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第9章-第86話 やめたい

お読み頂きましてありがとうございます。

「すまない。その提案は受けられないんだ。」


 ワイドショーのスタジオにプロ野球選手会の会長とプロ野球機構のコミッショナーの姿を見つけた時から頭の中で警鐘が鳴っていた。だが俺だけこの場から居なくなるわけにはいかない。腹を括って挑んだ席で提案されたのが、プロ野球選手会の名誉会員への推挙だった。


 プロ野球選手会には労働組合という側面もあるのだが、俺のような使用者側の人間が所属した場合、労働組合としての要件を失うことになる。恐らく将来、どんな場面で使われるかわからないが使用者側の切り札にしようというつもりなのだろう。


 プロ野球機構のコミッショナーは法律のプロがなることが多い。現職のコミッショナーも最高検察庁出身だったはずだ。だが、高潔な人物と聞いていたのだ。こんな卑劣な罠に掛けるようなことをする人物とは思えない。


 俺に対する恨みでもあるのだろう。来年、契約更改出来なくする手法も素早かった。


「何故ですか?」


 後には引けないのだろうが、ワイドショーという公共の場で本当のことを言うわけにはいかない。プロ野球機構とプロ野球選手会に軋轢を生んでしまうことになってしまう。


「すまない。理由も言えないんだ。」


 この場はひたすら謝り倒すしかなかった。


     ☆


 出番が終わりネットには傲慢だのなんだのと俺の悪口が書かれているらしい。ジェイが嬉々と報告してくれるが悪口の1つや2つで事態が収拾すれば安いものだ。


 だが選手会の会長はコミッショナーと共に楽屋まで追い掛けてきた。何が何でも受け入れなければ、会長職を辞するとまで言われてしまった。


「全てを君の胸の内に仕舞ってくれるなら、理由を言おう。」


 一応確認を取った上で理由を話していく。選手会の会長に高揚して赤くなっていた顔が青くなっていく。


「そんなバカな。」


「選手会には弁護士も名前を連ねていたと思うが聞いてみなかったのかね。」


「何も言ってなかった。コミッショナー! これはどういうことですか? 私たちを罠に掛けるつもりだったのですか。」


 やはり、コミッショナーから提案されたことだったらしい。しかも聞いてみると選手会に名前が連ねてある弁護士は元検事だとか。


「止めなさい。プロ野球機構とプロ野球選手会に軋轢を作りたくなかったから、あの場面で一番丸く収まる方法を取ったんだ。俺の顔を立ててこれ以上騒ぎ立てないでくれないか。お願いする。」


