第5章-第37話 ないと
お読み頂きましてありがとうございます。
「田畑会長、大変申し訳ないのですが、彼女に対するスカウトや不必要な追及は避けて頂けますでしょうか?」
俺はワザと声を潜める。
「なぜ?」
「彼女、実は某王室の専属でして、今回無理を言って来て貰っているのですよ。ここで判断を誤ると国際問題に発展し兼ねないのでお願い致します。」
「ああ、わかった。ゴンからの質問は、代理として、山田殿が一切取り仕切るということでよかったかな?」
「はい、それならば・・・。」
・・・・・・・
「Oh!奇跡だ。これならば、表舞台への復帰も夢ではない!」
初老の男性が車椅子から立ち上がり、やや覚束ないがしっかりとした足取りで歩いた。
人払いをしてゴン氏と田畑会長のほか、俺とマイヤーしか居なくなった病室でゴン氏の両足をマイヤーが治した。
さらに、レアのHPポーションも手渡す。
「こ、これは?」
ゴン氏が助けを求めるように、田畑会長のほうへ向く。
「お前なぁ。何を心配している。たった今、奇跡を貴方が味わったというのに、なんの躊躇いがあるというのだ?」
「そ、そうだな。俺としたことが・・・。」
ゴン氏は、大事そうにポーションを飲み干した。
「おおおお、力が漲る。足のほうも弱っていたのが普通に歩ける。凄い!なんだこの薬は?」
「これは某国の王室に伝わる薬でして、特別に数本だけ分けて頂きましたが本来門外不出の薬です。ですが、今これに近い薬を特別に持ち出させて頂きまして、フィールド製薬で新薬として研究して頂いています。」
「ほう、これより劣るといえ。これに近いものが開発できれば、どれだけの収益が見込めるか・・・。・・・・そういえば、今、フィールド製薬は未曾有の危機なのだったな。大丈夫なのか?」
「そこで、お願いがあります。」
「なんだ、なんでも聞いてやろう。」
「はい、ありがとうございます。今回、私が創業家より訳あって約30%の株式を譲渡して頂きました。私は譲渡前に取得株式をひそかに19%にするつもりです。19%を取得した時点でネット上にリークします。こんな人間がフィールド製薬の株式を過半数持てば、どんなことになるのかと激震が走るはずです。」
「・・・ほう、・・・そうか、俺にホワイトナイトをやれと、創業家の残りの株式と、あわせて50%を超えるように勝負をするが、ワザと山田殿が負ける訳ですな。そこに、新薬のニュースを流せば、株価は持ち直すでしょうな。」
流石に稀代の経営者と言われるだけのことはある。ほんの少し話しただけで全容を掴まれてしまった。まあ、俺の考えが浅いだけなのかもしれないが・・・。
「しかも、朗報がありまして、洋治さんと付き合いのあった暴力団は、暴力団同士の抗争のため、壊滅状態です。そのニュースもうまく絡めて貰えれば・・・。」
「あんな奴、呼び捨てでいいぞ。」
そこへ田畑会長が少し悲しげだが強い口調で割り込んできた。
「会長も、うまく現経営陣をこの路線に誘導してもらう必要があります。あくまで株式譲渡は私への謝罪であって、私が乗っ取りを計画していることは知らなかったことにして頂くことです。」
「わしに被害者ヅラをしろと?そんなことは・・・。」
田畑会長に一芝居打たせることは無理があるかもしれない。だが、この会社を再生するためには、やってもらうしかない。
「いいえ、やってもらいます。経営陣を第3者割り当て増資へ誘導し、友人のよしみでゴン氏が引き受けてくれたことにしましょう。もし、話に乗らないのであれば諦めて、全株式を私へ譲渡すると脅してもいいと思います。」
「あとは、総仕上げに現経営陣の退陣だな。そこは、こっちで進めておくよ。」
俺の意図を読んだゴン氏がさらに話を進めてくる。
「そうですね。会長もお覚悟を。私としては取締役から外れてもらった上で、研究所所長を続けて頂けると世間受けがよく、更に新薬が成功したあかつきには社長に復帰という。ストーリーが無難と思います。」
「うむ。覚悟はできている。社長復帰についてはゴンに任せる。よろしく頼むぞ。」
「あとですね。今後ZiPhoneと表面上敵対関係を演じる関係上、直接ZiPhoneと関係無い人物がいいのですが経営をサポートして頂ける人材が欲しいのですが・・・。」
この件が成功すれば、山田ホールディングスは数千億円規模の資産を持つことになる。そうなれば、俺のワンマン経営だけでは心もなくなってきたのだ。
「解かった。探しておこう。」
・・・・・・・
広島の研究所から駅までのタクシーの中で現物株の取得状況を確認すると15%を超えていた。もう少しだ。会社名義で取得するつもりだった分はキャンセルできた。
帰りの新幹線は東京直通がなかったので、新大阪で1回降りた。駅構内の売店で、豚マンを買う。こういったことも旅の楽しみの一つだ。
まさか、そんな・・・。目の前の光景を見て、目を疑った。
目の前の山が燃えている・・・。
思わず俺は、トイレから戻って来たマイヤーに詰問した。
「はい、憂いを払うためには、徹底的にやるべきです。もう、これで大丈夫です。」
マイヤーは例の組員の所属する組織の総本山である広域暴力団の本部が、新大阪近くの山腹にあるのを覚えていて、火魔法の最大の攻撃力を誇る爆裂魔法を撃ち込んだのだ。
まるで隕石でも落ちたかのように撃ち込んだ場所を中心に半径4キロメートルがクレーターと化していた。火の手は一瞬だったようで、周囲に燃え広がるようなことは無いみたいだ。
これで、広域暴力団が壊滅したことは確かである。
後でニュースで知ったことだが、例の組事務所の爆破のため、全国の幹部達が本部に集結していたらしい。今回の件は隕石を気象庁が見落としており、気象庁の幹部の首が挿げ替えられて終りとされた。
在日米軍やアメリカ航空宇宙局も見落とした不思議な現象として、注目を集めている。しかし、被害者が暴力団ということもあり、すぐに忘れ去られていった。
・・・・・・・
帰りの新大阪から東京までの新幹線の中や自宅までの道は、マイヤーと一言も喋れなかった。マイヤーが悪いわけではない。むしろ俺のためにしてくれたのだから、礼をいうべきなのは、わかっている。
糾弾するなんて持ってのほかだ。だが、どうしても感情面で納得できない、いや人間として納得できるわけでは無かったのだ。
「すまん。そして、ありがとう。」
俺は、そう言うのが精一杯だった。あとは感情にまかせて、彼女を押し倒し一線をこえた。本来、睦みごとの一つでも言えるはずなのに「愛している」の一言さえも言えなかった。
それなのに、彼女は行為が終わったあとも慈愛の表情を浮かべるばかりで何も言わなかった。頭を撫でてくれるその表情に子供に戻ったような気分を味わった。
・・・・・・・
翌日のフィールド製薬の株価は混迷を極めた。暴力団が壊滅したことを高評価とする投資家が現れる一方。まだ、あのボンボンの遺体が見つかっていないことで逃げているとされ。まだ、マイナスだとする投資家が居たためである。
そのせいもあってか株式の取得は順調に行った。そして、金曜日には正式に山田ホールディングスに株式譲渡が完了した。ネットにはリークしておいたが、あとは自然に大口株主としてフィールド製薬に連絡が行くだろう。
そこで初めて筆頭株主の交代が行われたことを経営陣が知ることになる。実際にそこまで進展するのは、週明けになりそうだった。
一線を越えたマイヤーと主人公は・・・。




