第9章-第78話 何が何でも幸せにしたい
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「中田。しばらくヴァーチャルリアリティに入っているから頼むな。」
「またですか?」
今日はMotyメンバー全員でファンレターメールのチェックをする。以前解散に追い込んだことが尾を引いているらしくジェイ宛のメールは少なく、もう帰って行ってしまった。
彼らに届けられるメールには広告や1ヶ月に何度も届くようなものは除かれているのだが、俺に届くメールは極力全てチェックするようにしているのだ。
しかし、俺も時間に縛られている人間だからどうしても無理がある。そこでヴァーチャルリアリティ空間の速度を上げてもらうことで対処している。
元々、人間の脳で考えるスピードは通常空間の喋るスピードに影響されやすく。ヴァーチャルリアリティ空間ではそれに縛られないため、通常の20倍以上のスピードに耐えられるらしい。
更にヴァーチャルリアリティ空間の中にメールツールを持ち込み仮想キーボードを使うことで返信も出来る。まあファンレターメールの返事は大抵きまっているけど。
「この間みたいに千吾が俺の膝の上で寝ていたとかあったら殴るからな。」
ヴァーチャルリアリティ空間が20倍だからといって通常空間より前に感覚があるわけじゃないから、感覚が届いたあとに飛び起きたとしても全ては終わった後だ。
「何故、僕が殴られるんですか!」
「それは・・・千吾を殴れないだろ。だから責任持って阻止しろ。」
「ひど・・・。」
中田はブツクサ言っていたが放置して、専用のフルフェイスタイプのヴァーチャルリアリティ時空間に飛び込む。
今はヴァーチャルリアリティの中の仮想現実の自分の身体を使って仮想キーボードを操作しているが将来的には頭に網目状付けた電極取得出来た脳波から直接文字入力できるようになるらしい。
ファンレターには幾つかのタイプがある。曲や歌い方、振り付けなどの感想を書いてくるタイプ。自己紹介から始まるタイプ。そして俺を好きだと言ってくるタイプ。
前2つのタイプは定型の返事を送って終わりだが後者はエスカレートしていくことがあるから気をつけているのだ。俺の実体とかけ離れた想像上の俺を作り上げるタイプ。まるでお付き合いしているかのように妄想するタイプ。そして1日に何十通ものメールを送りつけてくるタイプ。
こういったメールには実物の俺を見ることを勧めるメールを送り返すことにしている。
山田ホールディングスのアルバイト募集のお知らせだ。多分、半分はそれで幻滅してしまうのだろうが、食いついてくる人も多い。もちろん、最終面接でお会いして能力的に問題が無ければ入社して頂いている。
俺に好意を抱いている人間が俺の会社に害を与えるはずも無いので問題無いだろう。
全てのメールをチェックするのには他にも訳があるのだ。さつきや側室たちがファンレターメールを送って来ることある。だから、必ずチェックして直接お礼を言うようにしている。
これが一番面倒な作業だったりするが、何度言っても止めてくれないのだ。
「何をしているんだ中田。」
全てのチェックが終わり、通常空間で起き上がると中田の頭が膝の上にあった。
「もちろん。誰にも先輩の膝を取られないようにですよ。」
「お前、マゾだな。マゾを殴っても慶ばせるだけ。さっさと退けろ!」
まあ中田の冗談なんだろうが、やっぱりお前はツッコミ役だよ。ボケ役は下手すぎる。
「へー・ほー・ふぅーん。こんなことをしていたんですね。道理で最近、採用担当者がてんてこ舞いなわけね。」
千代子さんが芸能事務所のウェブマスターの送信履歴を開いて確認していた。
「千代子さん? もう次の時間か。次は社内のメールチェックだったな。」
次の予定を思い出す。ついでだから、こっちもヴァーチャルリアリティ空間内でやってしまおう。
「ごまかさないでください。社内ストーカー化したら、どうするつもりなんですか!」
ヴァーチャルリアリティ空間のメールツールに溜まっていたメールを転送していると千代子さんが怒り出した。
「社内ストーカーって、何処にでも付いて来る従業員のことか? 偶に居るよな。でも『移動』魔法を始終使う俺を追いかけるのは大変だよな。まあ有給休暇を取って楽しんでいるんだから、大目に見てやれよ。」
何処で情報収集したのか知らないが始終出張先で従業員に出くわすのだ。偶然にしては多すぎる。
「し、知ってたんですか?」
「なんだ隠していたのか。俺が従業員の顔を忘れるはずが無いだろう。ところで最近、従業員からのメールが少ない気がするんだが、まさか途中で止めて無いだろうな。」
これは嘘だ。大抵、指輪の『鑑』で確認している。流石に300人を超えた辺りから、覚えきれなくなった。
従業員は順調に増え続けているはずなのに来るべきメールが来ないのだ。
「・・・・・・。」
「なんだ。本当なのか。それは止めてくれ! 社内ストーカーが悪質化する恐れがあるんだ。」
「悪質化ってどういうことですか!」
「仕事を放り出して妄想の世界に旅立ってしまっては会社として大損害だし、誰も幸せになれない。」
「損害は分かるんですが、ストーカーが幸せになるんですか?」
勤怠やメールの妄想具合から判断していつも定型のメールを送るようにしている。
「この間、広報にも書いて貰っただろう。あれをメールするんだ。そうすればストーキングレベルが悪化しないのだ。」
「結婚したら報告してくれ。君さえ許せばハグして祝福してあげたい。というやつですか?」
「そうだ。子供が産まれたら是非子供を抱かせてくれ。皆で家族写真を撮ろう。子供がこの会社に入ったら、皆で一緒に昼食を摂ろう。君が定年を迎えたとき、俺のことが好きだったら2人きりで会おう。と書いただろ。」
他にも昇進すればこれからも頑張って下さいと握手をしたいとか。昇給したときはおめでとうメールをするとか。イロイロ書いた覚えがある。
「あれって、本気なんですか?」
あれをメールすると仕事も頑張るようになるし、人生も頑張るようになるだろう。実際に密かに見守るストーキングがなりを潜めるのだ。
「本気も何も定年退職のときは記念品かレストランディナーを選択できるぞ。そう就業規則の福利厚生欄に書いてある。見ていないのか?」
従業員には仕事も頑張り、旦那さんも子供も居て幸せになってもらうのが一番というのが俺の幸せであり、俺の持論であることは皆も良く知っていることのはずだ。
相手が俺を幸せにしてくれるつもりならば、ディナーの場でもきっとそれまでの人生を語ってくれるに違いない。
「私の定年は社長と2人きりのレストランディナーを選択します。覚悟してくださいね。」
気持ちは嬉しいし、千代子さんの旦那さんや子供も見てみたいのだが・・・。
「イヤイヤイヤ。千代子さんは執行役員だから定年は無いよ。」
Ziphoneでは副業は認めているものの、常勤の兼業は認めていないので執行役員待遇で入社して貰ったはずだ。忘れているらしい。




