第8章-第74話 ずるとづる
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お立ち台に呼ばれたので4打数3安打と活躍した那須くんと麻生くんを連れて出て行った。
「球団社長兼選手の山田投手と麻生捕手、そして今日の全ての得点に絡んだ那須選手に来て頂きました。社長お疲れ様です。初めてのマウンド如何でした?」
俺の呼び名は『社長』らしい。まあいいけど。
「1球目は八木沢さんと呼吸が合わなくて悪いことをしてしまった。」
「ですがド真ん中でしたよね。アレを取れないような選手じゃないでしょうに、彼と何かあったのですか?」
ベンチでやりあった情報が何処からか漏れているらしい。八木沢捕手本人かもしれないけど。
「俺が麻生くんを指名したことが気に障ったんでしょう。」
それなら嘘は吐けない。嘘がバレれば叩かれることになる。
「何故彼を?」
「俺の球を一番良く受けてくれるからね。」
「そういえばコマーシャルでも彼が捕手をしてましたね。本当に消える球なんでしょうか?」
このアナウンサー直球勝負だな。
「俺も良くわからないんですがコーチ陣の話では打者の手元で伸びる球のようです。それで打者が見落としてしまうようです。」
幸いにも打者の真横から中継しているテレビカメラが無いから出来るのであって、真横から見ている観客に取っては消えて見えているはずである。
まあ実際には1球目以外はバットのスイングに掛かる球三つ分飛ぶように調整しているので目の錯覚にしか思えないだろう。
「しかし、あとの8球で3三振とお見事でした。」
「これもZiphoneフォルクスを応援してくださっている皆さんのお陰です。これからも応援よろしくお願いします。」
決まり文句を言うと気を利かしたのか麻生くんと那須くんへの質問に移った。
☆
球団社長室に入ると監督が待っていた。
「約束通り、八木沢と麻生の正捕手と副捕手は交代するよ。但し、ハラッキヨの捕手は八木沢でいいかな。」
ハラッキヨは捕手が八木沢でないと投げないと我儘を言っているのだ。
「その辺は監督に任せる。麻生が打てなければ、八木沢を代打として送って交代させても構わない。だがハラッキヨが余りにも我儘を言うようならば命令違反で2軍に落せよ。」
ハラッキヨの勝ち星数に拘るあまり、数々の違反が見逃されてきており、チームのムードを悪化させてきたのだ。
オープン戦でも数々の罰金制裁を科してきたが今シーズンはまだ大人しいほうらしい。
「それが出来れば苦労はしない。」
「大丈夫だ。それにヤツの年棒が浮けば外国人ピッチャーを2人は呼んでこれる。」
「じゃあ、それまでの間、責任を取って先発陣に回ってもらうからな。」
面倒な。さすがに打者27人に対して81球で三振取り続けるわけにはいかないだろう。『消える魔球』はここ一番用に取っておくしかないな。
「無理じゃないかな。5イニングがせいぜいだ。先発陣なら穂波くんが居るだろう?」
来る日も来る日も投球練習を続けた所為で166キロの球を投げる怪物投手になっている。ムキになって練習する姿に故障して貰っては困ると注意はしているが余計にムキになるだけとわかったので放っておいている。
唯一相棒の麻生くんの言葉なら聞き入れるが、今回正捕手になったことで彼自身が忙しくなったので、そうそう穂波くんの相手ばかりしていられないだろう。困ったものだ。
「穂波くんを使い潰すつもりは無い。中6日いや中8日は置いて使いたい。」
「俺なら使い潰しても構わないってか?」
「社長は来年が無いじゃないか。」
そうなのである。早くもプロ野球規約に球団および球団の親会社の経営陣およびその親族は支配下選手として契約出来ないという一文が入ることが決まっている。
「なるべくなら中継ぎ陣として使ってくれ。出来れば地味な役柄のほうがいい。」
昨年は救援失敗で落とした勝ち星が多すぎるのである。中継ぎ陣なら投げても1イニングか2イニング。『消える魔球』も使い放題だ。
「地味? それは無理だ。社長は華々しくデビューを飾ったんだからな。一挙手一投足見られていると思ったほうがいいぞ。こちらの裁量権に踏み込んできたんだからベンチを温める役柄なんか期待するなよ。」
どうやらベンチを温めて積極的に活躍の場を求めなかったことが彼の気に障っていたようだ。
実は未だに本当に試合中に魔法を使っていいのかという迷いがある。麻生くんや穂波くんや那須くんほど野球に特化した身体になっていない分、魔法で補わないとプロ野球ではやっていけないのだ。
今日は麻生くんの1軍残留を賭けの対象にされてしまったので、あんな形になった。
監督が部屋を出て行き、代わりに麻生くんや穂波くんや那須くんが入ってきた。
「約束が違うじゃん。華々しくデビューを飾るのは俺たち『勇者』であって社長は地味に徹する約束だろ。」
穂波くんはあいかわらずだな。緊張していた空気が和らぐ。
「すまん。すまん。麻生くんの1軍残留が賭けの対象にされてしまったので思わず力が入ってしまった。とにかくこれで3人に活躍の場が出来たことだし、俺が活躍しなくていいように頼んだぞ。」
「あのう社長たちは一体何者なんですか?」
那須くんが恐る恐る聞いてくる。
「『鑑定』スキルを使って見てみればいい。」
四六時中。指環の『鑑』で相手を見ている俺と違って、『勇者』は『鑑定』スキルを意識して使わないと相手の正体が見抜けない。麻生くんたちと違って、異世界で経験を積んでいない分、那須くんは使い慣れていないのだろう。
「『空間魔術師』に僕と同じ『勇者』?」
「そうだ。今日の投球も魔法でズルをしたんだ。軽蔑するかね?」
彼らのチート能力もいい加減ズルだがまだ肉体に重点が置かれている分ズルに見えないが俺のは完全にズルだ。
「それを言ったら僕だってズルをしている。」
やはり彼にはズルをしている意識があったらしい。チートスキルを有効活用しすぎてデビュー前から最高速度の公式記録を塗り替えている穂波くんとは違うらしい。
「超一流のプロ野球選手たちは皆、足が速かったり、強肩だったり、動態視力に優れていたりしているんじゃないかい。そういったものを持っていない人間からすれば完全にズルだろう。俺はともかく麻生くんや穂波くんは『成長』スキルを持っているものの鍛え上げた身体だ。軽蔑しないであげてほしいな。」
「軽蔑なんて。そんな。じゃあ社長は僕が『勇者』だと解っていてドラフト指名してくれたんですか?」
「もちろん。そうだ。麻生くんと穂波くんの話を聞いて3人目の『勇者』が居ると聞いて探していたんだよ。」
「3人目って。あのとき、一緒に異世界に召喚されたのが彼らなんですね。」
「運命共同体というところだ。誰かが『勇者』でチートスキルを持っているとバレたら、芋蔓式にバレる可能性が高まる。気をつけてくれよ。まあ真っ先にバレそうなのが社長なんだがな。」
最後に穂波くんが会話に割り込んできた。これが言いたかったらしい。