「そんなっ。貴方1人を悪者扱いだなんて。」


 本当にスポーツ選手って熱い男が多いよな。なかなか引き下がってくれない。


「構わない。俺の悪名が1つや2つ増えても大した違いは無いからな。約束を守ってくれないか。だから、ここは引いてくれないか。頼むよ。」


「貴方がそこまで仰るならば。」


 俺が懸命に頭を下げるとなんとか引き下がってくれた。


「君は使用者側の人間だろう。何故、そんなことを教えるんだ?」


 それまで黙って聞いていたコミッショナーが口火を切った。


「従業員は大切なんだ。選手あってのプロ野球だろ。」


「ならば何故、うちの征志をスーパーの店員なんかにしやがったっ。」


 知らない間に恨みを買っていたらしい。


「征志さんというのはコミッショナーの息子じゃないよな。」


 さつき基準で俺に悪意を持つと判断した人物は既に調査済みだ。いつだったか報告書に目を通した覚えがある。コミッショナーには確か2人のお嬢さんが居たはずだ。


「甥だ。」


「有り得ないな。何かの勘違いだ。コミッショナーの家系は皆、東大法学部卒と聞いている。そのような人物はうちの会社には居ないはずだ。」


 今Ziphoneグループが所有するコンビニはあるがスーパーマーケットは無い。山田ホールディングス傘下になったハロウズと合併させたヤオヘーのことだろうか。


「何故それを・・・。今や君の会社は航空宇宙産業まで所有するのだろう。東大卒の1人や2人。」


「無いな。中途なら大卒、高卒に関係なく採用しているが新卒は高卒ばかりだな。渚佑子。ヤオヘーに征志なる人物は居るか?」


「はい。中野征志という人間は採用しています。」


「ほらやっぱり居るじゃないか。」


 俺は鞄から取り出す振りをして、空間魔法を使い、中野征志の履歴書を取り出す。


 ああやっぱりだ。高卒となっている。拙いな。


「この人物で間違い無いだろうか?」


 コミッショナーに写真入りの履歴書を手渡す。


「そうだ。そうだとも、征志に間違い・・・無い・・・何故だ。何故大学名が書いていないんだ。」


「時々、居るんだ。大卒を採用しないと知ってワザと大学名を書かない。第2新卒と偽り応募してくる人間が。そこまでして入りたいのならと目くじらを立てないように放置していたんだが拙かったみたいだな。コミッショナー。法律のプロとして、解決策を示して貰えないだろうか。どうすればいい?」


「学歴詐称・・・そんなバカな。・・・まさか・・・解雇するなんてことは・・・。」


 世間一般では学歴詐称の場合、解雇されても致し方ないとされている。


「東大卒か。・・・まあ当人を見ずに決めることじゃ無いよな。コミッショナー、すまないが一緒について来て貰えないだろうか?」


「・・・ああ。わかった。」


「選手会長。このことは内緒でお願いするよ。決してコミッショナーの弱味だと思わないように。言わなくてもわかると思うが彼の出身は最高検察庁だからな。Motyの皆もな。」


「は・・・はい。」


 ジェイがどう動くかわからないが下手につつけば怪我どころじゃなくなるからわかっているだろう。


     ☆


 テレビ局からタクシーを使う。最近は渚佑子の『転移』魔法ばかりだから珍しい。


「山田殿は何故、大学卒を嫌がるのかね。」


 他の大学はそうでも無いが東大卒や京大卒は派閥化がZiphoneでも問題となっている。本当は入れたくない。まさか東大卒が高卒だと偽って応募してくるとは思わなかった。採用時の事前調査はできる限り行いたくないのだが、そうは言っていられないのかもしれない。


「別に嫌がっては居ないですよ。うちの会社の新入社員には不要だと思っているだけです。基本的にそこまで専門教育は必要無いんですよ。スーパーの店員やフランチャイジーの店員なんでね。従業員たちにはいつも言っているんですよ。塾に行かせて大学受験して1人暮らししながら大学に行かせるくらいなら、もう1人子供を育てろってね。」


 全ての楽しみを放棄してお金を掛けても有名大学に入れるとは限らない。例え有名大学に入れたとしても一流企業に入れるとは限らない。一流企業に入れたとしても会社が潰れないとも限らない。そんな時代なのだ。


 会社が潰れなくても、1人で親の面倒をみていくのは大変だ。それならば、高卒で入れる会社に2人、3人と入れたほうが効率的だ。親の面倒も1人でみるよりは複数人いたほうがどれだけ楽かわからない。


 徐々にではあるが賛同の輪が広がろうとしている。それに近い将来、1人も大学に行かせるだけの収入が無い世帯が増えてくることはわかっているのだ。今のうちなのだ。今のうちならば、企業側からこの構造をかえることで就業人口を維持することもできるはずなのだ。


