頃は完全に任せきりだ。見た目の幼さを十二分に利用し、一部の人間を除き、その本性を悟らせない徹底ぶりで安心してまかせている。
こんな少女がこの辺り一帯のその筋の顔役と昵懇の仲だとは誰も想像出来ないであろう。
元若頭の言葉を借りれば、その恐怖でその筋のトップに恐れられ可愛がられているらしい。
「まあまあ、怒るなって。声に出したのは渚佑子の知恵を借りたかったからだ。空間連結の扉の拡大版を作り、NASAが設置した映像装置を借りて遠隔操作魔法を使い、月とスペースコロニーの壁に貼り付けてしまうんだ。そんなに頻繁に開け閉めすることも無いから、投入する魔力の渚佑子の全魔力の3パーセントから5パーセントくらいに収まるはずだ。」
「出来るといえば出来るでしょうね。でもスペースコロニーに貼り付けるならば、多くの人が知ってしまいます。今までの異世界の技術を隠すという方針から言えば拙いですよね。」
「いや、この世界で一般的な技術のひとつにしてしまうんだ。それを『ゲート』と呼び、まずはワシントン・グアム、ロンドンとグアム、出来れば東京とグアムを結ぶ。」
「それでは流通革命が起きてしまいます。産業革命どころじゃないです。あらゆる運輸業が廃業になってしまうでしょう。そんな大規模な革命が起きれば、山田ホールディングスもZiphoneグループも一定の代償を払わされるでしょう。絶対にお勧めできません。」
「いやあ、頼りになるなあ。そこまで想像して止めてくれるとは。」
「ふざけないでください。知識は知っているだけでは役に立たない。情報と密接に組み合わせ活用するからこそ。その真の力を引き出せるんだ。という社長の言葉を実践しているだけです。」
そう言えば、そんなことも言ったな。そんな一字一句まで覚えて貰わなくてもいいんだけどなあ。
「もちろん、そのままではダメだ。だが時間を区切り、回数を区切り、特定の人間にしか使えないものにしてしまえば影響は極僅かだ。なに、この商売で大儲けするつもりは無い。単なる見せ金だ。こういう技術もあるとみせればいいだけなんだからな。」
アメリカ、イギリス、日本を飛行機を使わずに移動できる。そんなものがあれば1回に10億円掛かろうが、各国首脳と昵懇の間柄じゃなければ使えないとしても、人々はそれを目当てに奮闘し、その席を奪い合うことになるだろう。
ただ、運営する人間が問題なのだ。この世界では『ゲート』に投入できるだけの魔力を持っている人間なんて極僅かだ。異世界から人を連れてくる必要がある。こちらの人間を異世界に連れて行き促成栽培するにも守秘義務上問題がある。
「そうですか。当分の間の『ゲート』の開け閉めは私の仕事になりそうですね。」
「数ヶ月・・・いや1年を目処に人員は配置するさ。それまで頑張ってくれないか。」
「何か良い案があるんですね。」
「チルトングループを活用しようと思っている。前から進出させてくれという話は貰っているんだ。」
異世界の旅館グループであるチルトングループに空港にホテルを作らせる。支配人クラスは全てハーフエルフだ。『ゲート』に魔力を投入するくらい訳も無い。
「あの婆さんですか?」
渚佑子がこれだけ相手を嫌いだとハッキリ言うのは珍しい。大抵は軽蔑の視線を投げかけるだけだ。まあそちらのほうがダメージは大きいんだけど。本当の意味で嫌っているのでは無いと最近解ってきた。単なる一時的な感情らしい。
「おいおい、随分と嫌ってるんだな。渚佑子にしては珍しい。」
チルトングループのオーナーはパリス・チルトンという女性エルフだ。齢900歳というから凄すぎる。
「だって! 何かと言うとあの人は社長の身体を要求するじゃないですか。許せません。」
確かに身体を要求されることもあった。最後の一線は奥さんたちの手前、超えてないがそんなことで商談が有利に進めばバンバン使いたいところだ。彼女の名前を出すだけでマイヤーの顔が歪むからできないけど。
「あの人にすれば俺なんて子供みたいなもの。からかっているだけさ。」