「征志は宇宙エレベーターに興味を持ってね。どうしても、それに関わる仕事につきたいと言っていたのだよ。」


 タクシーの中でコミッショナーがポツリポツリと甥ごさんのことを語り出す。


「それなら、どうして東大法学部なんですか? それだけの学力があれば有名大学の理工学部も楽勝で入れますよね。それなら、傘下の会社で人材を募集していますよ。」


 何も全ての会社で大学で専門教育を受けた人間を排除しているわけでは無い。開発職などは理工学部や専門学校から取っているのだ。


「私が勧めた。特殊な技術の教育だけでは潰しがきかないからな。それに何処の会社でも間違いなく幹部待遇だった。何処で間違えてしまったんだろうな。」


「なにもかもですよ。まあ日本の他の会社が間違っている気がしますけどね。」


「はは。全くだ。」


「渚佑子。中野征志という人物を把握しているか?」


 ヤオヘーの管轄は渚佑子だ。しかもヤオヘー採用じゃないとすると渚佑子の直属の部下かもしれない。


「はい。仕事では実直を絵に描いたような人物です。」


 なんだろう。渚佑子の表情が固い。いつもの冷酷さでは無いということは唾棄するような人物ではなさそうだ。


「うちの会社で出世すると思うか?」


「3年以内には正社員になると思います。」


 新卒の採用時は皆パートナー社員だ。そこから契約社員、正社員と駆け上がるにはただ漫然と使われているような人間では無理だ。


「ほうなかなか優秀だな。手放すのは惜しいか。」


「ですがうちの社員で宇宙エレベーター事業関連となると20年後幹部クラスになれればなんとか関われるという程度ですね。」


 基本的に宇宙エレベーター事業も99%傘下の企業に仕事があり、担当する社員には企業の状況の把握を求められるだけで直接仕事として関われるところは僅かでしかない。


「まあそんなところだろうな。」


 コミッショナーには脅かすようなことを言ったが解雇するつもりはない。採用と決めたからには生涯雇用を続ける。それが使用者としての責任だからだ。


     ☆


「伯父さん。・・・バレてしまったんですね。だから、あれほど『仕事が楽しい』と言ったのに最後まで信じてなかったんだね伯父さん。」


 勤務先は高層マンションの一階にあるハロウズブランド店だ。開店準備のため、教育訓練を行っている最中だった。コミッショナーの姿が見えた途端、何かを諦めるような表情になった。


「まあ待ちなさい。君には2つの選択肢がある。今の仕事を続けるか、何処かの大学の理工学部に入り直して勉強をし直してくるかだ。」


 流石に大学の費用まで責任は持てないがその期間中アルバイトとして雇用を続けてもかまわない。


「えっ。解雇なんじゃ・・・。」


「そんなことはしないさ。君は既に私の従業員なんだ。だが条件をつけさせて貰う。君は東大法学部卒だそうだが、そのことをひけらかせてみせたりしないこと。それから、将来幹部になったとしても同じ大学の仲間を引き入れないこと。この2つだ。さあどうするかね。」


 そもそも大学を受験し合格するということはその大学で勉強する権利を得たというだけで、それ以上でもそれ以下でも無いのだ。だが合格したというだけで大学生活で何も得ずに卒業した人間などクズでしかない。4年間働くことで何かしらのことを得てきた高卒よりも劣ると言っても過言じゃないと思っている。


「もちろん。このままハロウズの店員として渚佑子ちゃんの下で働きたいです。」


 渚佑子ちゃん?


 この男、渚佑子の知り合いかな。


「渚佑子ちゃんって、お前が好きだったという中学の同級生のか。あのときは私も手を尽くして捜したが誘拐の痕跡さえ見つけられなかった。」


「伯父さん!」


 勝手に過去の恋愛感情をバラされた男が真っ赤な顔をしている。渚佑子並みに純情らしい。


「その節はお世話になったようで申し訳ありません。」


 渚佑子も成長したよな。こんなふうに返せるようになったんだな。


「戻って来たんだな。それは良かった。では高校受験し直して会社に?」


 過去にイロイロ言われて来たことを思い出してか、首を振り顔を歪ませている。


「その話は止めて頂きたい。彼女は俺の大切な従業員だ。」


 俺は渚佑子とコミッショナーの間に割り込む。これ以上、渚佑子を傷つけられてはかなわない。


「えっ。ということは中卒。中卒なのか征志の上司は。」


「中卒だろうと高卒だろうと大卒だろうと仕事には関係無いからな。それに彼女は取締役候補だ。並大抵の努力じゃ抜かせないぞ征志くんは。」


「なんと・・・。」


 実社会では中卒の社長もまだまだ多いだろうに東大卒が頭から離れないようだコミッショナーは。


「征志くんは宇宙エレベーター関連の職につきたいんじゃなかったのかい?」


「知識はどんな方法でも習得できますが、人と触れ合う仕事は勉強できません。」


 パーフェクトな回答を返してくれる。本当に優秀なようだ。


「コミッショナー。何か意見は御座いますか?」


「征志も大人になったんだな。これじゃあ、私の方が子供じみているじゃないか。・・・山田殿。非礼の数々申し訳なかった。許してください。もちろん、球団を経営する親族に関わる条文の追加は見送らさせて頂くよ。」


 ちょっと待ってくれ。俺は来年以降もZiphoneフォルクスで野球を続けなくてはいけないのか?


 単なる1年間の休息のつもりだったが、来年以降は他の仕事を十分にこなしながら、プロ野球選手を続けなくてはいけないらしい。しかも完全試合達成投手としてのそれに見合った契約金を払ったら、球団は大赤字だ。


 今、本気で辞めたくなってきた。でも世間は許してくれないだろう。


 一体どうしろと言うんだ。八方塞がりだ。


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